第六夜

魔女のアレシアは町中の魔女が見守る中、悪魔ガデルが自分のお腹をさする様子を眺めていた。

 今日は子どもを孕って五ヶ月目。魔女の伝統で代々継承して契約をしている悪魔が、お腹の子どもに魔力を授与する儀式の日だ。アレシア・ベルナールは契約している悪魔ガデルが真剣にお腹をさすっているのを見て緊張でゴクリと喉を鳴らす。

 ふぅ。と一息吐き、お腹をさするのをやめたガデルは屈んでいた腰を伸ばしアレシアを見つめる。

「アレシアおめでとう。お腹には二人の男の子がいる。」

 ガデルの言葉にアレシアは安堵でホッと息を吐く。周りの魔女もワッと祝福の歓声を上げた。

「だが。」 

 しかし次の瞬間、ガデルの歓声を掻き消すほどの大きな声で辺りはシンと静まり返る。

「だが…。片方の魂が小さい。死ぬことはないだろうが、通常の量の魔力は受け取れないかもしれない。最善は尽くすが良いか。」

「はい。この子達が生まれてきてくれさえすれば、魔力の量なんてっ。」

 アレシアは涙を浮かべ了承する。

「良い子だアレシア。ではこれから生まれてくる子たちに祝福を。」

 ガデルは再び屈みアレシアのお腹に口付けをする。魔女を専門とする悪魔はこうやって魔力を子どもに与える。そうして子どもが成長し、経験や知識を得て書き換えられた魔力を死後食糧としてもう一度悪魔に戻される。他の悪魔もそうだ。死神が回収した魂から魔力だけを悪魔は受け取り食糧とする。

「元気に生まれてくることを願っている。アレシア、体を冷やさないようにな。」

 ガデルはそう言うと煙のように姿を消した。アレシアは自分のお腹を愛おしそうに撫でた。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 リュカがバルデン国にきて数ヶ月が経った。相変わらず朝早くから薬の仕込みをしてやってくる客に合った薬を売り一日を終える毎日を送っていたが、最近は少しだけそれが変わった。毎日昼休みの時間、アイザックが昼食を持ってやってきて一緒に食べるというルーティーンが加わったのだ。最初は会うと嫌味しか言わなかったアイザックが、今では楽しそうにリュカと会話をしている。本当はひょうきんで面白い人という新発見があった。しかし冗談を言ったり揶揄ったりするところは変わらない。今日はアイザックが持ってきてくれたベーグルを二人で食べた。

「リュカ、頬についてる。子どもみたいで可愛いな。」

 こんな風にアイザックは冗談を言う。男の僕に可愛いなんて言うなんて冗談の他でもない。

「アイザックさん。冗談でも可愛いなんてやめてください。僕男ですよ。」

「冗談なんかじゃないさ。僕は嘘を吐かないよ。ユリウスと違ってね。」

 アイザックはさも普通にリュカの頬についたベーグルの食べかすを自分の口へ運ぶ。こういった行動もなんの目的があるのか疑ってしまう。

「ユリウスさんは嘘なんて吐かないでしょう。あんなに顔に出る人他にいませんよ。」

 あんなに優しいユリウスが嘘吐きなんてありえない。リュカはユリウスを嘘吐き呼ばわりしたアイザックを否定した。気になっている人をそう言われると良い気がしない。

「いいや。あいつは嘘吐きだよ。今にわかるさ。」

 アイザックは飄々とした口ぶりで言いながらベーグルが入っていた紙の包みをくしゃっと丸めた。リュカは釈然とせず言い返そうとしたがタイミング悪く店の時計が鳴った。

「もうそんな時間か。」

 時計を見て名残惜しそうにアイザックが言う。しかしリュカは開店準備ではなくコートを羽織りカバンを整理する。その光景を不思議そうにアイザックは見ていた。

「なんだ。どこか行くのか。」

「あぁ、いえ、明日早くから遠くの町に薬を売りに行くので今日は午前で店仕舞いなんです。」

 リュカは身の回りの支度をしながら答える。

「そうか、じゃあ今日は一緒に帰れるな。」

 嬉しそうにするアイザックにリュカは、見えるはずのない犬のしっぽのようなものが上下にブンブン振られているように見えた。数ヶ月前までこんなに感情を露わにする人ではなかったので、なぜこんなにも変わってしまったのかリュカは不思議に思った。

