第七夜

早朝。篠突く雨が降りしきる中、錆びついた門がギギギと音を立てながら開かれる。開かれた門の前には今日のために集められた吸血鬼の門番が二列に並び、人間界から訪れた門番の馬車を出迎える。馬車は三頭あり吸血鬼の門番は丁寧に検問を行う。何も問題がないことが確認されると馬車は門を次々と潜り、吸血鬼の門番の乗る馬を先頭に森の中を征く。駆ける蹄から跳ねる泥など構うことなく馬車はひたすら森の中を進んだ。整備された森を進むと道がだんだんと拓けバルデン国が一望できる場所に着く。田畑と街が入り組んだ国が暗闇の中でぼやっと映される。ここが森の終着点のようだ。馬車は森を出ると石畳になった道を進みユリウスが待つ屋敷を目指しまた走り出した。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 リュカがバルデン国に来てもう随分と経った。もうとっくに冬は終わったが、一日中暗闇の中の魔界は一年を通して気温が低い。さらに今日は朝から激しく雨が降っている。こうなると防寒着は手放せない。今日もリュカは仕事に行く支度をし、最後に黒いコートを羽織った。そして皮製の仕事カバンを持ち自室を出ると、バルデン国の門番の制服を着た者と人間界の騎士団の制服を着た者が屋敷内を行ったり来たりと忙しなく動き回っており、屋敷の中は騒がしかった。そういえば朝起きた時から何やら話声がするとは思ったがこのせいか。しかし今日はどうしてこんなに人が多いのだろう。人間もいるし何かあったのではないだろうか。リュカは不安になり自室の前で人の動きを見ていると、執務室を丁度出てきたアイザックに声をかけられた。

「おーいリュカ。」

「アイザックさんおはようございます。どうしたんですか。こんな朝早くから。何かあったんですか?」

「いやぁ心配しなくて大丈夫。今朝騎士団から監査が入ると突然連絡があってね。屋敷中調べられて大変なんだよ。」

「監査?」

「そう。定期的にお互いの門番がお互いの仕事部屋を調査して、何かやましいことをしていないか調べるんだ。そうだ!リュカの部屋も調べられるかもしれないが大丈夫か?」

「僕の部屋にも?うーんどうかな…。薬品はあるけど大丈夫かな。」

「まったく。連絡が遅くて困るんだよな。」

 アイザックは腕組みをし動きまわる人間たちを見て、僕だってまだリュカの部屋に入ったことがないんだぞと文句を言っている。

「リュカが帰ってくる頃には終わっていると思うから。部屋を荒らされていたら言って。文句を言ってやるから。」

 リュカはアイザックの発言にハハハと愛想笑いをし、大事にならないためにも何かあってもアイザックには知らせないようにしようと心に決めた。

「今日は冷えるぞそんな格好で風邪引かないか?今度良いコートを見繕ってやるからな。しかし外は土砂降りだぞ?一人で行けるか?連れて行けたら良いのだが監査の対応で忙しくてごめんな。ランチも一緒に出来なさそうだ。」

 アイザックはリュカのコートのボタンがしっかり上までかけられているか念入りに確認し、リュカの心配をしきりにする。雨が降っている程度だから平気なのに、アイザックさんは結構心配症なんだなと思いながらリュカはアイザックに見送られ階段を降りていくと、見覚えのある女性の騎士がホールにいるのが見えた。

「あ、あの…。」

 リュカは思い切ってその女性に話しかけた。その女性は、リュカが人間界で迷子になった時に手続き等でお世話になった、吸血鬼専門の門番で小隊長のベイリー・カーンズだ。茶色の長い髪を高い位置でまとめその髪は他の門番に指示を出すたびに忙しなく揺れている。顔つきは厳しそうで眉間に刻まれた深いしわに今までの苦労が伺える。

「ん?あぁ。誰かと思えばあの時の迷子の魔女か。どうしてお前がここにいる。」

 ベイリーは眉間の皺をさらに深めながら目を細めリュカをくまなく見ると、ようやく思い出したようで皺を少し緩める。

「あれから色々あってラビントス…魔女の国に居られなくなっていた時にユリウスさんが拾ってくれて、薬局をさせてもらってるんです。」

「ほぉ、薬局をねぇ…。」 

「ベイリー小隊長!ユリウス司令官がいらっしゃいました!」

 会話の途中でベイリーの部下らしき人物が現れ、ここで二人の会話は終了した。ユリウスが二階から降りてきてベイリーと挨拶を交わしているため、リュカはその場合を去り仕事場へ向かった。

