番外編 借金と将来(月)
マネージャーである私、
借金のある大学生がマネージャーって、私でも不安になるよね……。
でもそもそも借金があるから大学生なのにアイドルのマネージャーなんて無茶なアルバイトをやっているわけで……。
つまり、あれ? 詰んでる?
私が奏歌さんから信頼される未来って……ないわけ?
「いいですか、借金というのはある意味信用なんです。そのお金を借りられるだけ、社会的信用のある人間と認められているわけです!! 私は信頼されてます!!」
「は? いきなりなんですか……」
私の熱弁に、奏歌さんは少し引き気味だった。え、なんで。
「よくわからないですけど、早瀬さんは信用ないですよね。銀行から融資受けてるわけでもないのになに言っているんですか」
「いや……それは……」
そうかもしれないけど!! 借りている相手も家族(妹)だし!!
でも、私だって別にギャンブルでこさえた借金ではないんですよ!? 地下アイドルや上京してひとり暮らしするのに仕方なくお金がかかっただけで……っ!!
しかしまあ、そんな言い訳が通じるだろうか。
勝手にアイドルを夢見て失敗したのは私の自業自得である。高校生が地下アイドルになるからって上京してひとり暮らしするのは、もう十分ギャンブルだってのは私も重々承知して挑んだわけで……今更、ギャンブルじゃない借金だから私は健全な人間ですと言い張ることもできない。
妹も、私のことあんまり信用してないもんな……。アイドル目指すのは応援してくれてたけど……。
さすがに落ち込んできた。
やっぱり私みたいな人間が人気アイドルの奏歌さんのマネージャーなんてよくないことなんじゃないだろうか。
人気アイドルのマネージャーが借金持ちって、普通に印象悪いよね……。炎上騒ぎにはならないと思うけどさ。
「…………す、すみませんでした」
私は楽屋の隅っこで大人しくしていることにする。
奏歌さんとこの機会にいっきに仲良くなろうという甘い算段は失敗に終わった。
「………………」
「………………」
お互い、無言の時間がすぎる。
それほど長い時間ではなかったし、今までなら楽屋で無言なこともよくあった。
でも、ちょっとだけ気まずい。奏歌さん、私がマネージャー続けるの認めて、後悔してないかな。やっぱりこのカスはマグロ漁船にでも乗せるべきだって思っているかも。
「……わたしは」
「え、あっ!? な、なんですか!?」
「…………そんなに驚かないでください」
急に奏歌さんが話すので、私は隅っこで驚く。
どうした、お腹が空いたのか!? もうすぐ仕事の時間ですけど……コンビニまで走ったらいいんですか!?
「ど、どうかしました?」
一応、まずは奏歌さんの話を聞こう。甘い系かしょっぱい系か、どういうものが食べたいのかは確認しておくべきだ。
「…………別に、たいした話じゃないです。わたしは、アイドルを辞めたら――」
「アイドル辞めたら!?」
とんでもないことを言う奏歌さんに、つい大きな声を出してしまった。
「…………うるさい。本当にうるさい」
「すみません、でも奏歌さんがおかしなことを言うから……っ」
「おかしなことってなんですか」
「アイドル辞めるなんて! ダメですよ! ダメですからねっ!!」
「…………」
必死の懇願したのが通じたのか、奏歌さんは冷めた顔で「別に辞めないですけど」と言う。
「ですよねっ!! ですよねっ!! よかったぁ~」
「わたしが言いたいのは、将来的な話です」
「将来って……えっと三十年後くらいですか?」
「…………具体的な時期は知りませんが」
少なくとも、私がマネージャーを続けている間にはアイドルは辞めないでほしい。
私の責任問題で、社長に怒られたくないから!!
「えっと、あれですよね。セカンドキャリアってやつ」
「たぶん、そういうのです」
なるほど、セカンドキャリアか。
アイドルは特性的にどうしても長く続ける人は限られていて、人気があってもある程度の年齢で卒業するのが一般的である。
奏歌さんもまだ十五歳ではあるけれど、いわゆる定年退職するような年齢までずっとアイドルというわけにはいかないと思う。
そうなると、もちろんアイドルと一緒にそのまま芸能界を引退する人もいるけれど、別の道で活躍する人も多い。
多いのは役者だったり、モデルだったり、ざっくり芸能人としてバラエティに富んだ活躍をする人もいる。
今だと配信者みたいのも多いのかな?
