超能力少女バルサの孤独 ——交錯 ——

よもやま さか ( ぽち )

超能力少女バルサの孤独 ―― 交錯 ――(一話読み切り)

黒服の小さな背の少女が、ステージ裏で静かに腰掛けていた。

その名は――バルサ。テレビの向こうでは、誰もがその名を知る少女だ。



パイナップルのアロハシャツ、サンダル履きのお兄さんが54321と空中に指をたててカウントダウン。 音楽がスタートする!!


音楽はLUCY IN THE ROOM – 飛行線 –。

大音響の番組テーマ曲が11秒だけ鳴り響いてあっという間にフェイドアウト!


青木一郎アナウンサー(45)はウクライナブルーのスーツ上下。胸にベージュのワニのぬいぐるみワッペンが印象的だね。

アシスタントは伊藤ミーア(28)はウクライナイエローのワンピース。うすくて大きなツバの帽子を揺らしている。

舞台衣装は二人でウクライナの国旗を表わしている。


青木が笑顔でマイクに向かい、軽やかに話し始めた。

「やあ、ミーアちゃん。風邪引いたって聞いたけど大丈夫ですか」


「青木さん!いきなり冒頭から何いいだすんですか。大丈夫に決まってますぅー」


「そりゃ良かった。死んでたって聞いたもんですから」


「誰情報ですか!ミーアはプロですからね。体調なんか崩すわけがない」


「それを聞いて安心しました。きょうはウクライナの超能力少女バルサ特番今日で、六回目になりますからね」


「はい。そんななりますか。もうバルサちゃんもすっかりお茶の間の人気者になりました」


「この前ね、通学路で“バルサちゃんの髪型にした”って子を見かけましたよ」

「ああ、あの三つ編み流行ってますね〜」


「ね、全国のバルサファンのみなさん、きょうも張り切ってまいりますよ!!」

間髪をおかずにドラムの軽快なリズムが流れ始める。


「それではさっそく本日のゲストを紹介していきましょう」


ここで青木アナとミーアが交互にゲストを呼び出していく。

まずは青木の第一声!


「今日も元気なオネエパワー! 優雅な羽織で登場、歌舞伎町の帝王・バルボン!」

照明がピンクとゴールドに切り替わり、観覧席から拍手が広がる。

バルボンが立ち上がって、手を振りながらウインク。


「つづきましては、高校生になったばかり、新人歌手のトキメキちゃん!

 新曲『トキメキきらめき』を聴かせてくれます!」

カメラがふんわりズーム。柔らかなライトの中、トキメキが笑顔でお辞儀。ミーアが柔らかい声で紹介する。


「続いては、世紀末のイリュージョニスト・佐々木! 今日はどんなアクトを見せてくれるでしょうか!」

青木の声に合わせて、照明が一気に青と紫に変化。ステージにスモークが立ちこめ、拍手がひときわ大きくなる。


「お次は、最近急上昇、いつも話題の真ん中へ。政治系講談師・立川ケンジさん!」

ミーアの紹介に合わせ、ライトは落ち着いた白へ。立川が軽く頭を下げ、客席から拍手がこだまする。


「巣鴨の萬福寺からは、霊界のメッセンジャー・龍玄和尚!」

鈴の音がひとつ鳴り、照明が柔らかい青白色に変わる。客席は静まり、拍手が静かに広がる。


「そしていよいよ、ご存知! 舌鋒鋭く超能力を切りまくる、高橋教授!東京工業大学で教鞭をとられます」

ライトが再びステージ中央に集まり、教授が歩いてくる。

拍手と歓声が重なり、カメラが全景を映し出す。


「それでは皆様、席におつきください」

青木の声とともに、中央の大モニターにバルサの生活を紹介する録画が流れてきた。


神奈川県秦野市堀某所

「森ノイエ」(木工工房&店舗)。


東名高速道路・秦野中井インターチェンジを降りて、国道246号を北へ。 山間の住宅地を抜け、堀地区の細い分岐道に入ると、木々の間に「森ノイエ」の看板が見えてくる。 二階建ての少し古びた木造の建物で 店先に手作りのベンチ。