「しかしまた変な客に襲われないか心配だ。僕の眷属を連れて行きなよ。」

「アイザックさんの眷属は門番さんじゃないですか。人手不足なのに悪いですよ。僕は大丈夫です。今度はちゃんとヤミルも連れていくので。」

 リュカが断るとアイザックの見えないはずのしっぽは寂しそうに垂れ下がったようである。それがなんだか可愛いと思ってしまう自分も変だ。二人は身支度を終えて店を出た。

 屋敷に戻るとジーナが慌てた様子で出迎えてくれた。

「リュカ様、あの、お客様がお見えになられております。あとアイザック…様にもお会いしたいと。」

 ジーナは他のメイド同様アイザックのことを良く思っていないようで名前を呼ぶ際に少し顔を歪ませた。

「なんだろう。何か約束していたか?」

「いえ。全く。」

 二人はジーナに連れられ応接間へと入った。

「遅い!私を待たせるなんてお前も偉くなったな!」

 部屋に入るや否や怒号とティーカップが飛んできて、アイザックは咄嗟にリュカに当たらないよう前に出て盾となった。ティーカップは二人に当たることはなく、壁に当たりパリンと割れた。

「ガデル!なんでお前がここにいるんだよ!」

 リュカは盾になっていたアイザックを押し退け、客人の元へ駆け寄った。

「お前、契約者になんて言葉遣いだ。」

「アイザックさん、こいつは僕の家で契約している悪魔のガデルです。乱暴者だけど良い奴だから安心してください。」

 リュカはガデルを無視してアイザックに紹介する。ガデルという名の悪魔は濃い顔立ちの女性型の悪魔で、長いボサボサの髪に、大きな胸と局部がほんの少し隠れる程度の服とも呼べぬ布を身につけ、長い編み上げのブーツを履いていた。ガデルはどっかりとソファに腰掛け、机にはメイドが用意したと思われるティースタンドが置いてあったが、中身はほぼ食べ尽くされていた。

「紹介はいい。私はお前に用があった。そこの真っ黒いお前だ。」

 ガデルはアイザックを指差し、二人に座れと命令した。

「率直に聞くが黒いの。お前リュカの血を飲んだな。」

 ガデルは鋭い声でアイザックに尋ねた。アイザックはガデルの言葉を聞いてギクリとしたが冷静を保ちソファに腰掛ける。

「あぁ、それはアイザックさんが疲れて倒れていたから僕が…」

「リュカは黙りな。アタシはこいつに聞いているんだ。」

 ガデルはアイザックから視線を逸らさずにリュカの言葉を遮った。アイザックは一度咳払いをし自らを落ち着かせてから答え始めた。

「ガデル様の言う通り、リュカの血を飲みました。」

 ガデルはその言葉を聞くとやっぱりと確信した顔をする。そして黒くて大きな翼をはためかせアイザックの頭上へ飛んできた。

「そうだろう。リュカの血は美味かったか?魔力がほとんどないから雑味がなく良い味がしただろう。きっと今でもまだあの味を忘れられずに、吸いたくてたまらないだろう。」

 ガデルはアイザックのつむじ辺りの髪の毛をくるくるといじる。アイザックは図星を突かれたようで慌てて否定する。

「そんなことはありません。あなたと契約済みのリュカの血なんて。」

「悪魔に嘘を吐くなんていい度胸だね。」

「あの、アイザックさんが吸いたいならいつでも!」

 リュカは袖を捲りアイザックに見せつけたが、アイザックは困ったように頭を抱える。

「馬鹿かお前は。アタシと契約している以上他の者と契約したらお前は契約違反でアタシに魂を取られて死ぬんだよ。」

 ガデルはリュカのこめかみをグリグリと拳で押し付ける。

「そこで黒いのに質問だ。もし吸血鬼が他人を噛み血を吸ったとする。そうすると吸われた側はどうなる。」

 再びガデルはアイザックの頭上に飛んでいき質問する。アイザックは汗を流しながら淡々と答える。

「相手の血を飲み眷属となるか、相手の血を吸えなかった場合は酷い乾きと飢えの果て死ぬ…。」

「そうだ。お前は己の種族のことをよくわかっている。つまりだ。今回は噛んでいなかったし、リュカも使役魔法を使っていなかったから契約にもならなかったが、こいつが今後リュカの血を求めて噛んだらこいつの口を介して体液が入り、お前は眷属になるか飢えて死ぬかだ。眷属になったとしてもアタシとの契約違反で死ぬがな。」