「奏歌さんもそういうこと考えているんですか」
「考えてたわけじゃないですけど、なんとなくです」
「……ま、まあ、何年後かわかりませんが、将来のことを考えるのはいいことだと思いますよ!」
「早瀬さんはなにも考えてなさそうですもんね」
「……か、考えてますよっ!?」
ついこの前、今アルバイトとして働いている芸能事務所にそのまま就職しないかという話をもらって、とりあえず逃げて保留したばかりだ。
本当は、あんまり考えていない。まだ大学生一年目なので許して……。
「えっと、それで奏歌さんはどういうご予定が?」
「……わたしの得意な部分を活かそうかと」
「奏歌さんの得意な部分?」
奏歌さんは顔がいい。とにかく美少女だ。あとは、まあ歌も特徴的で評判がいい。
演技は成長途中なので……つまりモデルか、歌手かな?
「なるほど、いいんじゃないですか」
「はい、やっぱりわたしには食が一番なので」
「え、あ、そっちですか……」
いやまあ、そうか、たしかにそっちが得意なのは間違いないけど。
「え、あの……食って言っても仕事にするのは……」
「なんですか?」
「いや、だって奏歌さんが好きなのって食べるのだけで、料理とかはできないですよね?」
「…………料理ってのは食べるものです」
「でも仕事になるのはつくるほうなんですよっ!! あ、もしかして大食いとかですか?」
顔のいい奏歌さんが大食いしたら……アイドルとして売っている今は困るけど、卒業後なら人気になるしいいのか?
「早瀬さんは発想が貧困です。食べる側の人間にももっとできることはあります」
「え、なんですか? 奏歌さん、食レポも別に得意じゃないですよね……」
最近挑戦中なので、今後上手くなる可能性はあるけど。
「フードコーディネーターになります」
「え、なんですか、それ!?」
いや、聞いたことないけど、意味はわかるか。
食べ物を開発する人とかだよね?
「レシピのアイデアであれば、料理自体ができないわたしでもできます。……あと料理も別にやらないだけで、できないわけじゃないです」
「レシピのアイデア……」
たしかに、食べるのが好きな人ならそういうのも出てくるのか?
奏歌さん、ちょっと人と違うというか、変人なところあるから、そういうのが得意なのかもしれない。
「……あの、例えばなにかあったりしますか?」
「今って、プラスチック削減が問題になっていますよね」
「はぁ……」
「そこです。わたしはストローが紙になっても資源自体は消費しているので、もっと上のアイデアがあると思うんです」
「えっと、まさかストローはいらないみたいな話ですか?」
「……ストローはいります」
奏歌さん、よく食べる割りに口は小さいので、コップで勢いよく飲もうとするのが苦手と言っていた気がする。コップに苦手とかあるんだ……と思ったのを覚えている。
いやまあ、ゆっくり飲めばいいと思うんだけど。
「つまり、ストローも食べられる素材にすればいいんですよ」
「食べられるストロー?」
どこかのカフェチェーンで似たようなことをやっていた気がする。
たしかにあれならエコなのか? でもあれって特別感があるからよかったんじゃないのかな。
「……あの、私はあんまり普段からストローを食べたいと思わないんですけど」
「それはストローを美味しいものだと認識していないからです」
「そうなんですかね……」
慣れの問題というのはわかる。パスタを食べた後のソースをパンですくって食べるとか、日本人だとちょっと戸惑うようなことも、海外だと普通みたいなそういうのだろう。
「ちなみに、その食べられるストローってのはなんで作るんですか?」
「ぴったりのものがあります。
「竹輪!? って、あの竹輪ですよね!?」
魚肉の練り物……あの白っぽいあれですよね?
「既にストローと大差ないですからね。そのまま使えます。……ふふ、これは流行りますよ」
「いやいやいや、え、コーヒーとか竹輪で飲むんですか?」
「そうですけど」
「嫌ですよ!! 竹輪を通してコーヒーを飲むのも、コーヒー飲んだあと竹輪食べるのもっ!!」
「…………早瀬さんの好みが変なだけです」
「そんなことありませんっ!!」
まさか小学生みたいなアイデアをこんな自信満々に発表するとは……。
「あの、奏歌さんはやっぱりアイドルが向いていると思うので……なるべく長く続けましょうね?」
「…………竹輪、美味しいのに」
不満そうな奏歌さんだったけれど、今回ばかりは私が正しいと思う。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
度々の宣伝恐縮ですが、書籍発売中になっております!
是非三連休に書店によっていただけますと大変喜びます!
二人は楽屋で延々とこういう会話をするので、こういう番外編は延々と更新できるのですが……話が全く進まない話を延々更新するのはどうなんでしょうか。
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