ナレ『ここ秦野市にある『森ノイエ』で、バルサさんの家族は暮らしています——』


映像は台所が映し出される。

バルサは小さなエプロンを身につけ、背伸びしながら味噌汁をかきまぜている。

湯気がふわりと顔を包み、少しむせて笑う。外に出ると、近所のおばちゃんが野菜かごを抱えて立っている。


「沓木さぁあん。今日はトマトときゅうり。おいとくよ」

「わぁ、伊藤さんありがとう! 」

「元気そうでなによりだよ。お母さんにも、よろしく。早く元気になってねって」


『沓木家はご近所の交流も盛んです』


映像は二階のリビングへ。バルサへのファンレターが山積み。

カラフルな封筒、折り鶴、手作りのカード。

バルサは机に肘をつきながら、ひとつひとつ読んでいる。


「“がっこうがんまってね”……ふふ、ありがと。「ば」だよね、ここ」

笑顔のまま、そっと一枚の折り鶴を手に取る。

バルサは窓から少し空を見上げる。


一階ではお父さんのリュークが木材を削る音。

カメラは一階へ。


『リュークさんはすこし大きめのテーブルを制作中のようです』

やがてバルサが作ったハンバーグとおにぎりが工房にとどけれらる。


やがて森からの影が伸びて、夕焼けのオレンジに変わる。

バルサは外に出て、工房の前で立ち止まる。

小さな背中を風がなでていく。


彼女は胸の前で両手を合わせ、沈む太陽に向かって静かに祈る風景。


『11歳の少女は、きょうも故郷の誰かのしあわせを思いながら、

静かな夕焼けを見つめています。』



映像がフェイドアウト。

「……なんか、胸にきますね」

観客からも自然と拍手。


「けっこうな田舎だよね?」

バルボンが言った。


「いや、それほどでもないですよ。閑静なって感じです」

青木が拾う。


「でもこのあたりイノシシでましたよ」

そう言ったのは世紀末の魔術師佐々木。


「ええええ?ほんとうですか」


「それは本当です。確か怪我人でたんじゃないのかな」

これは巣鴨の事情通龍玄和尚。


「こわいこわい。何言ってんですか」

ミーアはつば広の帽子のつばを押さえながら言った。


「まあ、イノシシでてもバルサちゃんなら超能力で倒せるかも知れませんけどね」

講談師立川が無責任なことをいう。


「おお。そりゃいい。こんど番組で戦わせてみますか」

悪乗りする青木。

照明がすこし揺らいだ。


次の瞬間、突如スタジオに雷鳴が轟く!!

ビッシャーン!!!!


すぐにスタジオが暗転し、映像が切り替わる。


音楽はモーツァルトのレクイエムが荘厳に流れはじめる。

画面にはウクライナの風景が次々に映る。


戦争。瓦礫。戦車。


雪化粧をした静かな村の街並み。


教会の鐘楼、凍てつく川。


咲き誇る無限のひまわり。


吹雪。


騒乱!叫ぶ群衆!怒りの顔!顔!顔!


破壊された建物と逃げ惑う人々。


子供たちの笑顔。


うち捨てられたぬいぐるみに血痕の後。


スタジオの光が静かに落ち、映像に観客の視線が集中する。

レクイエムが静かにそして小さな音量で流れている。


カメラは観客の顔を映し、胸を押さえる人、目を伏せる人。


「この国の少女が、こうした現実の中から生まれ、今日ここに立っています……」


静寂の中で、スクリーンに映る雪景色に光が差し込み、やわらかくモノクロから色味が戻る。

映像がフェードアウトすると、スタジオには低く漂うスモーク。

ライトが徐々に点灯し、期待感を高める。

ものすごく小さな音量でモーツァルトのリクイエムが流れている。


大量のスモーク。


「さあぁあ。やってまいりました。戦場を切り裂いて生まれた超能力エンタテイナー!

バァァァァァァーッ!ルゥゥゥゥッ!サァァァァァァアーーーッ!!!!」


音楽がカットイン!明るいレゲエに変わる。APOLLO - APOLLO STYLE!!


客席は一瞬で大歓声。スタンディングオベイションでバルサを迎える。


漆黒のタートルネックに黒のブカブカのジーンズ。金色の輪の中にBのネックレスペンダント。


白いバンダナをあしらって子供ながらにおしゃれなヒップホップダンサーのようにみえる。


そしてキャンディーの包み紙の端を軽くくわえたバルサが登場する。


6台のキャメラが上下左右からバルサを捕える!!

