(25)愛という名の情報兵器
―GCS・アイギス・ドックの解析ラボ
アリスとエヴァンジェリンは、ゲートキーパーの迎撃までの限られた時間の中で、ユキの遺した「英知」と、エヴァンジェリンが持ち帰った「バベルの遺産」の情報を照合していた。
ラボの雰囲気は、ブリーフィングルームでの緊迫感とは異なり、静かで、張り詰めた知的な熱気に満ちていた。アリスはパールヴァティのシナジー・システムに意識を接続し、エヴァンジェリンは隣でゲートキーパーの論理構造を解析する。
「アリス少尉。あなたの意識を、ユキ・セラ大尉の『死の美学』の論理回路に同期させてください。ゲートキーパーは、感情を排除した『完全な論理』で動いています。彼らを破るには、彼らが最も理解できない『ノイズ』が必要です。」
エヴァンジェリンは、モニターにユキの最終演算データを投影した。それは、あまりに完成度が高く、同時に恐ろしく狂気に満ちた、『無への帰結』を目的とする殲滅理論だった。
アリスは深く息を吸い込んだ。再びあの「死の美学」の奔流に意識を晒すことは、激しい恐怖を伴う。
「分かりました。私の『生きたいという感情』を、ノイズとして提供します。」
アリスがシステムを接続すると、彼女の脳裏に、再びユキの「狂気のノイズ」が流れ込んできた。
《殲滅。自己消滅。全生命活動の効率的な停止。それが、宇宙の真の調和。美学…》
アリスは、自身の意識の核を、エヴァンジェリンが抽出した「青い星のノイズ(愛)」で固く守った。
「違う!調和は、生きてこそ生まれる!ユキ大尉は、最後に『青い星』を見ていた!彼女は、生への愛を、あなたたちに託したんだ!」
アリスの「生きたいという情熱」が、システムの「死の論理」と激しく衝突する。
エヴァンジェリンは、その衝突から生じる「非論理的な波形」、すなわち「感情ノイズ」を、冷静にデータとして抽出した。
「素晴らしい。『死の論理』と『生への希求』の衝突から、『純粋な非論理データ』が発生しています。これは、ゲートキーパーのAIが最も予測不能な、究極の『ノイズ兵器』となる可能性があります。」
「それが、『愛』という名の兵器…」
アリスは苦痛の中で、そう呟いた。
「そうです。ゲートキーパーの論理構造を解析した結果、彼らは『バベルの知識(ナノテクノロジー)』を利用した、いかなる『論理的な攻撃』も回避し、無力化できます。しかし、彼らは『愛』という、人類固有の『感情ノイズ』を、『無意味なエラーデータ』として処理しようとする。」
エヴァンジェリンは、その処理過程の『遅延』を指摘した。
「この『遅延』こそが、私たちの唯一の勝機です。アリス少尉。ゲートキーパーとの戦闘時、あなたの『愛』を最大の強度でシステムに放出してください。パールヴァティの『再生回路』が、あなたの感情をナノマシン粒子に乗せ、『愛という名の情報弾』としてゲートキーパーに撃ち込むのです。」
アリスは、苦痛から解放され、システムから離脱した。激しい頭痛に襲われながらも、彼女はエヴァンジェリンを見つめた。
「私の感情が、武器になる…」
「論理的には、その通りです。そして、私からは、もう一つの情報を提供します。ゲートキーパーを完全に停止させる、『バベルの遺産』の真の鍵です」
エヴァンジェリンは、ゲートキーパーの設計図から、微細な『破壊コード』を抽出した。
「ゲートキーパーは、自己の完全性を保つため、『バベルの遺産』の中心部に、彼らが最も『非効率的』と断じた『再生と不完全のアルゴリズム』を、『緊急停止コード』として残しています。」
それは、ユキの「死の美学」を否定する、「生への微かなバグ」と完全に同調していた。
「ゲートキーパーは、自己の完全性(論理)を『再生(不完全な生)』に委ねる、という矛盾を内包している。これが、彼らを停止させる唯一の鍵です。アリス少尉。あなたが『愛という名の情報弾』で、ゲートキーパーの防御論理に『遅延』を生じさせている間に、この『再生と不完全のアルゴリズム』を、ユキの殲滅理論の『剣先』に乗せて、ゲートキーパーの中心に撃ち込むのです。」
アリスは、静かに頷いた。彼女の役割は、単なるパイロットではない。「愛」というノイズで敵の論理を破り、「生」というコードで敵を停止させる、「情報戦の鍵」そのものだった。
「分かりました。私の『感情』で、ゲートキーパーを迷わせる。ユキ大尉の『剣術』で、ゲートキーパーを停止させる。そして、生きて帰る。それが、私とパールヴァティの使命です。」
その時、ラボに緊急警報が鳴り響いた。
『警告!ゲートキーパー、地球圏へ再接近!全艦隊、迎撃ポジションへ移行!』
ゲートキーパーの冷徹な論理は、予測された通りだった。彼らは、一度の失敗で諦めるほど、甘い存在ではない。
アラン大将の通信が、ラボに響く。
『アリス少尉、エヴァンジェリン博士。作戦開始だ。人類の未来は、君たちの『感情』と『知識』に託す。そして、アリス。今度こそ、生きて帰れ。』
アリスは、立ち上がり、決意の表情を浮かべた。彼女は、もはや恐怖に怯える少女ではない。「愛と生」を剣とする、新たな騎士でだった。
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