029 報告


 早朝。

 憂鬱な気分のまま寝床に着いた俺は、体から感じる異様な暑さで目を覚ました。

 掛け布団を捲ると、隣の部屋で寝ている筈のノノが何故か俺の布団の中に入っていた。

 異様な暑さの原因はノノだった様だ。

 確かに普段抱き付いている時に感じるノノの体温は高い。

 やはり子供だからだろうか。

 あれ、でも成人してるんだっけ?まあ良いか。

 隣のベッドを見れば丁度目を覚ましたブレイブと目線がぶつかる。


「いや、君が寝た後にノノがどうしてもって言ったものだからさ、断れなくてね」


 こちらが何か言葉にする前に言いたい事を察して説明をしてくれた。

 まあ別にとやかく言う様な事でもないか。

 村にいた頃はティナがよく布団に入って来て一緒に寝ていたし、寧ろ懐かしい位だ。


「駄目だったかな?」


「…問題無い」


「そうか、それなら良かったよ」


 まあ一言くらい言ってからにして欲しかったが、しょうがないだろう。

 ブレイブは胸を撫でおろす仕草をする。

 彼もノノに押し切られたのだろう。彼女は偶に断れないオーラを放つからな。


「…剣を振ってくる」


「ああ、行ってらっしゃい」


 まだまだ眠たいのだが、今寝直しても暑くて寝付けないだろう。

 それならば剣でも振って頭を覚ます事にしよう。

 俺は軽く着替えて剣を持って外に出た。






 前にアキラと出会った広場まで来た俺は剣を手に取る。

 今日はアキラは居ないみたいだ。

 早朝特有の静けさが辺りを包んでいる。


「…フッ…フッ」


 久々の静かな素振りタイムだ。やはり素振りはいい。

 前は三大欲求の一つに素振りが入るのではと思っていたが、村を離れた今なら分かる。

 もうこれ一大欲求ですわ。これさえあれば良い。

 寧ろ無いと死ぬね。俺から素振りを取り上げたら多分一週間と持たずに死ぬ事だろう。

 そう考えると意外と余裕がある気もするが。


「…フッ…フッ…フッ!」


 あー、楽しい。楽しいけどめっちゃ眠いわ。

 普段の俺なら剣を振れば目が覚めるのだが、意外と昨日の疲労が残っているのかも知れない。

 かなり頭を使ったからな。食人族事件もあったし、宝石破壊の報告は…コレからか…。

 余計な事を考えてしまった。今からでも逃げようかな?


