第27話 狂気の衝突と、絆される心(ライナス ルート)
ロゼリアのライナス選択は、瞬く間に裏路地を戦場に変えた。
エドガーは王族としての地位も理屈も捨て、純粋な嫉妬と支配欲を乗せた拳でライナスに襲いかかる。彼の攻撃は粗暴だが、王族教育で培われた武力は凄まじく、ライナスの剣を押し返した。
「ロゼリアは私の所有物だ!貴様のような裏切り者に、私の獲物を守る資格はない!」
ユリウスは、エドガーの乱戦を無視し、天井を崩壊させる規模の詠唱を開始する。彼の狙いはロゼリアの命ではなく、隠れ家全体の破壊による情報の消滅と、ロゼリアの魔力の再捕獲だった。
「無意味だ!貴女の命は、私の研究にこそ存在する。この非論理的な選択を、破壊によって訂正する!」
そして、最も危険なのはノアだった。彼はライナスの剣を避け、シリルへ向かう裏社会の人間を容赦なくナイフで切り裂きながら、ただ一人、ロゼリアを狙う男たちと戦っていた。
「ロゼリア様……貴女の平穏は、私だけが守れるのに……!」
ノアの瞳には、狂信的な愛が裏返った、深い絶望が宿っていた。彼はシリルを倒し、ロゼリアの運命を再び自分の手に取り戻すという、最も危険な暴走へと駆り立てられていた。
ライナスは剣を振るうごとに血飛沫を上げ、ロゼリアの命の盾を全うした。
彼はまず、最も広範囲な脅威であるユリウスの詠唱を阻止すべく、剣を投げて魔導具を破壊した。ユリウスは激昂し、破壊された魔導具の破片を操ってライナスを攻撃する。
次に、ライナスはエドガーの猛攻を捌き、彼の足を剣の柄で打ち付け、一時的に戦闘不能に陥れた。
「エドガー殿下。貴方の支配欲は、ロゼリア様の命を脅かす。私は、貴女の選択を命を賭して守る!」
しかし、彼の視界から一瞬、ノアが消えた。ノアはライナスの背後に回り込み、ロゼリアに向かって、純粋な憎悪を込めたナイフを振り下ろした。
「ロゼリア様!私は貴女の平穏を乱す者を、誰であろうと許さない!」
ノアがナイフを振るったのは、ライナスではなく、ライナスを盾にしているロゼリア自身だった。それは「貴女の命を守る唯一の存在は私だ」という、ノアの究極の自己証明だった。
ライナスは間一髪でナイフを受け止めたが、その衝撃で腕が深く裂け、鮮血が床に滴り落ちた。
ドクン
ロゼリアは、ライナスの献身的な姿ではなく、全てを捨てて狂気に陥ったノアの悲痛な瞳に心を強く揺さぶられた。
(ノア……貴方は、私の平穏のために、本当に全てを捨てた。なのに、私は貴方を利用したのよ……)
ノアの絶望は、ロゼリアの心に罪悪感という形で刻み込まれた。ライナスの献身が「生存戦略」を支えたのに対し、ノアの絶望はロゼリアの「心」に、決定的な「絆され」を生み出した。
ロゼリアは無意識のうちに、ユリウスが破壊された魔導具から漏れ出た魔力の残渣を全身に吸い上げていた。
「もう……誰も……」
ロゼリアは、アメジスト色の瞳から光を放ち、自らの魔力を四人の独占者に向けて放出した。それは破壊ではなく、強制的な鎮静の力だった。
エドガーの暴走が止まり、彼は苦悶の表情を浮かべて床に倒れ込んだ。
ユリウスの詠唱が中断され、彼は魔力的な反動で気を失った。
ノアは、ロゼリアの魔力に触れ、ナイフを落とした。彼の瞳から狂気が消え、代わりに深い悲しみが溢れ出した。
シリルは、この光景を見て、初めてその冷徹な笑みを消した。ロゼリアの無意識の魔力が、五人の独占者全てを同時に制圧したのだ。
「……ありえない。貴女は、自らの力で、私の契約を、そして彼らの狂気を破った、と?」
ライナスは腕を押さえながらも、ロゼリアを背後に庇い続けた。彼は、ロゼリアが自分の魔力で彼らを鎮静させたことに、歓喜ではなく恐怖を感じていた。彼女の力は、もはや誰も制御できないレベルに達している。
ロゼリアは、鎮静したノアを見つめ、静かにライナスの手に触れた。
(平穏……安寧……それはノア様が与えてくれる。だが、この血まみれの混沌の中で、彼ら全員から私を物理的に守り抜けるのは、この血まみれの忠誠だけ……)
ロゼリアは、ライナスの献身を、命への絶対的な保障として受け入れることを決意した。
「シリル様。契約を破棄した対価は、私が払います。ですが、私とライナス様の命の安全、そして他の三人の処遇を交換条件とします」
シリルは口元に再び笑みを浮かべた。
「ほう?契約の対価とは、私の情報独占権の放棄に等しい。貴女の命やライナス・グレイの騎士としての地位では、釣り合わない」
ロゼリアは、アメジスト色の瞳をシリルに向けた。その瞳は、先ほどの魔力放出で、もはや悪役令嬢でも被害者でもなく、世界のルールを変えようとする女王の輝きを放っていた。
「私の対価は、私の未来そのものです。シリル様が求める情報の価値を、私は理解しました。この混沌を収め、貴方が表の社会で最高の地位を得るための情報を提供しましょう」
ロゼリアは深く息を吸い、横たわるライナスの背中にそっと手を回し、自らの「生存」が辿り着いた真の独占者の名を告げた。
「シリル様。私は、公的な保護者として、ライナス・グレイ様を選びます。彼の絶対的な武力と血の誓いだけが、貴方、そして他の独占者たちの狂気から、私の命を守り抜ける。私の魔力とライナス様の忠誠。これが、貴方の求める完璧な情報と、貴女の今後の運命の決定権の対価です」
ノアは驚愕に目を見開いた。ライナスは、その名を呼ばれたことに、苦痛を忘れた狂信的な歓喜に震えた。
シリルはロゼリアの冷徹な決断に、満足そうに頷いた。「面白い。貴女は、最も強大な盾を選び、最も安寧な未来を捨てた。だが、その狂信的な安全志向こそが、私の求める最高の情報だ」
ロゼリアの本当の選択は、罪悪感を超え、命への渇望に突き動かされた、ライナスへの「絆され」という形で、ついに結実したのだった。
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