第11話 禁断の特別講義と、魔力の暴走

 王立学園の魔法院で、上級クラスを対象とした特別魔力制御講義が開かれた。


 ロゼリアにとって、この講義は地獄だった。エドガーの命令により、護衛騎士ライナスが常に彼女の背後に控え、一挙手一投足を監視している。そして、講師として壇上に立つのは、ロゼリアの才能に執着するユリウス・クリスその人だった。


「本日の課題は、『極度の精神的負荷における魔力の精密制御』です。平常時の制御は凡庸で誰でも可能。真の天才は、心身が崩壊しかけた時にこそ、その才能の真価を発揮する」


 ユリウスは、ロゼリアだけを見つめながら、冷淡な笑みを浮かべた。彼の言葉は、ロゼリアへの宣戦布告だった。


 ロゼリアは、ライナスの重い視線と、ユリウスの探究心に満ちた瞳に晒され、既に精神的な負荷は限界に達していた。


『集中するのよ、ロゼリア。凡庸に、七割で。ただ、無難に、無難に…』


 課題が始まり、ロゼリアは完璧な制御を見せていた。しかし、その時、ロゼリアの頭の中に、エドガーの「貴女のその完璧な世界を、私自身が破壊することになる」というヤンデレな宣告が蘇った。


(殿下の支配、シリルとの危険な取引、ユリウスの誘惑……平穏を望んだはずなのに、どうしてこんなにも全てが裏目に出るの…!)


 極度の疲労と、「二度とあの運命を繰り返したくない」という強い恐怖が、ロゼリアの最後の防御壁を打ち破った。


 ドクン、と心臓が鳴った瞬間、ロゼリアの体内に蓄積されていた『死に戻りを経て増幅された、規格外の魔力』が、一気に暴走を始めた。



 ロゼリアのプラチナブロンドの髪の毛先が、アメジスト色の光を帯びて揺らめいた。


 周囲の生徒たちが制御していた魔力が、ロゼリアの放出する圧倒的な奔流に引きずられ、不安定になっていく。魔力制御室の空気が、張り詰めた鉛の重さに変わった。


「ロゼリア嬢! 制御を!」ライナスの冷静な声が、初めて焦燥に染まった。


 ロゼリアは全身の震えを止められず、必死に魔力を抑え込もうとする。しかし、彼女の意思とは無関係に、増幅された魔力は膨張を続ける。


『嘘よ。七割どころか、百パーセントを越えている!前世にはなかった力…!』


 ロゼリアの目の前で、講義用の魔力制御結晶がバチバチと音を立てて砕け散った。


 その光景を見たユリウスの顔に、狂喜が広がった。


「素晴らしい!これこそが、私が求めていた真実だ! 貴女の魔力は、この世界の常識を逸脱している!」


 ユリウスは即座に術式を組み、ロゼリアの暴走する魔力場に飛び込んだ。


「動くな、ロゼリア嬢。貴女の魔力は、私にしか扱えない。私に、貴女の制御権を渡せ!」


 ユリウスはロゼリアの手に触れ、知識と探究心に満ちた独自の魔力で、暴走を鎮圧し始めた。ロゼリアは、ユリウスの魔力が自身の魔力の最も深い核心に触れてくるのを感じ、言い知れぬ屈辱と恐怖に襲われた。


 暴走は沈静化したが、ユリウスはロゼリアに囁きかけた。


「貴女はもう、独りでは生きられない。貴女の才能は、王太子殿下の支配ではなく、私の知識によってのみ制御される。さあ、私と共に、この世界の謎を解き明かし、真の平穏を手に入れようではないか」


 ユリウスは、ロゼリアの『制御不能な才能』という弱点を握り、彼女への知的な支配を開始した。



 ロゼリアの暴走を間近で見たライナスは、硬い表情でロゼリアの前に立ちはだかった。


「ロゼリア様。殿下の婚約者として、このような危険な行為は許されません」


 彼の瞳には、ロゼリアへの非難ではなく、「私が彼女を守らなければ、誰が守る」という強い使命感が宿っていた。ライナスは、ユリウスの行為をロゼリアを意図的に危険に晒す陰謀だと誤解した。


(ユリウス殿下は、ロゼリア様を誘惑し、王室から引き剥がそうとしている。私は、王太子の命を懸けて、彼女を殿下の独占の檻に閉じ込めなければならない!)


 その特別講義が終わる頃、学園の影には、講義室の窓から全てを観察していた男がいた。情報屋シリルだ。


「フム……。自作自演の醜聞に、制御不能の魔力。彼女の秘密は、私が想像していたよりも遥かに深いようだ」


 シリルは口元に不敵な笑みを浮かべた。彼は、ロゼリアの秘密を暴けば、王太子エドガーや侯爵家から想像を絶する報酬を得られることを知っていた。


「ロゼリア嬢。貴女の真の秘密を暴くことが、私にとって最大の利益だ。貴女を餌に、他の男たちを踊らせるのも悪くない」


 シリルは、ロゼリアの制御不能な才能と他の男たちの執着という、新たな情報を得て、ロゼリアの周囲で最も危険な情報戦を開始したのだった。

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