第26話 終結 — 平穏という名の檻(ノアエンディング)

 ロゼリアのノアの選択と、五人の独占者の運命を情報として差し出すという取引は、シリルにとって最高の対価となった。


 シリルは、ロゼリアの要求通り、ライナスの命と名誉、そして他の三人の独占者の処遇を呑んだ。


「ロゼリア嬢。貴女が選んだ『平穏』の対価は高くつくぞ。この瞬間から、貴女の人生はノア・ディンという、最も純粋な独占者によって完璧に管理される」


 シリルは裏社会のネットワークと、ロゼリアから提供された情報(王室と貴族の汚点)を巧みに利用し、この事件の全ての痕跡を消し去った。



 エドガー王太子は、裏路地での暴力と婚約者への横暴が「偶然」明るみに出たことで、王位継承権の剥奪と辺境への追放という形で失脚した。彼は王権という檻を失い、純粋な嫉妬とロゼリアへの支配欲だけを燃料に、一生を辺境の寒村で過ごすことになった。


 ユリウス・エルド侯爵令息は、魔導具の盗難と、今回の失踪事件の「科学的責任」を全て負わされ、侯爵家から追放された。彼はロゼリアの規格外の魔力**という研究テーマを永遠に追いかけるという、終わらない罰を与えられた。


 ライナス・グレイ騎士は、王命ではなくロゼリアの命を選んだ忠誠心と、裏路地での暴力沙汰を理由に騎士の称号を剥奪され、国外追放となった。しかし、ロゼリアとの取引により命は救われた。彼は、二度とロゼリアに会えないという罰を受けながら、今も「ロゼリア様の平穏を守る」という孤独な誓いを胸に、世界をさまよい続けている。



 ロゼリアとノアは、シリルが用意した資金と身分を使い、全てを捨てた者だけが辿り着ける静かな田舎町で暮らし始めた。


 ロゼリアは望んだ平穏を手に入れた。周囲には誰も彼女を知る者はなく、彼女の能力を求める者もいない。


 ノアは、ロゼリアの全てとなった。彼は毎朝、ロゼリアのために完璧な朝食を用意し、部屋の温度を最適に保ち、彼女が一瞬でも不安を感じる要素を、全て排除した。


「ロゼリア様。外は少し風が強いです。今日は庭の温室で過ごしましょう。貴女が他者に会う必要は、永遠にありません」


 ノアの愛は、武力でも知識でもない、献身という名の絶対的な支配だった。彼はロゼリアの衣食住、そして一日の行動を完璧に管理することで、「もう誰も、貴女の平穏を乱させない」という狂信的な誓いを実行していた。



 窓辺に咲く、ノアが手入れしたアメジスト色の薔薇に手を伸ばすロゼリアの指先に、ノアがそっと触れる。


「ロゼリア様。どうか、私以外の他者を、それほど見つめないでください。貴女の平穏は、この家の中に、そして私だけの中にあります」


 ロゼリアは、その美しい瞳に映る狂信的な愛を、静かに受け入れた。


(私は、殺されない平穏を手に入れた。けれど、それは、ノアの檻の中でしか存在しない。私は、私の罪によって、この最も安寧な独占に永遠に絆されたのね……)


 彼女の唇に、ノアの優しくも独占的なキスが落ちる。


「愛しています、ロゼリア様。どうか、永遠に私だけを見つめて……」


 平穏という名の檻は、ここに結末を迎えた。

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