第23話 帰還の実行と、五人の最後の協力

 ロゼリアがシリルとの「運命の取引」を承諾した翌朝。ユリウスの魔導陣に、異界の壁を貫通して二つの物体が投下された。シリルが送り届けた、帰還に必要な鍵だった。


 一つは、過去の実験を記した古びた魔導書。もう一つは、希少な純粋魔石で作られた魔導具。どちらもユリウスが解析した数式を完成させるための、決定的なピースだった。



 しかし、魔導書と魔導具を手に入れた瞬間、男たちの間で激しい緊張が走った。誰もが、これを奪い合えば、ロゼリアの帰還の望みが潰えることを理解していた。


 ロゼリアは立ち上がり、冷たい視線で四人を見据えた。


「貴方たち、よく聞きなさい」


 ロゼリアは、前世で断罪を避けようと演じていた冷徹な悪役令嬢の仮面を、今、生き残るための生存戦略家として被り直した。


「私がシリル様に運命を委ねたのは、貴方たちの誰の支配も受けたくなかったからです。ですが、この状況で殺されないためには、貴方たちの力が必要だ。これが、最後で唯一の協力の機会です」


 ロゼリアは、ユリウスに指示を出した。


「ユリウス様。貴方は、この魔導書と魔導具を使い、転移の数式を完成させなさい。それが貴方の知識による独占です」


 次に、エドガーとライナスを見た。


「ライナス様は、私が魔力を集中している間、最も危険な魔獣から私を守る盾になりなさい。エドガー殿下。貴方は、ユリウス様とノア様の後方警護を命じます。王族のプライドにかけて、この協力体制を維持しなさい」


 そしてノアに優しく微笑んだ。


「ノア。貴方は、私の傍にいて。貴方の献身が、私が魔力集中に耐えるための唯一の安寧です」


 ロゼリアは、誰にも「私を愛している」とは言わなかった。ただ、「私を独占する」という彼らの狂信的な目標のために、役割を与えただけだった。



 ロゼリアの冷徹な指示は、彼らの独占欲という名の手綱となった。


 ユリウスは、ロゼリアの魔力データと魔導書を前に、狂喜した。彼女の命令に従うことが、究極の真理に到達する道だと信じた。


 ライナスは、ロゼリアの命の盾という最も重要な役割を与えられたことに歓喜し、エドガーの動きすら警戒する絶対的な献身を貫いた。


 エドガーは、武力が王族の責務として認められたことで、「ロゼリアの安全は私に依存している」と勘違いし、憎しみながらも命令に従った。


 ノアは、ロゼリアから「唯一の安寧」として最も近くにいることを許されたことに満足し、彼女の体調管理にすべてを捧げた。



 ユリウスが数式を完成させ、ロゼリアが全魔力を解放する。その魔力は、四人の独占者たちの執着という名のエネルギーを吸い上げ、異界の空間を裂いた。


「……さあ、元の世界へ」


 強烈な光と共に、五人は元の世界へと転移した。しかし、彼らが着地したのは、王都の裏路地。シリル・ジェットブラックの情報ネットワークの中心地だった。


「ようこそ、ロゼリア嬢。そして、私の最高の情報源たち」


 シリルは、彼らを裏社会へと引きずり込んだのだ。ロゼリアは、四人の男たちの激しい視線を受けながら、シリルの独占という名の最終戦場へと足を踏み入れたのだった。

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