バルサは口に小さくくわえたキャンディーをすぐ客席の最前列の女の子に投げる。


キャンディは大きく緩やかな放物線で最前列の女の子に届いた。


キャッチ。また歓声!!


「さあバルサちゃん。ステキなヒップホップファッションで登場です。でも曲はヒップホップじゃなかったね」

ミーアはバルサの対応力を見込んで少し変化球の質問をなげてみた。


「あん? そっち?あの曲はあたしがすきだから」


ミーアが登場曲がヒップホップではなくレゲエであったことに触れてきたけど、案外あっさり片付けてしまったバルサ。

小さな笑いが起こる。


「今日はですね。バルサちゃんの大先輩にあたります超能力者の過去の奇跡をたどっていきましょう。今までなかったですからね。バルサちゃんもおそらくは初めて見ることになると思います。まずはユリゲラー」


最初にながされたのはユリゲラーの超能力番組。

もう見事というしかなくスプーンがグニャリグニャリとねじ曲がっていった。


バルサも興味津々の表情でモニターをみている。

続いてマリックさん。

マリックさんもカードや様々なアクトを披露していく。


しかし、ここで、コメンテイターの高橋教授が立ち上がって騒ぎ始めた。


「こういうのはねえ。もう散々やって結論がでているんですよ。同じ事を繰り返してもしょうがないんじゃないですか。僕がこの席にいる意味がわからない」


「どういうことでしょうか」

青木が柔らかな口調で聞き返した。


「どういうこともないでしょ。あなたねえ。こんなのは科学の土俵に乗るものではないんです。こんな子供をねえ、炊きつけてこんなことをやらせて、あんたらは恥ずかしくないのか!」


それを受けて立川が声を荒げた。

「何ですか、それは。バルサちゃんがインチキだとでも?あなたは森羅万象すべてが科学で証明されているとでもいいたいのですか」


「何を言ってるんだ。そんな話じゃないだろう。失礼な。こんな番組に出る意味が無いといってるんだ。僕は帰らせてもらう」


「そうか、さっさと帰れ!!」


講談師の立川とけっこう険悪なムードに。それで高橋は席を立つが、そこでトキメキが立ち上がって止めに入る。


「だーめだめだめ。次は私の歌なんですよ。帰るなら私の歌を聴いてから帰ってください。いいですか!!」

トキメキは高橋の腕を引っ張って無理矢理着席させる。


なんとかその場を取り繕ってトキメキがキーボードの前に。

「トキメキきらめき」という明るい曲が観客の手拍子とともに披露された。


17才だけどなかなかの落ち着きぶり。急なトラブルや派手な照明にもひるむことなく彼女はこれからも芸能界を生き抜いていく。


次に世紀末のサイキッカー佐々木のスプーン曲げ実演だった。

「佐々木さん。お次です」

「はい」

「それにしても「世紀末のサイキッカー」っていつの話ですか。もう2025年ですからね。四半世紀終わってます」


「面白いでしょ」

「面白ければなにやってもいいんですか」

「いいんです。青木さん。青木さんの胸のワニもいいって言っていますからね」

「あ。そこくる。わかりました。それでは見せていただきましょう、世紀末のサイキッカーミスター佐々木!!」

音楽が怪しげなものに切り替わった。


スプーンはものの見事に曲がり、そしてあっという間にスプーンの頭は切れ落ちた。


バルサは目の前の奇跡に目をキラキラさせている。

ここであまりに見事なスプーン曲げにバルサは佐々木を仲間だと勘違いしたのだろうか。コーナーが終わるとバルサは席を立って佐々木に近づいた。


「佐々木さん。もしよかったらバルサと友達になってくれませんか?」


「え。バルサちゃん、いいの。僕の方からお願いしたいぐらいだよ」


佐々木も大慌てで名刺を取り出し、深く頭をさげながら直立不動の姿勢でお辞儀をしている。

「ライン登録お願いします」

「ありがとうございます!!」

客席に笑いが広がる。


次にいよいよバルサの出番がきた。足早に舞台センターにたち小さく一礼。

全員の拍手。


少し空気が変わる。


そして両手をあわせて、


「ブレス!」

と呪文を唱えて開けると手には6個のキャンディーが出現する。


総勢6台のカメラはすべての方向からバルサの手の周りを撮りまくる。


それを客席に配って回る。また合掌。またブレス!

