(24) 論理と感情の対話

 ―GCS・アイギス・ドック


 アリス・リンドが駆る「シルフィード:パールヴァティ」は、無事に帰還した。格納庫で、機体の金色のリペア回路は激しく明滅し、自己修復を続けている。彼女の「生還」は、GCSの将兵たちにとって、ユキとシズクの特攻以来、初めて見る「希望の勝利」だった。


 しかし、アリスの身体は極度の疲労にさらされていた。ゲートキーパーの攻撃を受け止めた時の負荷は想像を絶する。彼女は医務室で休む間もなく、アラン大将の命により、緊急のブリーフィングルームへと向かわされた。


 そこで彼女を待っていたのは、知的な雰囲気をまとい、冷静な瞳を持つ女性、エヴァンジェリン・カークだった。


「初めまして、アリス・リンド管制官。独立系宇宙考古学者、エヴァンジェリン・カークです。あなたが生還できたのは、私とあなたの『生への意志』が、情報を共有したからです。」


 エヴァンジェリンは、感情を排した、落ち着いた口調で挨拶した。彼女の論理的な態度は、アリスの熱い心とは対照的だ。


「あなたが、ユキ大尉の『青い星のノイズ』を見つけてくれた…」


 アリスは、感謝の念を込めて言った。


「見つけたのは、私ではありません。あれは、ユキ・セラ大尉が『死の美学』を完成させた瞬間に、自ら意識をナノマシン粒子に焼き付け、地球へ転送した情報兵器です。私はそれを『愛』とは呼びません。『究極の自己犠牲戦略』と呼びます。」


 エヴァンジェリンの言葉は、アリスの心に冷水を浴びせるようだった。


「戦略…?」


「はい。彼女の『美学』は、究極まで研ぎ澄まされた『殲滅論理』でした。しかし、その論理の最後に、『生』というデータを記録しなければ、人類は彼女の『英知』を再現できない。だから、彼女は『愛する者への微かな希望』を記録することで、私たちに『生還のヒント』を遺した。非常に合理的で、冷徹な情報転送です。」


 アリスは、戸惑いを隠せない。ユキの行為を「愛」と信じたからこそ、彼女はゲートキーパーの攻撃を耐え抜けたのだ。


「でも、あのノイズは、私に『生きて帰れ』と…」


「それは、あなたがそう『共感』したからです。あなたの感情が、そのデータに『愛』という意味を付与した。だからこそ、あなたは『パールヴァティ』のAIに『生還アルゴリズム』を書き加えられた。ユキの英知は、あなたの『感情』という名の制御装置があって初めて機能したのです。」


 エヴァンジェリンの言葉は、論理的で完璧だった。しかし、アリスは、その冷たさに反発を覚えた。


「あなたの言う通り、これは戦略なのかもしれません。でも、その戦略の源には、確かにユキ大尉の『愛』があった。そうでなければ、私は恐怖に負けていた!感情を排除した論理だけでは、ゲートキーパーには勝てない!」


 エヴァンジェリンは、その熱い感情に、一切表情を変えなかった。


「感情は、最大のノイズであり、時に最大の推進力にもなります。しかし、ゲートキーパーは感情を持たない。彼らは、『バベルの遺産』を守る管理AIです。」


 エヴァンジェリンは、ブリーフィングルームのメインモニターに、ゲートキーパーの解析データを投影した。


「ゲートキーパーは、古代ナノテクノロジー文明『バベル』が、宇宙に遺した『知識の守護者』です。彼らの目的は、人類が、ユキやシズクの『英知』、すなわち『意識を情報化するナノテクノロジー』を『感情=ノイズのまま』使用し、宇宙に混乱をもたらすのを防ぐこと。」


「つまり、彼らにとって、ユキとシズクの特攻は、人類が危険な英知を使ってしまった『警告』だった…」


 アリスは理解した。


「その通り。そして、ゲートキーパーは今、地球圏に侵入し、我々が『英知』をさらに解析・利用できないよう、GCSの中枢、つまり『知識の源』を破壊しようとしています。」


 アラン大将が、重々しい声でブリーフィングルームに入ってきた。


「エヴァンジェリン博士の分析に基づき、作戦を決定する。ゲートキーパーは、GCSの破壊を第一目標としている。全艦隊は、その進路を可能な限りらす。そして、アリス・リンド少尉(この作戦のためにアリスは特例で昇進していた)、君には、エヴァンジェリン博士と共に、『パールヴァティ』のシナジー・システムをさらに進化させてもらう。」


 大将は、エヴァンジェリンを振り返った。


「博士には、ゲートキーパーの冷徹な論理を破るため、『バベルの遺産』の『真の鍵』を見つけてもらいたい。アリスの『感情』と、博士の『知識』。この二つが、ゲートキーパーの『無感情の論理』を打ち破る、唯一の手段だ。」


 エヴァンジェリンは、アリスを見た。アリスの瞳は、依然として熱い決意に満ちていた。


「アリス少尉。あなたの『感情』は、最高の『ノイズ』です。そのノイズを、データとして私に提供していただきたい。私たちは、『愛』という名の、最も非論理的で、最も強力な『情報兵器』を完成させなければならない。」


 アリスは、静かに頷いた。


「分かりました、エヴァンジェリン博士。私は、ユキ大尉の『愛』が、単なる感情ではなく、『生きて帰るための、究極の戦略』だったことを、私の生還で証明します。」


 二人のヒロインは、ここに、正式な協力関係を結んだ。一方は「感情(愛)」を信じ、もう一方は「論理(知識)」を信じる。その対話こそが、ゲートキーパーとの戦いにおける、新たな「騎士の剣術」となるのだ。

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