 ガデルの話を一つ一つ理解しながら聞いていたリュカだが、一つ疑問が生まれたようで手を挙げる。

「でもガデル。僕がヤミルと契約した時、ヤミルに噛まれて体液が入ったと思うけどそれは大丈夫なの?」

 リュカの質問が終わるとガデルは「バカもん!」と残っていたマカロンをリュカの口に詰め込む。

「それはお前が先に使役魔法の魔法陣を組んで契約者側になったからだ。この黒いのはお前より高等だから噛まれたらこいつが必然的に契約者となる。お前魔法が使えないからといって、薬学以外の授業をサボっていたな!」

 リュカはせっかくマカロンを咀嚼し終わったのに、ガデルはもう一つ詰め込む。

「これから黒いのがリュカを襲わないことが保障できない。やはり黒魔女に言って国に戻すか。」

 ガデルがそう言うとアイザックとリュカは立ち上がる。

「ガデル様、リュカは我が国になくてはならない存在です。それだけはご勘弁を!」

「そうだよガデル!やっとお店が軌道に乗ったんだ。今戻っても僕にできることは何もないよ!だから国には絶対に帰らない!」

 二人に説得され少し冷静になったのかガデルはソファに戻りまたどっかりと座った。

「お前たちの言い分もわかる。しかし私は吸血鬼をあまり信頼していない。お前も美味い菓子を食べたらまた食いたくなるだろう。吸血鬼にとって血は菓子と同じだ。だからお前が吸われてしまわないか心配なんだ。」

 ガデルの意見を聞き二人は黙って俯いた。リュカは実際吸血鬼に襲われた経験があるし、アイザックもリュカの血を絶対に吸わないと約束できるかといえば自信が無かった。味わってしまったリュカの血は今でも鮮明に思い出せるほど美味なものだったのだ。

「仕方ない。こうするか。」

 ガデルは何かを決意したように立ち上がる。

「これから定期的にお前たちの様子を見に来る。もちろん連絡なしにだ。少しでも黒いのに不信な動きがあればすぐにリュカを国に連れ返す。いいな。」 

「えぇ、また来るの。」

「仕方ないだろう。お前が余計なことをするからだ。あと、アレシアも心配しているしな。最近手紙を送ることをサボっているだろう。」

 アレシアとはリュカの母のことだ。リュカは最初は頻繁に手紙を送っていたが、私生活が忙しく最近は頻度が少なくなっているのを思い出す。

「いいか。リュカをどう想うが勝手だが血だけは吸うなよ。」

 ガデルがアイザックに最後の忠告をすると、アイザックは慌てたように立ち上がる。しかしそれを無視してガデルは煙のように消えてしまった。

 はーっとアイザックが溜め息を吐いて手で顔を覆い倒れ込むようにソファに座る様子を見て、リュカはモジモジとしながらアイザックの方を向いて座り直す。

「あの、僕の血って美味しいんですか?」

「ノーコメントで…。」

 アイザックはリュカの問いにまたもや溜め息を深く吐いて答えた。

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 ユリウスは執務室で机に向かい仕事をしていた。しかし禍々しい気配を感じ取り顔をあげる。すると部屋の隅に黒髪の悪魔が腕組みをして立ちこちらを眺めていた。