出現。配る。を繰り返す。


全員にキャンディーをくばり終わると軽く一礼。


そしてエンディング。やわらかな音楽が流れる。


「私ね、今思ったんだけど ―― バルサって大阪のおばちゃんに似てるなって」

「ええ!何ですか、それ!」


「つまり、ただみんなにキャンディーを配りたいだけなんじゃないかってね」

青木はバルサの方をにこやかに見ながらそういった。


「あ。大阪のおばちゃん?それいいかも。言っとくけどあたし阪神タイガースファンだからね」

バルサが切り込んできた。


「ええ?バルサちゃんタイガースのファンなんだ? 誰が好きなの?」


「みんな好きだよ。小野寺とか、中野とか」

「じゃあねえ。次の特番にはタイガースの選手呼んでみようかな」


「ええええええ。本当」

「それはわかりません!」

「なんだよそれ。ホンマかとおもたやん」

「でも次もきてくださいね」

「うん」

「それでは皆様。また来週~~~~~!!」

「あーおきさーん。来週は無理です~」

「じゃまたね!」

カットアウト。


―――――――――


六回のバルサ特番は無事終了。


バルサは出場者控え室のパイプ椅子に深く腰掛けていた。


リュークが迎えに来てくれるのを音のない控え室でたった一人で待っていた。

控え室の時計はデジタルの秒針をしずかに進めていった。


やがてドアが静かに開いて、リュークが顔をのぞかせた。


「おつかれさま。面白かったよ」

「父さん」

リュークは軽くうなずいた。 二人は並んで控え室を出ていく。

テレビ局の固い床が二人の足音を響かせた。


タクシーのドアが閉まる音だけが響いた。

「秦野市の市民病院までお願いします」

「わかりました」

車は静かに走り出した。


タクシーは黙りこくったままで街を抜けていった。

沈黙に耐えられなかったのかバルサが口を開いた。


「そういえば由君がね。父さんのことクラプトンみたいだって」

タクシーは低い音を響かせながら進んでいく。

「そうか。眼鏡かけてるからじゃないか」

「それから水色のセーターをマントみたいに着てるとか」

その会話を遮るようにリュークが言った。


「バルサ。今日、先生から連絡を受けていた。お前はテレビ出演があったから、気が散るといけないと思って言わなかったのだけど……」

「—— なに、父さん」

「母さんの病気がだいぶ重いんだって。先生は覚悟しておきなさいと言っていた」

「——」


バルサは何も言わず、少し怒ったように顔を赤くした。


タクシーの空調の匂いと、淡々と過ぎていく車窓の景色。

そして低いエンジン音と振動が二人を取り囲んでいた。


病院にタクシーで乗り付けたバルサとリュークは、大急ぎで病室に駆けつけた。そして、一目散に病室へ早足で向かった。


病室に入るなり、バルサは明るい声で叫んだ。


「父さん!母さん、元気そうだよ!!」


養母の澄江は静かに微笑んだ。

リュークは何も言わず、そっとバルサの肩を引き寄せた。


バルサはそっと母の胸に手をのせた。


「少しだけ……」

力を込めようとしたその瞬間、それを察した母はやさしくバルサの手を握りしめる。


「ありがとう、バルサ。でも、ね。お前もクリスチャンならわかるでしょう。人の命は神様が決めることなの。神様だけが決めることなのよ。分かってね」


その時、バルサは真っ赤になった顔を歪ませながら、大粒の涙をハラハラと流した。母親を救おうとしたことを母親自身に止められたからだった。


手を強く握りしめ、ベッドの端を拳でボンボンと殴って泣いた。澄江の痩せた胸に突っ伏していった。病院の布団の少し湿ったにおいがした。自分なら母さんを救えたのに……


「バルサ。聞いてね。あなたが特別な子だっていうのはわかっている。うれしいわ。でも、今回バルサが私の命を救ったとして、いつまで救ってくれる?ずっとずっと救い続けてくれる?本当に永遠に救い続けてくれる?」

