番外編 生と焼き(月)

 マネージャーである私、早瀬はやせ理月りづきは人気アイドル星原ほしはら奏歌かなかを自由にできるわけじゃない。


 大学生のアルバイトだって、マネージャーとして担当アイドルが道を間違えそうになったら止めないと……。

 奏歌さんはパラメーターの割り振りの九割が顔なので、他は面ではかなり問題がある。具体的になにとは言わないですが……。現時点で、アイドルらしからぬ彼女ではあるが、彼女にはアイドルしかないと思う。

 マネージャーの私のためでもあるから、アイドルを辞めないで奏歌さんっ!!


「……早瀬さんは、生のが好きですか?」

「え?」


 そんな奏歌さんが突然よくわからないことを聞いてくる。

 生って……何の話?

 最初頭に浮かんだのは……ビール? 生ビールというのをよく聞く。私は十八歳で、まだビールは飲んだことがない。だから飲み物で、液体であるはずのビールに生があるというのはよくわからない。焼きビールってあるの?


 まあ、奏歌さんも十五歳だし、アイドルだし、未成年飲酒なんてことはないはずだ。

 なのでビールの話ではないだろう。


 それに、私に好きかどうか聞いているわけだから……私に関わることなのかな?

 私が好きな生のもの……?

 なんだろう、麻雀とかかな? オンラインでやるより、やっぱり実際に卓を囲んで麻雀牌を使うほうが雰囲気あるっていうか……なんていうか本物? 麻雀牌の触り心地というか、手にこう収まる感じもツルツルした感じも、山から引いてなんの牌か確認する作業も全部込みで麻雀なんだよね。

 でもあんまり手近に麻雀を対面でできる環境ってなくて、麻雀好きの友達や知り合いがそんなにいるわけでもなく……さすがに十八歳女子として雀荘には気軽にひとりで行けない。


「わたしは、全然別物だと思うんですけど」

「……それは、まあ、そうですね?」


 相づちを打ちながらも、本当に麻雀の話か? というのは疑っている。

 だってリアルで麻雀打つのを生なんて言わないし。


 だいたい私が麻雀好きだからって奏歌さんは麻雀に興味がないはずだ。急にそんなこと聞いてくるとも思えない。


「……えっと、奏歌さんも生が好きなんですか?」

「そうですね。どちらも好きですが、私は焼きのが好きです」


 奏歌さんが好きで……焼きもあるもの?


 そうか、わかった! 私も知っている、世間には生スイーツブームというのがあったはずだ!

 生ドーナツとか生カステラとかそういう……あれのことか!

 ちなみに私もいくつか食べたことくらいはあるんだけれど、違いはあんまりわからなかった。どうも生ドーナツは全然別物らしいんだけど、人気なこともあってそちらは試せていない。


「人気ですよね」

「……まあ、そうですね。母がたまにお弁当に入れてくれることもあるんですが、もっと入れてほしいと思っています」

「お弁当に……?」


 あれ、スイーツ……ってお弁当に入れる?

 どうなんだろう。入れられなくはないけど……。


「え、珍しくないですか?」

「珍しいですか? ……わたし以外の子も、お弁当に入れているの見ますけど」


 最近の女子高生ってそうなの?

 いや、これは違うんじゃないか……?

 別の生が……ある? ダメだ、全然わからない。こういうときは聞いたほうが早いか……。


「すみません、奏歌さん。……生ってなんの話か確認してもいいですか?」

「は? 早瀬さんはなんの話だと思って聞いていたんですか」

「え、それは……まあ……」

「さっきからずっと竹輪ちくわの話ですけど」

「竹輪!? えっ、続いてたんですか竹輪の話!?」


 まさか竹輪の話がまだ続いていたなんて……しかも、え、竹輪?


「竹輪に……生?」

「竹輪って生と焼きの二種類じゃないですか」

「……竹輪に種類?」

「…………早瀬さんって本当に常識ないですよね」

「えええぇっ!?」


 待って、竹輪って常識なの?

 いや、それに竹輪のことは知っているんだって!


「いいですか、真ん中が薄ら茶色になっているのが生竹輪です」

「ああ……よくあるやつですよね? あれって生なんですか……じゃあ焼きってのは?」

「まだらに焼き目が付いているものです。おでんなんかに入っていることが多いやつ」

「あー……たしかに、二種類ありますね。あれって別物なんですね。それで生と焼きで別れてたんですか……」

「早瀬さん、本当に大学生なんですか?」

「待って、え、大学生の基礎常識じゃないですよね、これ!?」


 すごく呆れられて、小馬鹿にされているけど、竹輪のこと知らなかったからってそんな!!

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