「お!クロじゃないか、奇遇だな丁度良かった」


 はい、そうもいかないみたいです。

 後ろから声を掛けられたので振り返れば、データ君がこちらへと歩いて来ていた。

 相変わらずメガネをしていないのに目頭をくいくいと触っている。


「…ああ」


「まだ早いからもう少ししてから呼びに行こうと思っていたんだが、起きているなら丁度良い、一緒にギルドまで来てくれ」


「……ああ」


 嫌すぎる。眠いし。

 でも、断る理由が無い。ここで断った所で後で呼ばれるだけだし。

 仕方ないので渋々とデータ君の後を着いていく事にする。


「しかしクロ、君の剣技は本当に美しいな。先程の素振りを見て思ったが、君程綺麗に剣を振る人間は俺のデータにも無かったよ」


「…そうか」


「昨日君が壁を壊して出て来たのは驚いたよ。それ程の実力を持っているんだ、君ならその内四級の壁を越えれるかも知れないな」


「…ああ」


 データ君が話しかけてくれているんだが…眠すぎて全く内容が頭に入って来ない。

 データが綺麗で壁の実力?何の話だっけ…。

 その後も何か話し続けるデータ君に適当に相槌を打ちつつ、なんとかギルドまで歩く事が出来たのだった。



 ――――――――――――――――――――




 クロ・スミス。

 イカナ山からやって来たとか言う剣士の青年。

 はっきり言って彼に対する期待は殆ど持っていなかった。

 精々が戦力として役に立てば上々かと思っていた位だ。

 だが、現実はどうか。

 報告に寄れば彼が敵の力の根源を内部から破壊した事に寄って問題が解決されたと言うでは無いか。

 コソクザと名乗る敵対人物は正体不明の術を使い、また地竜を二体も召喚し四級冒険者三人を含むパーティーを苦しめた。

 データロウはギルドの特務調査員である。ここ暫く各地で続くダンジョンの異変。

 今回の件もそれとの関連性が懸念される為に念の為に派遣したのだ。

 そのデータロウに寄れば、あのままならコソクザを撃破は出来たがこちら側に人的被害が間違いなく出ていただろうとの事だ。

 調査隊もクロ・スミスが破壊した壁の先に今まで未発見だった空間を発見したと報告している。

 また古代の術式と思われる魔法陣も発見されている。

 彼が居なければ今回の件は簡単には解決しなかっただろう。

 そして問題なのがクロ・スミスの仲間の発言から彼がそれを予見していた可能性があると言う事だ。

 データロウもダンジョンに入る前にクロ・スミスが宝玉の存在を知っているかの様な発言をしていたと報告していた。

 つまり奴は宝玉が今回の事件の核にある事を何らかの方法で知った上で、更には未発見であった筈の空間を通り宝玉を破壊したのだ。

 そんな事がただの人間に可能なのだろうか。

 何にせよ本人から直接話を聞く以外に知る方法は無いだろう。

 この冒険者協会ソノーヘン支部の長として聞いておかねばならない。

 そう考えて居た時、支部長室の扉がノックされる。


「支部長、クロを連れて来ました」


「よし、入れ」


 まだかなり早い時間であるが、もうクロを連れて来たらしい。

 これは有難い。はっきり言って今回の件は不透明な部分も多く、あまりにも迅速に事件が片付いた為に仕事量が多過ぎるのだ。

 早く片付くのであればそれに越した事はない。

 許可をしてすぐにデータロウとクロが入ってくる。


「ッ!?」


 クロの顔を見た瞬間、そのあまりの迫力に思わず息を呑んだ。

 こちらを見定める様な、鋭い眼光。

 今にもこちらに斬りかかって来そうな異様な雰囲気を放っているのだ。


「朝早くに悪いな、まあ適当に掛けてくれ」


「…ああ」


 クロは一言相槌を打って椅子に座る。


「早速で済まないが、クロお前には昨日の出来事に付いての報告をしてもらいたい」


「………ああ」


 先程よりも返答の間がある。

 その上更に眼光が鋭くなった。何かこちらに気に入らない事があるのか?


「単刀直入に聞こう。お前はあの宝玉の事を知って居たのか?」


「…ああ」


「その上で自分の意思で破壊をしたんだな?」


「……あれは破壊をしなければならない物だ」


 やはり、そうなのか。

 コイツは宝玉の存在を知っていたのだ。

 その上で宝玉を破壊しなければ問題の解決が難しい事を理解して、一人で実行したのだ。


「あの空間の事も知っていたのか?」


「…ああ、そこにあるのは分かっていた」


「ッ!」


 なんて奴だ!コイツには未来でも見えているのか!?

 末恐ろしい奴だ。

 何故その情報を得る事が出来たのか、ここの長として確認せねばなるまい。


「お前はどうやって……」


 そこまで口を開いた所でクロの視線がデータロウに向いている事に気が付く。


「……ハエが」


 何だと!?まさかコイツ、調査員としてデータロウを派遣した事も見抜いているのか!?

 成程。コイツの鋭い視線の理由が分かった。

 何の説明も無しに調査員を紛れ込ませておいて、自分には手の内を晒せと言うのか、そう言外に言っているのだ。


「それにも気が付いて居たのか…!」


「……ああ」


 更に鋭くなった眼光が俺の眼を貫く。

 つまり奴はこう言いたいのだ。

 お前たちギルドは碌に手の内を明かさないクセに、俺たち冒険者には手の内を明かせと簡単に言う。

 それはフェアでは無いと。問題を解決したのだからこれ以上は踏み込んで来るなと。

 俺は、俺たちギルドは驕っていたのかも知れない。

 冒険者を束ねる立場だからと、黙って調査員を同行させる。

 それは冒険者を信じていない、裏切り行為では無いのかと、そう言いたいのだ。


「…行ってもいいか?」


「ッ!」


 今日一番の眼光で言葉を投げかけるクロ。


「ああ、帰っていい。済まなかった、此方も誠意をしっかりと見せよう」


「…ああ」


 クロは足早にこの部屋を出て行った。

 奴の圧が無くなり、いつの間にか握っていた拳を開く。

 その手の中は汗でびっしょりとしていた。


「アーノルド支部長、彼は我々が思っている以上の人物です」


「…データロウ、お前もそう思うか」


 調査員の時は如何にも冒険者と言った言葉遣いをしているデータロウだが、周りに人が居ない場合はこうして敬語を使う。


「はい、実力、知力共に今まで見て来た中で一番です」


「そうか、今回は我々の誠意が足りなかったな」


「ええ、ですからこれから挽回しなければなりません。彼程の逸材を逃すのはギルドの損失になります」


「そうだな……」


 詳しい内容は聞く事が出来なかったが、仕方が無い。

 今回はこちらにも非があったのだ。


「それから“彼”に付いてですが、やはり少し怪しいかと」


「やはりか」


「はい、引き続き“彼”に付いても調査します」


「ああ、頼むぞ」


「はい」


 そう言うとデータロウも部屋を出て行った。

 少し、疲れた。椅子に深く座り、溜息を吐く。

 少し休憩しよう。


「支部長!新たに調査で分かった事ですが…」


「ああ、分かった」


 大きな音を立てながら、職員が入ってくる。

 どうやら今日はまだ休めないらしい。

 俺は覚悟を決めて、報告を聞く事にした。

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