第16話 総理、悪霊を払う
どこまでも続く荒野を目的地に向けて進んでいく迅一郎。
ふいに、背筋をつたう寒気に、ぞくりと身が震えた。
ザザッと耳元にノイズが走り、結月の声がインカムに落ちる。
『総理。周辺の瘴気濃度が急上昇しています。お気をつけてください。敵とのエンカウント確率——80パーセント超』
「了解だ」
結月の忠告を受け、迅一郎は左手を掲げた。
「――千子村正〈顕現〉」
光の粒子が手元に集まり、迅一郎の愛用の日本刀が現れる。
得物をしっかりと握りしめて、敵の襲来に備えた。
それとほぼ同じタイミングで。
ぽ、
迅一郎が向けた視線の先、霧の奥で淡い光が灯った。
ぽ、と一つ。
続いて、また一つ。
まるで見えざる手が一本ずつ蝋燭の火を灯していくかのように、霧の奥から青白い炎がぽつぽつと現れた。
炎はあっという間に、円を描くように迅一郎を取り囲む。
:出た出た出た出た出た!!
:完全に心霊現象なんよ
:総理後ろ! 右も左も!
:ぐるっと囲まれてる!やば!!
現れた火の玉はふわりと形を揺らし、徐々に人の輪郭を結んでいった。
白装束に身を包み——
生気のない顔でじっと迅一郎を見つめる、人影として。
その姿はまさしく〝亡者〟に他ならなかった。
:ぎゃああああああああ
:やっぱりお化けじゃないですかああああやだああああああ
:呪われる前に撤退してーー!!
突如現れた亡者の群れを目にして、混乱に陥るコメント欄。
『総理、敵性反応————分析完了です」
その一方で、インカム越しに響く結月の声は冷静だった。
ほぼノータイムで敵の正体を特定し、必要な情報を迅一郎に届ける。
「敵は
「あいにく僕は魔法を使えないのだが……」
『なにも問題ありませんね』
「そう判断する根拠は?」
『経験則です。総理ご自身が誰よりもご存知でしょう?』
「ふ……そのとおりだ」
:まさか幽霊と戦うつもりなの!?
:おばけには勝てないって!
:総理帰ろ!?
:生きて帰って謝罪会見すればそれでいいって!
コメント欄は依然としてざわついていた。
恐怖と混乱、そして興奮が入り混じった文字の奔流が画面を駆け抜けていく。
迅一郎は、声にわずかな笑みを乗せ、視聴者をなだめるように語りかける。
「落ち着いてください。敵の正体はれっきとしたモンスター、ウィル・オ・ウィスプ。先に触れたとおり、恐山という場所の持つ因習が、モンスターの姿形に影響を及ぼしているにすぎないのです」
:ウィスプってアンデッド属性のやつ?
:生きてる人間に取り憑いて、体を奪うモンスターよ
:けっきょくやってることは、幽霊じゃねーかwwww
:物理攻撃通らんけど大丈夫!?
:魔法か聖水的なアイテム必須よ!
:総理は魔法をつかえるんですか?
「残念ながら、私は魔法の類を扱うことができません」
視聴者からの質問に、迅一郎はわずかに肩をすくめ、首を横に振った。
その顔には焦りの色も不安もない。むしろ、どこか楽しげな余裕が滲んでいる。
「ですが——ご安心を」
次の瞬間、彼を取り囲む亡者の群れが襲いかかる。
四方から伸びた青白い腕が、一斉に迅一郎の身体に絡みついた。
:ぎゃああああああああ
:悪霊たいさあああああああん
:安心できねえええええええ
:南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
しかし、迅一郎は泰然自若に佇んだままだ。
そして。
迅一郎は静かに息を吐き、鯉口にかけた親指をわずかに押し出した。
——カチリ。
そのわずかな音が霧に吸い込まれた、次の刹那。
「ぬんっ!!」
目にも止まらぬ一閃。
銀光が霧を裂き、迅一郎の体にまとわりついていた青白い亡者の影が、紙細工のように弾け飛び、霧散した。
:えええええええ!?
:なんでウィスプに斬撃が通ってんの!?
:物理攻撃は効かないはずじゃないの!?!?
常識を超えた攻防に、コメント欄が戸惑いの声であふれる。
ウィル・オ・ウィスプは実態を持たない影のような存在だ。
そのため、どんな物理攻撃もすり抜けてしまう……はずだった。
それなのに迅一郎の剣撃は、触れ得ぬはずの霊体を切り裂いたのである。
そんな視聴者たちの疑問に答えるかのように、迅一郎は淡々と語った。
「鍛え抜かれた鉄には魔を払う力が宿ります。
さも当然かのように、非常識を言ってのける迅一郎。
:もうなんでもあり
:【朗報】日本の刀、最強だった
:いやwwwどういう理屈だよwww
:気にするな感じるんだ
:やっちゃえ総理!!
視聴者の声に後押しされるように、迅一郎は再び刀を構えた。
次の瞬間、残るウィスプたちが一斉に襲いかかる。
「故人の姿を借りる不届き者め——覚悟!」
踏み込みと同時に、一閃。
刀が水平に走り、目の前の三体がまっぷたつに裂け、光の破片になって飛び散る。
振り向きざまにもう一太刀。
背後から迫っていた影を斬り払った。
「遅い」
続く三撃、四撃、五撃。
刃が描く弧のたびに、光の残滓が弾けて消えていく。
:アンタが早いんです!
:速すぎてなんも見えねえ!
:フレーム落ちてません!?
:人間こえてて草ァ!
迅一郎は最後の一体に狙いを定めた。
踏み込みと同時に刀を振り抜く。
青白い光が弾け、亡者が霧の中に霧散していった。
迅一郎は、刀を軽く振り、血糊を払うように残光を散らす。
そのまま流れるような所作で刀を鞘に収めてから、カメラに向かって宣言した。
「ウィル・オ・ウィスプの反応はゼロです。つまり、ウィスプがいないということは、戦闘が終了したということなんです」
:さすが総理
:つよい!かっこいい!!
:戦闘終了しましたの一言でよくない?(ボソっ
:↑シッ! 空気読め
:この人に斬れないものはないんだな!!
:あかん、未踏ダンジョンをクリアしてしまう
視聴者の興奮冷めやらぬコメント欄を、迅一郎は満足げに眺めながら、再び荒野を歩き始めた。
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