「久しぶりだな。ユリウス。」

「ベイリー殿も、このような天気の中すみません。」

「構わん。これも仕事だ。」

 ベイリーは屋敷を出て行ったリュカの方を向いて鼻を鳴らして笑った。

「テロリスト扱いされていた人物を受け入れるなんて、そんなにお前はお人好しだったか?」

「困っていましたので居ても立っても居られませんでした。」

「薬局を営んでいると言っていたが、あの子を利用して何かやましいことを考えてはないだろうな。」

「めっそうもございません。あの子は純粋すぎる。利用なんてとてもできませんよ。」

「純粋でなければ使うという訳か?」

「まさかそんな。」

 ユリウスはベイリーを応接間に案内し、二人は部屋の中へ消えていった。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

「いいか。何か小さなことでも不審な点があれば呼んでくれ。」

 ベイリーは部下に命令すると、部下は部屋を出ていきベイリーとユリウスの二人だけの空間となった。窓ガラスには雨粒がバチバチと打ち付ける音が響き部屋の中はコーヒーの香りで充満している。ベイリーはコーヒーを一口啜ると上着のポケットからタバコを取り出し、マッチで火をつけた。一口ゆっくり吸い、細く吐き出す口からは白い煙が立ち上った。

「まだ吸われているんですね。」

「あぁ、仕事上吸っていないとやっていられなくてね。吸わない口か?」

 ベイリーは灰皿に使用済みのマッチを置きタバコの箱をまた上着にしまった。

「私は全く。アイザックは相変わらずですがね。」

「あんなやつ肺を侵して早くくたばってしまえば良い。」

「ふふっベイリー殿は相変わらずアイザックが気に入らないようだ。」

 ベイリーはタバコを吸ったり吐いたりを繰り返し、その間沈黙が続いた。

 ベイリーのタバコも遂に吸い終わり灰皿に吸い殻がくしゃっと押し付けられ、最後に赤く先端が燃え、すぐに燃え尽きた。ベイリーはもう一口コーヒーを啜ると語り出す。

「私がここに配属されもう何年だ。」

 ベイリーの突然の問いにユリウスは指折り数えた。

「二年ほど、ですかね。」

「もう二年か…。」

 ベイリーは溜め息と共に組んでいた足を組み直す。

「お前たちにとって二年は長いのか。短いのか。」

「その者によりますかね。長いと思う者もいるかもしれないしその逆も然り。」

「全く。ここはいつきても真っ暗で時間の感覚が狂う。お前たちは時の流れがわかるのか?」

「えぇまぁ。慣れですかね。もう百年以上も生きているので。」

「そんなに生きていたら退屈だろうな。」

「そうでもありませんよ。ベイリー殿も吸血鬼になってみますか?」

「冗談でもそのようなことは言うな。」

 ユリウスはクックと笑う。また二人の間に沈黙が流れた。

 ベイリーはこの沈黙の間、対吸血鬼部隊の小隊長になった時のことを思い出していた。あの時も確かこんな風に天気が悪く空は暗闇に包まれていた。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 吸血鬼ユリウスの屋敷に行く途中の馬車の中、ベイリーは腰に帯刀した剣を握りしめ緊張の面持ちで馬車が止まるのを待っていた。同乗していた副隊長のイワンもソワソワと辺りを見渡している。そして遂に馬車が止まり二人は外に出た。辺りは昼間だと言うのに暗闇ですぐさま腰につけたランプを灯した。

「お待ちしておりました。ベイリー小隊長、イワン副隊長。さぁどうぞ中へ。」

 今日はベイリーが対吸血鬼部隊の小隊長になって初めて、吸血鬼の門番司令官ユリウス・イオネスクと対面する時だった。ユリウスは暗闇の中から現れ二人を屋敷の中へ招き入れる。司令官とは思えないラフな格好に拍子抜けしたが、ただものではないオーラを放つ不思議な男にベイリーは危機感を強める。