「黒いのの次は白いのか。」

 悪魔はやれやれといった風にぼやく。

「失礼ですが、何かご用で?」

「あぁすまない。リュカの契約している悪魔ガデルだ。お前…ユリウスといったな。行き場のなくなったうちのを引き取ってくれた礼をしに来たんだ。」

「あぁリュカくんの!お礼だなんてそんな。今メイドを呼んでお茶の準備をさせますから客室に参りましょう。」

「茶は良い。もう一人の吸血鬼にも用があってそこでたらふく飲んだ。…あの子はうまくやっているか。」

「それはもう。お店も繁盛しているようで大変助かっています。」

「そうか。それなら良い。…それにしてもお前」

 ガデルは何か気がついたように部屋の中を見渡す。

「どうかされましたか?」

 ガデルの様子に気がついたユリウスは一緒になって部屋を見渡すが当然この部屋はガデルとユリウスしかおらず、特に変わった様子はない。

「お前。悪魔と契約しているだろう。同胞の匂いがこの部屋はプンプンする」

 ガデルはニヤリと笑みを浮かべユリウスに近づき問いただす。

「一体なんのことでしょう。吸血鬼は悪魔と契約しないはずです。」

「しかしなぁ。匂うんだ。特にあの辺りにっ。」

 ガデルが部屋の一点に指を指した途端、ピンク色の煙と共に露出の高いワンピースを身に纏った少女が現れた。

「ちょっと!無理やりやめてよ!ユーリちゃんも隠すの下手過ぎ!」

「お前が隠れるのが下手なだけだぞゾヤ。」

「なんで私のこと知ってるのよ!」

「吸血鬼ほど魔力の強い魔族を作った悪魔ゾヤ。有名だ。」

 ゾヤは悔しいといった風にくるりとユリウスの後ろへ飛んでいき、自分の髪の毛先をいじる。

「さて、もう一度問うがお前たちは契約関係だな。」

「私とユーリちゃんは契約関係じゃなくてただのお友達よ。私が契約しているのは真祖様だけ。」

 ユリウスは二人の悪魔のやり取りをじっと静観している。

「契約関係じゃなかったらどうしてお前たちは一緒にいる?吸血鬼を生み出して尚も共にいる理由はなんだ。さらなる力を与えて何か企んでいるんじゃないのか。」

「別に深い意味なんてないわよ。ただユーリちゃんのお仕事にアドバイスしてあげているだけ。力も与えていないし契約もしていない。真祖様の子孫だから可愛がってるだけよ。」

 ガデルの探りが面倒くさいのかゾヤは語彙を強めて反抗する。そしてそれでも気がすまないのかガデルを煽る発言をし始めた。

「あぁ、あなた誰かと思えば、古参の悪魔ガデルさんね。魔女狩りがあってからすっかり力を与えるのに怯えちゃってる可哀想な悪魔。」

「うるさい!アタシはお前みたいに実験の真似事で人間に強い魔力を与えて魔族を作って回るほど愚かではないだけだ。」

 ゾヤの煽りが効いたようでガデルは怒りを露わにする。

「ユリウス。これ以上強い力を求めても身を滅ぼす以外他ない。早くそいつと縁を切れ。」 

「だから力なんて与えてないし!思い込みが激しすぎるわ!」

 ガデルはユリウスに対して真剣に忠告するがゾヤがユリウスの代わりに言い返す。ガデルはゾヤのその態度に埓が開かないといった様子でソファに座り溜め息を吐く。

「黒い吸血鬼やリュカはこのことを知っているのか。」

「いえ、ゾヤは私の前だけに現れます。」

「その方が良い。吸血鬼と悪魔が関わっていて良いことなんかない。ただでさえ吸血鬼は欲深い生き物だからな。お前は理性を保っているようだが…。目的が見えない以上お前たちもマーク対象だな。」

「魔女専門の悪魔が私たちを監視しようなんてやめてくれません?」

 ゾヤはすっかり気分を害したようで神経を逆撫でる発言ばかりだ。ガデルはそれに対しまた声を荒げそうになったがなんとか耐えた。

「最後に問うが、お前がリュカをここに連れてきたのはなんのためだ。悪魔に唆されて私欲のために呼んだのではなかろうな。」

「いえ、国のためです。私欲ではありません。」

 真っ直ぐな目をしてユリウスは答えるが、ゾヤはそれを見て笑いそうになるのを堪えられない様子でプルプル震えている。ガデルもその様子に気が付いているがもう無視を貫いている。

「まぁ良い。あの子は私の大切な子だ。お前のために犠牲になるようなことがあればお前を殺す。」

「えぇ。決してそのようなことがないと誓います。」

 ガデルは疲れたようにソファから立ち上がると、灰色の煙に包まれパッとその場から消えた。

「悪いことをしたやつを処罰するのは警察の仕事だっつーの。」

 ゾヤはガデルが消えた方角に舌を出す。

「はぁ。悪魔というのはどこまで見透かしているかわからなくて緊張する。」

 ユリウスは先程までガデルが座っていたソファに座り込む。

「大丈夫よ。あいつは何もわかっていない。それにあなたは私を正しく使っているから身を滅ぼすことなんてないわ。私があなたを守ってあげるから。」

 ゾヤはユリウスに覆い被さるように背後から優しく抱きしめた。しかし緑色の瞳は怪しく光っていた。 

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