第42話 反抗期

 わたしと桜さんが撮られた記事も掲載取りやめになって、いよいよソロデビュー曲の発売日が明日に迫っている。


 発売前日の今日は、公式のチャンネルで配信をすることになっていた。

 事務所に配信スペースがあるので、そこで撮影予定である。生配信なんて面倒だし、買う人はもう買っているんじゃないの? 前日まで配信して宣伝する必要ある? って感じでやる気が出ない。


 ただでさえ、桜さんのアイドル復帰がなくなって、わたしのやる気は地の底なんだ。

 またムカつくマネージャーの早瀬さんの顔も見なくちゃいけない。

 だいたい発売記念配信って、なにをするの?


 わたしに話せることなんて、発売を知らせるくらいだ。さすがに明日発売だと知らないような人が、わざわざ配信まで見に来るとも思えない。

 誰もわたしが一人で場を持たせられるなんて思っていないから、ソロデビュー曲の発売配信だというのに、グループメンバーも出演してくれるらしい。


 最近は一人での仕事が多くて、顔を合わせるのも久しぶりだけど仲は悪くない。

 普段のわたしが黙って場の空気に従うだけだったから、というのもあるし、グループメンバーの二人はわたしの分を補ってあまり余る程に個性も主張強い。

 グループでの活動中は、わたしは二人に任せて立っているだけで良かったし、二人はわたしをちょうどいい緩衝材くらいには気に入っていた感じだ。


 今日もそれくらい二人に任せて、わたしは黙って薄ら笑いを浮かべているだけがいいな。

 さすがに、わたしのソロデビュー曲のことで、そんなわけにもいかないだろうけど。


「あ、星原さん……ここにいたんですか」


 事務所の休憩スペースでだらだらしているところを、早瀬さんに見つけられる。


「話しかけないでください」

「…………まだ反抗期ですか」

「は?」


 なし崩し的に、早瀬さんはまだわたしのマネージャーだ。

 でもわたしは受け入れていないから、話しかけられても応じないようにしている。

 それでも早瀬さんはことあるごとに話しかけてくるので「うるさい」か「話しかけるな」で一蹴していた。

 ……それを、反抗期?


「バカにして――」


 口を開き変えて、早瀬さんのニヤけ面にギリギリ止まる。

 もしかして、わざと怒らせようと?


「………………っち」

「はぁ。星原さん、大丈夫ですか? 最近ずっとピリピリしてません?」


 この人、誰のせいだと思っているんだ。

 実際のところ、発売が近づくにつれて仕事はどんどん増えて体力的にはだいぶしんどい。適当なところで「もう無理」と言って投げ出してやろうかと思っていた。

 でもなぜか、がんばれている。

 やる気だってないはずなのに。

 早瀬さんがマネージャーを続けるから、今日も仕事に行けばいるんだ、と思うとサボろうという思えない。明日も仕事の予定があるってのは、また早瀬さんの顔を見ないと行けないわけで。

 もしかした、早瀬さんが心変わりして「マネージャーを辞めてアイドルに戻る」まで絶対に逃がさない、という原動力なんじゃないか。

 そうだ。そうでないと、アイドルに戻らないなんてバカなことを決めた早瀬さんの顔なんかもう見たくないに決まっている。


「…………っち」

「しゃべらないのに舌打ちばっかり……本当に、配信中は絶対やめてくださいよ?」


 つい早瀬さんの顔を見てしまう。

 相変わらず情けない顔をしていると鼻で笑いたいのに、マネージャーを続けると言い切った早瀬さんの表情は、桜さんじゃないのに清々しく見える。

 あの日から前よりもずっと言いたいことははっきり言うようになった。


「今日の配信は無理してしゃべる必要はないですけど、あくまで星原さんのソロデビュー曲の発売記念配信なんですからね。できるだけ愛想良く、可能なら新曲のアピールをしてくださいよ」

「………………」

「そうですね。アピールするのは、初回限定版についてくる特典のあれ、私も激推しの星原さん新曲の初回収録版ですね~! これはちゃんと配信で紹介してくださいよ」

「………………なっ……むっ!」


 早瀬さんはマネージャーと言っても大学生のアルバイトで、付き添い以外のことは求められていない。

 だからはっきり言って他の誰かに代わってもなんら問題はないし、わたしのアイドル活動自体になにか口出すようなことはない。

 ……はなずなのに、曲の特典をどうするかって話で早瀬さんは勝手に提案して、それがなんと採用されてしまった。

 しかも、収録のとき、わたしが一番最初に歌った音源を特典!?

 音響ディレクターに即ダメ出しされて終わったやつじゃん……なに考えているわけ、この人。


「ただ特典内容を紹介するだけじゃなくて、そのときの心境とかも話すといいと思うんですよ~。『初回収録で緊張して力が入り過ぎちゃったけど、一番気持ちは入っていたと思います』とかどうですか?」


 早瀬さんはマネージャー面して、聞いてもいないアドバイスを並べてくる。

 うっとうしい。生配信、サボってやろうか。


「あ、生配信サボってやろうかって顔してますね……」

「…………見るな」

「なんですか? 天雨桜ですか? そしたら仕事、やってくれる約束ですもんね」

「…………」


 桜さんを出されると、今だって逆らえる自信はない。プロデューサーとしての威厳が失われている。非公式だからか……。


「でも、できれば私のままで説得したいんですよね……。また星原さんにどうしてもって頼まれたら別ですけど……少なくともマネージャーを続けること、ちゃんと認めてもらうまでは」


 早瀬さんがまたウザい顔でなにか言う。


「アイドルに戻らないって決めたわけで……これくらいは天雨桜に頼らず私として、説得したいって」


 そんなの、一々言ってくるな。

 挙動不審ゴマすり女の癖に、そんなちょっとカッコいい感じのこと……。

 違う、カッコよくなんてない。こいつは偽物! 桜さんじゃない!


「偽物っ、こいつは偽物っ!」


 わたしは雑念を振り払うように、早瀬さんの胸をつかんだ。この柔らかさ、桜さんじゃない。目を覚ませ、こんなやつ、マネージャーを続けさせてもいいことないっ!


「えええぇっ!? 急に失礼な……本物ですって……」

「うるさいっ!」


 胸をもんでも余計に変な気持ちになっただけで、わたしは逃げ出した。

 追いかけてこようとしていたけど、早瀬さんは偶然通りかかったわたしのグループメンバー(今日の配信のために来てくれた)に声をかけられて止まる。

 早瀬さんがわたし以外のアイドルと話しているのは見たことがなかった。

 どんなことを話しているのか気になったけど、今は少しでも早瀬さんから離れて一人になりたかった。

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