第2話 【理由】(2) 〜エピヌス暦1131年2月〜

 決闘場アリーナの東西南北それぞれの区域に4組の対戦者たちが向かい合う。

 両者の間に主審の兵士が小さな赤い旗を持って立つと、賑やかだった観衆もさすがに少しだけ静かになり、各対戦の行方を見守るように視線を注ぐ。


「さて、お手並み拝見といこう」


 4つの赤い旗が一斉に真上に上がると、再び場内は男たちの声がどっと湧き上がった。

 準々決勝とあって、各組で手練れ同士の熱戦が繰り広げられている。


 イリアスは椅子の上で腕を組み、ルーカスが勧める北の区域の対戦を見守る。


 大柄な男・ウェンズリー弟は、両肩を回しながらわざと重い足取りで砂を踏みしめる。

 その動きだけで、対面する者を威嚇できるほどの迫力があった。


 対する細身の兵士・キンケイドは長剣を低く構え、膝を柔らかく使って相手との間合いを測っている。


 こうして対峙している両者を見ると、体格差は明らかで、熊と鹿ぐらいの差がある。


 最初に仕掛けたのはウェンズリー弟の方だった。力任せに長剣を横方向に薙ぎ払う。

 ただ相手の体のどこかに一撃を喰らわせさえすれば良いとでも言わんばかりの一振りは、刃が空気を切る音が聞こえてきそうなほど速い。


 一方でキンケイドは真っ向からそれを受けることなく、ひらりと跳び上がってかわす。


 勢い余ったウェンズリー弟の剣先が地面を抉り、乾いた金属音と共に砂が舞い上がる。


 その一瞬、巨体の胴ががら空きになり、キンケイドはすかさず踏み込んだ。

 刃の潰れた剣先が大男の脇腹を打ちつける。

 しかし相手はびくともせず、逆にその衝撃でキンケイドの体が揺れ、ウェンズリー弟の反撃の肘が迫る。

 キンケイドは咄嗟に自分の篭手こてを盾にして、その重みと衝撃を全身で受け止めながら、すぐさま後ろへ退いた。


 観客のざわめきが広がる。体格差もさることながら、両者の腕力差は大きい。

 同じ一撃でも、キンケイドの攻撃は体格差に比例して浅い。


 今のところウェンズリー弟の攻撃をかわしているから何とか無事でいられるものの、彼が一度でもまともに喰らえばひとたまりもないであろう。


 しかし、キンケイドが相手に怖気づく様子は全くない。

 兜の面頬ヴァイザーに覆われた顔は見えないが、その全身からは漏れ出るような静かな闘志が伝わってくる。


「キンケイドという男は普段からああいう感じなのか?」

「『ああいう感じ』とは?」

「上手く言葉にはできないが、他の兵士と比べて異質だ」


 動きが独特で、兵士というよりまるで軽業師かるわざしのようだ。 

 金属の甲冑を身につけていながら、縦横無尽に動いている。


 ウェンズリー弟は相手が動けば動くほど、自らの体の重さに足を取られ、バランスを崩していく。


 対するキンケイドの体幹は揺らぐことはない。


 痺れを切らしたのか、巨体の兵士が苛立ったように再び長剣を闇雲に振るう。

 左右に繰り出すその連撃は、当たりさえすれば細身の兵士を地に沈めるに違いない。

 だが彼は後退しながらも身体を傾け、刃を擦るように相手の攻撃をいなし続ける。


「よく避けてはいるが、あれでは追い詰められるぞ」


 イリアスの懸念どおり、キンケイドは決闘場アリーナを囲む塀までじりじりと追いやられ、背中を壁面にぶつける。その時だ。


「‼︎」

 場内が騒然とした。


 一瞬のことだった。

 決闘場アリーナを囲む塀の上から二本の太い腕が伸び、キンケイドの首に回されたかと思うと、そのまま抱え込むようにして締め上げる。

 午前中に彼に土をつけられたウェンズリー兄の仕業だ。


「中止にしないと!」

「待て」

 血相を変えて決闘場に向かおうとするルーカスをイリアスが制する。


 奇襲を受けて長剣を地面に落としたキンケイドは、自分の首に回された腕を咄嗟に両手で掴み返して両足を浮かせ、全体重をかける。


 塀から身を乗り出したことによりただでさえ不安定なところに、いくら細身とはいえプレートアーマー分増量した体重をかけられ、ウェンズリー兄の巨体が引き摺り込まれるように前に出る。

 キンケイドは前傾したウェンズリー兄を、その腕を抱え込むようにしつつ、両足で地面を踏み締め、塀に付けた腰を軸に前に投げ飛ばす。 


 一方、兄のお膳立てでキンケイドにとどめを刺そうと飛びかかったウェンズリー弟は、標的を一瞬にして見失った。

 そして、その代わりに目の前に現れた巨体に行く手を阻まれ、避けきれずそのまま衝突する。


 低い咆哮と共に、プレートアーマーがぶつかり合う鋭い金属音が上がる。

 数秒遅れで弟の手から離れた長剣が地面に転がる音と、二体の巨漢が倒れ込む音。


 一度に二人を片付けたキンケイドは、素早く自分の剣を拾って立ち上がる。


 対するウェンズリー兄弟は状況が呑み込めず、地面に転がったままだ。


 決闘場を見下ろす男たちの歓声がどっと沸いた。

 もはや、会場全体が北の区画の準々決勝に注目し、同時進行で行われている他の区域の対戦も、審判も兵士も試合中であることを忘れて手を止めてしまっている。


「面白い」


 つい先程まで眠気と格闘していたイリアスも、すっかり目が冴えたようだ。


 キンケイドは地面に転がっているウェンズリー弟の長剣を目の端に捉えると、素早く踏み込んでそれを足で払い、遠くにやる。


 そして、自分の手の中の長剣を前に突き出し、その潰された刃先を尻餅をついたまま身動きが取れない二人の大男の首に交互に突きつける。


 一拍の静寂ののち、今日一番の喝采が場内に響く。


「勝負あり、だな。……ん?」


 鳴り止まない拍手と歓声の中、イリアスが目を細めて勝者の背中を食い入るように見つめている。


「どうしました?」

「何か出ている」


 キンケイドの兜から黒く長い髪の毛が出ていることにルーカスも気付き、周りの人に聞こえないようにイリアスに耳打ちする。


「確かキンケイドは短い茶色の髪だったような」


 ルーカスの言葉を聞き、イリアスは口の端を上げて笑うと、立ち上がりながら言った。


「両者失格と主審に伝えてくれ。私はあの者と話してくる」



(つづく)

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