「今お茶を用意させますので、どうぞ中でお待ちください。」

 ユリウスに案内され、二人は言われた通り応接間のソファへ腰掛ける。

「司令官の割には貫禄がないですね。」

 イワンはヒソヒソとベイリーに話かけたがベイリーはそれを無視し、一点を見つめ座り続ける。イワンも今のは失言だったかと反省し座り直す。

「やぁお待たせ。紅茶でよかったかな。」

 ユリウスもソファに座り、メイドのジーナが紅茶とケーキの準備を進めている。ベイリーはユリウスの目から視線を外さずじっと見つめる。ユリウスは気にしていないかのようにベイリーとイワンに微笑んでいた。

 紅茶が各々のティーカップに入れ終わり、ジーナがそれぞれの席に運びベイリーの目の前に運ばれた時であった。ベイリーは突然立ち上がり腰ベルトに繋がれたガンホルダーから目にも止まらぬ速さで銃を取り出しユリウスに銃口を向けた。

 それと同時に主人の危険を察知したジーナはケーキ用のナイフを持ち、ベイリーが銃口を向けるとほぼ同時にベイリーの首筋に突きつけた。それを見たイワンはベイリー同様銃を取り出し、ジーナのこめかみに銃口を向けた。三者はそのまま一切動くことなく、三つ巴状態になった。ここで誰かが動けば誰かが死ぬだろう。そんな緊張状態が続いた。

 時計の分針が一つ動いた時、ユリウスが沈黙を破るように口を開いた。

「ジーナ。首を狙うならもう少し下だ。それでは殺せない。」

「申し訳ありません。」

 ユリウスは悠長にジーナに対してアドバイスを送っている。

「はっ。こんな時でも部下の指導か。見習わなくては。」

 未だにユリウスに銃口を向けベイリーは言う。

「しかし驚いたな。騎士団だから武器は剣だけだと思っていたのに、銃まで持っているんですね。私も平和ボケしていました。」

「人相手なら剣で事足りるが、お前らみたいな得体の知れない者に剣など敵わないからな。」

「ははっそれはそうですね。でもこうなることは想定外ですか?」

「っ…!?」

 ユリウスは笑顔を絶やさずしかし何もせずソファに座っていただけだが、ベイリーとイワンは指一本さえも動かせなくなった。

「っ何をした。」 

「吸血鬼の能力の一つで洗脳能力です。今は動けなくなるよう洗脳をかけました。」

 ユリウスはパンっと手を叩くと、今まで凄まじい重力がかかっているように重くなっていた体が一気に軽くなり、ベイリーとイワンはその場に座り込んだ。

「お前、そんな能力を易々と敵である人間に教えても良いのか?弱点になりうるかも知れないんだぞ。」

 ベイリーは体勢を整えると再び銃口をユリウスに向ける。ジーナも再びナイフを近づける。

「小隊長はそんな姑息な考えをするお方ではないでしょう。だってその銃の中にだって弾は込められていないでしょう?」

 ベイリーはユリウスに指摘され、銃を持つ手に力を込めた。

「なぜそんなことがわかる。はったりか?」

「私たちは感覚も鋭いんです。金属の匂いがしないので。どうですか?」

 ユリウスはクスクスと笑い紅茶を啜る。ベイリーははぁ、と溜め息を吐くと脱力したようにソファに座り込む。

「完全に私たちの敗北だな。」

「敗北なんて言わないでください。お互いの腹の内がよくわかったじゃないですか。私はあなたたちと上手くやっていけそうです。」

 飄々とした物言いのユリウスにベイリーは気が抜けてポケットから出したタバコを吸い始める。白く細い煙が天井にゆらゆらと伸びて行った。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

