第43話 タバコ

 早瀬さんが来ない場所、と思って事務所内をうろうろしていたら、外階段にまで出てきてしまった。

 たしか今や隔離と廃絶の一途をたどる喫煙スペースがあるはずだけど。

 早瀬さんは、将来タバコとか吸うつもりなのか。趣味からすると非常に喫煙の可能性が高そうに思える。

 桜さんのビジュアルからすると、タバコにライターなんてのは似合いそうではある。

 でも身近にいる身からすると臭いが気になる……。


「…………二年後か。ないない。そのころ、あの人もういないから……」


 どうせ借金を返済したらあの人はマネージャーを辞めるんだ。

 なんだかんだ言って、アイドルにも戻らなかった癖して。結局、ずっとマネージャーなわけじゃない。

 ……借金返済したら、今度こそ。考え直すのか。

 わたしの力になれるなら、とか意味わからないこと言っていたけど、そんなのいつまで続けるつもりなんだ。


「あ? 声がしたと思ったら、星原……お前まさか、スパりに来たのか!?」


 少し影になった場所から、電子タバコを片手に持った社長が顔を出した。


「ダメだろ、ここ隣のビルからも見えるんだぞ」

「…………吸いませんよ。吸ったこともありません」


 社長がタバコを吹かしても、煙は目に見えない。本気で言ったとは思えないけど、一応否定しておく。


「そうか。ならよかった。未成年飲酒・喫煙もシャレにならない。絶対撮られるなよ」

「…………はい」


 そこは「絶対やるなよ」じゃないのか。と思うけど、早瀬さん相手でもないから細かいことを言い返す気もない。


「で、じゃあどうしてこんなところに来た? これから配信だろ」

「…………配信のほうは、準備できてます」

「なんだ、まだ早瀬とケンカしてんのか?」


 そっちには答えなかったのに、社長が楽しそうに笑う。


「別に、ケンカは……」


 わたしが早瀬さんとしているのは、ケンカじゃない。徹底抗戦だ。

 ただそんなことを訂正するよりも、社長にもう一度はっきり言えば全てが解決すると気づく。

 早瀬さんをクビにしてくれって言えばいい。

 マネージャーじゃなくて、あの人はアイドルとして雇うべきだ。

 後半はともかく、前半は……たぶん、聞いてもらえるはず。


「早瀬さんのことですけど」

「なんだ? やっぱりマネージャーを外してほしいって?」

「…………」


 わたしはこういうとき、自分からは言わないで黙って「嫌だな」って顔をしていた。だから「早瀬さんがマネージャーは嫌だ」ってのを顔に出してアピールしようとしたんだけど。


「楽しそうにどうした? 変なことでも思い出したか星原」

「……違います」


 不愉快な顔をつくったはずなのに。

 社長も仕事疲れで目が霞んでいるのかも。


「……わたしと合わないと思います」

「そうか」


 仕方ないから、自分で言った。控えめだけど、これでも伝わるはずだ。


「なら、早瀬は別のアイドルを担当してもらうか」

「は? え、なんで……ですか」

「なんでって、星原が早瀬とは合わないって言ったんだろ。なら他のアイドルを担当してもらえばいいからな」

「………………」


 どうしてクビじゃなくて、早瀬さんがわたし以外のアイドルを担当することになる?

 でも冷静に考えると、そうなるのかもしれない。

 言い方を間違えた。早瀬さんにはマネージャーとして問題があるって言わないと。

 だけど早瀬さんの問題点なんて山ほどあるはずなのに、すぐ口から出てこない。黙っていると。


「早瀬は案外マネージャーとしても使い物になりそうだからな。ま、アイドルとしても面白い逸材だと思ったのは本当だけど、本人がマネージャーとしてやる気なら、精々こき使わせてもらおうってな」


 社長が先に、早瀬さんを褒めてしまう。

 気の抜けた声で、あんまり褒めているって内容でもないけど、早瀬さんのことを本気でマネージャーとしても使えるって思っているみたいだ。

 違う。あの人はマネージャーなんか!


「で、でも……あの人…………」


 早瀬さんは男装してわたしを騙していた。でもその話はもう記者に写真を撮られた流れで知られてしまった。今更騙されていた、と言うのも無理がある。せめてあの場で、わたしが知らなかったフリをしていたら……。

 他になにか……クビにする理由……そうだ、セクハラ! 桜さんにされたことはわたしが頼んだことって理由もあるけど……あれは早瀬さんがやったことだから……。


「わ、わたし、早瀬さんに、だ、抱きしめられました! この前、屋上で!」

「ああ? 抱きしめられたって、星原が……早瀬に?」

「…………はい」

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