バルサは返す言葉が見つからない。


澄江の静かな言葉はバルサの心に深く残った。


それから一週間後。


元気そうだった澄江は、静かに天国へ旅立っていった。


  ―――――――――――――――――――



彼女は超能力エンタテイナー。


第六回までは三ヶ月置きで特番がくまれていた。第七回バルサ特番は12歳のバルサの誕生会を兼ねて行われることになり、そこまで約半年のスパン。今までよりちょっと間が開いた感じである。


彼女の超能力を応援するという人は多かった。

何より暗い世相をぶち破るような破壊力があったからかもしれない。


彼女は実際、何台のカメラに監視されようと、何人のマジシャンや科学者に取り囲まれようと、必ずキャンディーを出現してみせた。バルサの真骨頂は絶対に超能力にしか見えないということである。

いろいろな条件下でバルサのキャンディーアクトは行われた。


第五回では大きな透明の水槽が用意され、水着のバルサが沈められて、水中でキャンディーを出すことをやってのけた。

第四回では軽トラの空の荷台にのって軽トラの荷台をキャンディーで山盛りにして見せた。


バルサはマジシャンだという人も、バルサのトリックを憶測するにとどまっている。歴史的に見て、あるいは世界的にみてもみんなトリックだったじゃないか、という推測に過ぎない。


父親沓木リュークはテレビ局との打ち合わせにおいて、カメラに一切の制限を加えなかった。カメラに制限がない方がバルサの真価がよくわかるとインタビューで言っている。


それでも彼女のアクトが本物の超能力だと信じる人は5割程度だった。

超能力を信じない人たちの多くは彼女は天才マジシャンだという位置づけで理解していた。


現に世紀末佐々木も彼女のことを天才マジシャンという位置づけで理解しているようであった。


もちろんテレビ局とグルでインチキをやっているという人も少なからずいる。


また超能力だと主張する人の中にはバルサを実際に撮影したカメラマンがいて、週刊誌で数ページの特集ががくまれたりしていた。ただ、テレビ局の人間が何を言おうと信頼には値しないという意見も多かったが、それでも週刊誌は売れた。