「ベイリー殿?どうされましたか。」

 ユリウスに声をかけられてベイリーはハッとした。

「すまない。ここへ初めて来た時のことを思い出していた。」

「あぁ。懐かしいですね。」

「あの時はどうかしていた。懐疑心ばかり強くて話し合いではなく武力でしかお前を試せなかった。無力だった私を許してくれ。」

「仕方がないですよ。こちらはそちらにとって得体の知れない者なんですから恐れて当たり前です。私だってあなた方が最初は怖かった。」

「その割には上手だったようだが。」

「そうでしょうか」

「そうだ。お前に渡すものがある。」

 そうベイリーが言うと胸ポケットから封筒をユリウスに手渡した。

「なんですかこれは。さては賄賂。」

 ユリウスは空になったティーカップを机に置きククッと笑ってそれを受け取る。

「さぁな受け取り次第では賄賂になるかもな。」

「そんなもの渡してしまって良いのですか。」

「お前に託しておきたいんだ。」

 ベイリーは深刻そうな顔をするため、ユリウスはその封筒をしまった。すると外で何やら騒がしくなり、ベイリーは立ち上がる。

「何かあったようだぞ。隠し事でも見つかったか?」

「さぁ。行ってみないとなんとも。」

 二人は外へ出ると床一面に書類が撒かれている状態であった。どうやら一人の門番がつまずいて書類を落としたらしい。それで外が騒がしかったようだ。

「一体貴様らは何をしているんだ。早く片付けろ。」

 ベイリーも手伝おうと書類の山へ進んだ時、「危ない!」と言う声と共にベイリーはアイザックに抱えられる体勢となっていた。どうやらベイリーが書類を踏み足を滑らせそうになっていたため、近くにいたアイザックが咄嗟に支えたようだ。ベイリーは眉間に刻まれた皺を更に深くし体をワナワナと震わせ、ついにアイザックの頬を平手打ちした。

「貴様は!私を女扱いするなと言っただろう!」

「それでも小隊長様が転びそうになっていたんだから仕方ないでしょう!」

 キャンキャンと言い合いをする二人を見てユリウスは二年前のことを思い出した。

 そういえば二年前も顔合わせが終わった後、部屋を出ようとしたベイリーとアイザックがぶつかりそうになり、アイザックが抱き抱えるように受け止めた時も二人はああやって言い合いをしていた。ベイリーがアイザックを嫌っているのはあの時からだろう。アイザックもやめれば良いのにどうしてもベイリーを女性扱いするため、二人の関係は年々悪化している。ユリウスはクスッと笑い、二人の間に入って宥めに行った。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

「ただいま戻りましたー。」

 リュカが仕事を終え誰もいないホールに向かって挨拶をした。屋敷はいつも通り静かで今朝いた門番たちは誰一人いなくなっていた。監査は無事に終わったようだ。

「おかえりリュカ。」

 階段を登ろうとするとアイザックがわざわざ出迎えに来てくれた。

「お疲れ様ですアイザックさん。異常はなかったですか?」

「何もなかったけど疲れたよ。一日中知らないやつが屋敷をうろうろして。休まるものも休まらない。」

 アイザックは肩を抑えて本当に疲れたように項垂れた。

「お疲れ様です。今日はもう帰りますよね?」

「いや、急に入った監査だったから今日の分の仕事が進んでいないんだ。今日も徹夜さ。」

「え、そんなんじゃ体壊しますよ!せめて少し休憩してください!」

 リュカはこれから仕事というアイザックを信じられないという目で見た。するとアイザックはスルスルと階段の手すりに手を滑らせ、リュカを囲むように手をついた。そしてリュカの顔の至近距離まで近づいてきた 。

「じゃあちゃんと休憩するから、仕事頑張れるように何かちょうだい?」

 疲れのせいか垂れた目がさらに垂れて見えて、いつも自信で溢れている彼が弱っているところを至近距離で見たリュカはついアイザックが可愛いと思ってしまって心臓を高鳴らせた。

「何かって…。何も持ってないですけど…。」

 リュカは恥ずかしさのあまりふいと顔を背けて答える。しかしアイザックは顔を近づけたまま真っ直ぐリュカのことを見つめてくる。

「じゃあ、頭撫でてよ。それで十分。」

 アイザックは見つめていた視線を外し、リュカの前で屈んで頭を差し出した。リュカもそれ位なら良いかと、かがめられた頭を優しく撫でる。スタイリング剤でセットされているため髪は硬かったが、自分とは違い真っ直ぐでつやのある黒髪が羨ましいとリュカは撫で続けた。

