030 ゴブリンのババア
あー、スッキリした。
データ君とギルドに向かったは良いものの、部屋に入る寸前で猛烈な便意が俺を襲ったのだ。
便意と眠気を誤魔化す為に顔に力を入れて何とか耐えようとしたのだが、便意が引けば眠気が、眠気が引けば便意が、と言った具合で一瞬たりとも気が抜けなかった。
その為ギルド長の話はあまり憶えていない。
確か財宝が有るのを知っていたのかとか何で宝石を壊したのか聞かれた気がする。
知ってるも何も財宝を探しにダンジョンに向かったのだから有って当然なんじゃないの?
宝石は…まあ俺が壊したかったから、壊さずにはいられなかったんだ。
まあめっちゃ怒られると思ってたのに全然怒られ無かったからラッキーだ。
後なんか空間の話もしてたけど、財宝ってああ言う隠し部屋にあるのが定番なんじゃ無いのか?
まあどうでも良いか。便意が限界に来ていたのでトイレに行って良いか聞いたら帰って良いって言われたし、大きいの出してめちゃスッキリしてるし、最高の気分だ。
いつの間にか眠気も消え去っている。
すぐに帰ってもまだ朝食の時間には早いし、ちょっと散歩でもしようかな。
そう言えばデータ君の髪の中にハエが入り込んでたけど、まあどうでもいいか。
当ても無く町を歩く。
宿を出た時よりも人が増えている。
もう少ししたらいつも通り活気に満ち溢れるだろう。
石レンガで出来た道をゆっくりと歩く。足の裏からはしっかりとした感触が返ってくる。
村では道は舗装なんてして無かったからこの感触は今でも新鮮だ。
気が付けば町を囲う壁まで来ていた。折角なので物見台に登って風景を見る。
町の外には見渡す限りの森、遠くに村の様なものが少し見えるか。
町の中は煉瓦造りの色取り取りの建物が所狭しと並んでいる。
俺は意外とこう言う景色を見るのが好きなのかも知れない。
ずっと山奥の、田舎の村に住んでいたからだろうか、こう言った風景がとても美しく感じる。
きっと俺一人では一生村を出る事は無かっただろう。その点はブレイブに感謝だ。
でもまあ、やっぱり田舎で剣だけ振っていたかったが。
どうせすぐには村に戻らないだろう。なら今はこの生活を楽しもうかな。
と、柄でも無く少し感傷的になってしまった。朝特有の静かな雰囲気の所為だろうか。
俺はもう一度、一通り風景を見て物見台から降りる。
そろそろ時間も良い頃合いだろう。町の中からは喧騒が聞こえてくる。
さて、宿に帰ろうか。俺は足を一歩だし、立ち止まる。
……宿ってどっちだ?
彷徨う事訳一時間。
漸く見慣れた風景に戻って来た。
うん、やっぱり俺には田舎が似合ってるな。田舎ならこんなに迷う事は無い。
帝都に行ったら適当な頃合いを見て村に帰ろう。
「おや、クロじゃないか」
俺が心の中でひっそりと決意を固めたその時、背後から声を掛けられる。
俺はその声にひじょーに聞き覚えがあった。
出来れば振り向きたくないなぁ、そうだこのまま聞こえなかった振りをしよう。
「まさかこの私に聞こえない振りをしようとしてるんじゃないだろうね?」
うっ、バレてる。
俺は渋々後ろを振り返る。
そこにはサングラスに派手なシャツに白いズボンと言った出で立ちのゴブリンのババアが立っていた。
何処のパリピだよ。
「…うぃーす」
「相変わらず生意気だねぇ、また扱かれたいのかい?」
「ご機嫌麗しゅうございますお婆様」
「ま、良いだろう」
ゴブリンのババア、リンは何かと俺の村に立ち寄る旅好きの婆さんだ。
見た目は完全に皺くちゃのババアなんだが、身長高いし行動的だしその辺の成人男性よりも若々しい。
「…なんでこんな所に?」
幼い頃から何かとババアに扱かれてきた俺にとって、ババアとは出来れば顔も合わせたくない位苦手な相手だった。
必然的に言葉は強目になる。
「それはこっちの台詞だがね、まさかこんな所であんたの顔を見るとは思わなかったよ」
ババアは俺の態度を気にして無い様だ。
俺がババアに対して態度が悪いのはいつもの事だし、当然と言えば当然である。
俺だって別にババアの事が嫌いな訳では無い。
何かと旅の話をしてくれるし、お土産くれるし、好きな部分もちゃんとある。
だが、鍛錬と称して死にかける様なもはや拷問と呼べる様な扱きをしてくるのだけは耐えられない。
谷から落とされたり、食料なしで山中に置いて行かれたり、罠だらけの道を歩かされたり。
…やっぱ嫌いかも知れない。
会う度にその調子なので俺にとっては疫病神の様な存在なのだ。
「…ちょっと帝都で冒険者をやりにね」
「ほぉ!ほおほおほお!!」
ババアは俺の言葉にヤケに嬉しそうな反応をした。
「良いじゃないか!お前さんも遂に独り立ちする気になったんだねぇ!このままずっと家に居て棒振りをするだけの人生だと思ってたよ!!」
「…ハハハ、まさか」
多分ブレイブが来なかったらそうなってたと思う。
「そのまま嫁さんでも見つけて両親を安心させてやりな!!」
「…ハハハ、ソウダネ」
嫌すぎる。結婚なんてしたら剣を振る時間が無くなってしまうじゃ無いか。
俺は生涯独身で良いのだ。強いて言うなら剣が恋人だな。ね、鉄塊丸くん♡(愛剣の名前)
「おや、そう言えばティナは付いて来てないのかい?」
「…ああ、俺だけだ」
「ふーん、そおか。クロお前遂に妹に愛想を尽かされたな?」
「グハッ!!」
いきなり痛い所を思わず突かれて膝を付く。
確かに、最終的に俺が帝都に行くと言ったものの、そもそもはティナの奴が俺を売った所から始まったのだ。
やはり俺は捨てられた……!?
そんな…めんどくさいから会話を任せたり、家事をせずに一日中剣を振っていたり、剣を振り始めると時間が分からなくなるから呼びに来させたりしていただけなのに……!酷いや!
「ま、そんな訳ないねあの妹に限って」
「嫌…しかし……だが……」
「おいクロ、聞いてるのか?」
「あ?ああっ、聞いてる聞いてる」
効いてもいる。
そんなやはり俺はティナに見捨てられたのか…血が繋がってないとは言え俺たちは小さい頃から一緒だったじゃ無いか!
そう言えばティナが家に来たのは俺が十歳の時の筈だけど、その前の記憶ってなんか思い出せないんだよな。
まあ小さい頃の記憶なんてそんなもんか。
「ま、元気そうで安心したよ。さて用事があるから私は行くよ、またの」
「…ああ、また」
そう言ってババアは手を振って何処かへと歩いて行った。
あんなパリピ見たいな格好で何処に行くんだ……。
まあいいや。もう暫くは会う事も無いだろう。
そろそろ朝食の時間だろう。宿もすぐそこだ。
ババアが見えなくなってから、俺も宿へと向かう為足を動かすことにした。
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