超能力だからすごい。マジシャンだからスゴイ。

彼女は神の化身。いや悪魔の化身。


ウクライナに戦争をもたらしたのが彼女だという意見もあった。


バルサ特番がないときであっても、週刊誌などでもバルサは取り上げられ続けた。

とにかくバルサの名をだせば売れるのだ。

それは一種の炎上商法に近いものでもあった。


また、バルサがたとえ何者であっても、ウクライナの事を今考えるためにのは必要だという意見もあった。これは政治系講談師の立川の意見である。


またロシア大使館はコメントを出し、子供にインチキをやらせて政治利用することに強く抗議するという内容であった。

高橋教授の意見もこれに近いものだった。


彼女はいつも黒い服をきていますね。それはマジック用語でチャリという見えない細い糸を発見されないためですよ。


子供にいかさまを教え込んでテレビに出す親も親だ。母親の看病をほったらかしてそんなことをしているから母親が早死にするんだ、などなど。

これに関連して母親の偽の手記まで発売された。


これに沓木リュークと番組プロデューサーの黒木は裁判を起こすと激怒した。


ほかにもバルサはカワイイ、いやブスだというようなことに至るまでとにかくねじれにねじれたのであった。


様々な意見が交錯しつづけた。



子供が空の手からキャンディーを出すというたった一つの現象について ――


子供が空の手からキャンディーを出すというたった一つの現象について ――




子供が空の手からキャンディーを出すというたった一つの現象について ――


―――――――――――――――――――


明日はバルサ12才の誕生日。


バルサを取り巻く喧噪は増えていくばかりだった。


明日は7回目のバルサ特番。「バルサ12才のお誕生日おめでとう」 という番組が企画されていた。


バルサは前日の土曜日の夜、自宅で誕生日のパーティーを企画したて準備した。。


プレゼント交換のプレゼントを買い、手製の料理を準備した。

でも、あまり大きな誕生パーティにはしたくなかったので特に中のいい三人だけを招くことにした。一週間前からオファーを取って全員心よく招待を受けてくれた。



彼女ご自慢のカレーではあったが、スパイスを彼女なりにブレンドした。


「今日はね、はるかちゃん、由君、敬子ちゃんが来てくれるのよ」


そう言ってリュークに笑顔をみせた。


確かに彼女は人気ものだった。



バルサは最後の飾り付けを終わってプレゼントをテーブルに置き、リュークにコーヒーを入れようとしていた。


「父さん。コーヒーだよ」


そう言ったとき、バルサの家電が鳴りはじめた。


リュークは席をたって電話にでた。


バルサはご機嫌だった。ひょっとしたら来客の数が増えたのかな。

どうしよう。プレゼント用意してない。バルサはとっさにそう思った。


「はい沓木です。溝口さん?お世話になっております。はい。ああ、はい。………えっ。どういうこと?三人ともですか?なんで三人とも。……… いやそれは。バルサはすごく楽しみにしていましたし、料理もプレゼントも用意しているんです………いや。弁償ってそんな話をしてる訳じゃないんですよ。私そんなこと言いましたか?一言でも弁償しろとかいいましたか!!」

リュークの声は怒気を含んでいた。


バルサの顔色が変わった。


誘っていた友人たちが3人とも急用で来られないと言ってきたのだった。

「急用って……」

バルサは言いかけて言葉をのんだ。

彼女は度を超えた人気ものだった。普通の友達関係の形成が難しいというのもわからないことじゃない。

バルサは弱い子ではなかったが、今日のような日はとくにこたえた。


じっと耐えるバルサ。リュークはろうそくに火をつけ終わり、優しく抱きしめる。


「いいじゃないか。二人でやろう。これも神様の導きかもしれないよ。じゃあ電気を消すよ」


バルサが息を吹きかけ、ろうそくの炎が静かに消えた。

ろうそくを吹き消すと同時にリュークの脳裏に思い出が浮かんだ。


………


白い息の見える午後、窓の外は粉雪が降っていた。

リュークは言葉を探していた。

「何年か前、戦地の取材でリヴィウに行ったとき……」

「ええ」

澄江は答えた。


「避難所で出会った女性がいた。ナタリア・クズネツォワ。

その彼女から、突然メールが届いたんだ」


「リヴィウで孤児支援をしてる。 その人が言うんだ……日本で孤児を引き取ってくれる人を探してるって」


 澄江は少し目を細め、リュークを見た。


「あなた、ステキじゃない?」


「でも、君の体のこともあるから無理はできない」

「こんな言い方は変なのはわかってるけど、私ね、ほしい。

………私ね。もうあなたの赤ちゃん作れないと思うの。

きっとその子が、私たちの希望になるよ」


 雪が窓を叩く音がした。


「名前、バルサっていうらしい」

「バルサ……」

 澄江は小さく笑った。

「珍しい名前ね」


それから一週間。

リュークは一人で飛行機に乗っていた。飛行機はポーランドワルシャワへ。11時間の道のり。

それから列車を乗り換えてリヴィウまでは10時間。荘厳なリヴィウ駅から現地まではナタリアがポンコツ車で迎えてくれた。


雪が深く積もっていた。

児童施設のレンガの門の前で、ひとりの少女が待っていた。

白い帽子、赤いマフラー。

指先をこすり合わせている。


「君がバルサかい」

「うん」


そして彼女は、小さな白い包みを差し出した。

手の中に光る、ミルク色のキャンディー。

リュークはそのキャンディーを強く握りしめていた。



パチリ、と音がして部屋に灯りが戻る。


ロウソクの煙がゆらぎ、リュークは静かに言った。


「ありがとう、バルサ。そしておめでとう!!」


―――――――――――――――


次の日。11月26日がバルサの誕生日。

バルサのお誕生パーティテレビ局が開催してくれる予定だった。

この日のスペシャルゲストは阪神タイガースから中野と小野寺。

すでにスタジオ入りしていた。これはバルサも目の色が変わる。

リハーサルも順調に進んで、そろそろ本番の緊張が高まってくるころ。


ここで西日本で大きな地震が起きた。


東京でも震度4。ぐらりと照明が揺れた。

会場に小さな悲鳴が上がる。

会場のモニターは臨時ニュースが流された。


ディレクターはインカムで誰かと話しこんでいた。

そして顔をあげて言った。


「申し訳ありません!現在臨時ニュースが流れておりますが、広島地方で大きな地震が発生しました。このニュースを優先して放送します。残念ではございますが、本日のバルサの誕生パーティーは中止となりました。ご報告させていただきます。本日は本当に申し訳ございません。ごめんなさい!」