「リュカもう良いよ。」

 アイザックの髪質がクセになりつい長く頭を撫でていたら、ほんのり頬を赤くしたアイザックがリュカの手を止めさせた。その表情に釣られてリュカもつい頬を染める。

「あーっこれで頑張れそう、ありがとうリュカ。」

 アイザックは満面の笑みで、お返しにとリュカの頭を一撫でして執務室へ帰っていった。リュカは撫でられた自分の頭を抑え、アイザックの手のひらの温かさを噛み締め自室へ戻った。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 夜遅く、ユリウスが今日の監査の結果をまとめていると、コンコンと小さなノック音が聞こえてきたため返事をした。扉が開かれると、もう寝巻きに着替えたリュカが申し訳なさそうに部屋に入ってくる。リュカは元々幼い顔立ちだが、オーバーサイズの寝巻きのせいでさらに幼く見える。ユリウスはささっと机を片付けてリュカを執務机の前まで呼ぶ。

「あの、ユリウスさん、こんな夜更けにすみません。お願いしたいことがあるんです。」

 リュカは言いにくそうな表情で手を擦り合わせたり組んだりと落ち着きがない。こう言った時は話しやすい場を作ることが先決だろうと、ユリウスはリュカをソファに座らせ、ジーナに隠していたお菓子をリュカに分け与えた。甘いもののおかげで少し緊張が解れたようで、今度は真剣な眼差しをユリウスに向けてきた。

「あのですね、ユリウスさんとアイザックさんのことで相談したいことがあるんですけど…。」

 リュカは意を決して話始めたが、自分のこととアイザックのことで悩みとはなんだろう。自分はリュカと良い関係を作れているだろうし、アイザックも最近はリュカと昼食を共にするくらいまで関係が良くなったと聞く。その他に悩むこととは一体なんなのだろうか。ユリウスはリュカの次の言葉を待った。

「お二人とも忙しいのはわかっているんです。でも、一応診療医もしている僕からすればもっと休んでほしい…。今日もアイザックさんが言ってました。これから仕事だって。だから人手を増やすことってできないですか?あ、でも探すという仕事が増えてしまいますね…。」

 ユリウスは考えたことのない提案をされ驚きを感じた。終戦から自分とアイザックと少しの門番だけで支えてきたこの仕事にすっかり慣れてしまって指摘されるまで気が付かなかった。しかし先日疲労でアイザックが倒れている現場をリュカは見ている。至極真っ当な意見だろう。しかし今はつてがない。

 考え込むユリウスにリュカは心配そうな表情を浮かべる。

「やっぱり難しいですよね…。あの、僕にもできることがあったら言ってください。多分僕には務まらない難しい仕事だと思いますが、頑張りますんで!」

 リュカは場の空気を読んで話を無かったことにしようとした。しかしユリウスの頭の中では新しく人を雇うことも可能性としては良いと思い、心配そうなリュカの頭を撫でた。

「君は本当にすごいね。自分のことでもないのに色々考えてくれて。私も今の環境では将来的には良くないと思っていたんだ。うん。リュカの言う通りにしよう。明日から人材探しだ。仕事は今は落ち着いているしなんとかなるさ。」

 ユリウスの言葉を聞いてリュカの表情はだんだんと明るくなる。しかし新しい人材となると条件がかなり厳しい。アイザックの補佐の人材がほしいが、アイザックについていけるか。仕事をなるべく早く覚えてくれるか。機密事項の多い仕事だから詮索しすぎる性格だと危ない。ユリウスは不安もあるが精査することの楽しみを今から感じていた。

「夜遅くに素晴らしいアイディアをありがとう。さぁ明日も早いんだろう?もうお休み。」

 リュカはペコリと一礼すると部屋を出ていった。

「ジーナ」

 ユリウスはリュカが出ていったのを確認すると笑顔をスッと消し、メイド長のジーナを呼ぶ。すると霧のようなものがユリウスの横に現れ、あっという間にジーナの姿に変えたら。吸血鬼の霧散という能力だ。自身を霧状に変え瞬間移動ができる。

「新しい人材を入れたい。この辺りの学校で成績優秀な学生を見つけてほしい。その他の条件は追って伝える。」

 ジーナはユリウスの話を聞くと「わかりました。」と答え、また霧状になって消えていった。

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