台本を丸めて持ったディレクターが場内の観客に深々と頭をさげて謝罪をしている。

会場は悲鳴とどよめきがあがった。


会場のモニターには土石流に押し流される民家が大写しされていた。

土石流は容赦なく民家に襲いかかり、目の前の崖に向かって民家を流し続けているいる。民家には子供を含む五人の住人が閉じ込められてベランダで叫びながら懐中電灯を振っている。

自衛隊の車も消防車も遠巻きには見ることができるが、距離が遠くて救助できるようには見えない。

会場には悲鳴があがった。


「バルサちゃん。あなたねえ。超能力使えるんでしょ。助けてあげればいいんじゃないの」

一人の超能力反対派のコメンテイターがそうつぶやいた。


「いいよ」

バルサはそのコメンテイターの声に即答する。


バルサは腕まくりをして両手をモニターのほうにかざした。

バルサの腕はまるで映像加工されたように二重写しになっている。

ブーンという低い音が響いた。


小さな声で「ブレス(祝福)」と唱えた。

その瞬間!!


バルサの手に同機して、土石流の流れはぐにゃりと曲がった。

会場に悲鳴が上がる。

そうして、次にバルサは流されている家を中の住人ごと見えない手ですくい上げ、安全な広場に移動させた。住宅は泥まみれで空中に浮かび上がり、安全な広場に着地した。


――その間、わずか二分。


スマホではすべての局でそのことを中継している。


それまでのすべての議論、すべての解釈。すべての論争はバルサのその二分によって雲散霧消してしまう。全くもって議論の余地がなかった。ただ時間がながれていく。


翌日、「バルサの二分」という号外がでた。


――――――――――――――――――


次の日の朝。バルサの自宅前には2000人程度の人だかりができていた。

車椅子の人たちもいる。ベッドを運んで来た人たちもいる。

バルサに救いを求めるたくさんの人たちがあつまった。


「父さん。私、やっちゃった?」

バルサがつぶやく。

リュークは何も言わずバルサを見つめる。


バルサは意を決して、ベランダに出て取り囲んだ群衆にチョコンと一礼。


群衆はまるでどこかのスポーツチームが優勝でもしたかのような大歓声を上げる。

バルサは全員の心に届くテレパシーで語りかける。





”みなさん。バルサです。聞こえますか”


広場を包むように、静かな波動が流れた。

人々は息を呑み、耳ではなく心でその声を聞いていた。


”こんなにたくさんの方が集まってくれるなんて……思ってもみませんでした”


バルサの声は柔らかく、それでいて深い悲しみを含んでいた。


"昨日の地震で、私は幸運にもひとつの家族を救うことができました”


”でも――聞いてください”

”死者と行方不明者は、いま750人を超えています”


”私の力なんて、本当に小さなものです”


人々は誰もが黙って、バルサの言葉を受け止めていた。

空気は静まり返り、風の音さえ鳥の声さえ聞こえない。


”私は今日、超能力の力で誰かを救おうとは思っていません”


それよりも、もっと大きなものを――


あなたたち自身の力を信じてほしいのです”


彼女の顔が、少しだけ明るくなった。


”人にはそれぞれ、できることが違います”


”けれど、“できることをやる”という簡単な行為は、


どんな能力よりも大きな結果を生み出します ”


”もし、足が痛い人がいたら――五分でもいい。


そっと、足をさすってあげてください。


たとえ二分でもいいのです "



"『実際に』手を伸ばして、触れてあげてください ”


――バルサはゆっくりと目を開いて前を見据えた――


”私はみんなの心の中に、思い出として残りたい ”


”苦しいとき、迷ったとき、どうか私を思い出してください ”


"そしてそのとき、あなたが“できることを


一つだけやってほしいのです ”


”それが、バルサからの贈りものです ”


人々の胸の奥に、静かに吸い込まれていく何かがあった。





”あなたがバルサを日本の地に住まわせてくれたように―― ”


”あなたはバルサを心の中に住まわせてくれますか? ”





    

       了




約11,200文字




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