第9話 草原に陽が昇る ― 若き誓い ―

朝日が昇る。

 長い雨季がようやく終わり、湿った大地から蒸気が立ち上る。

 金色の光がサバンナを染め、草の間を無数の虫が飛び交っていた。


 俺たちの群れは、高台の草原に移動していた。

 濁流を渡ったあと、父は深手を負ったままもしっかりと歩き続けた。

 その姿はまさに“生きる伝説”だった。


 「グルル……(傷の具合はどうだ?)」

 俺が尋ねると、父は肩を揺らした。

 「グル(もう痛みはない。だが……動きは鈍った)」

 「ガウ(無理するなよ)」

 「グルル(王は倒れぬ。倒れたとき、群れも倒れる)」


 その言葉に、俺は思わず唸りを漏らした。

 “王”というのは、強さそのものじゃない。

 それを支える覚悟だ。

 父を見ていると、それが痛いほど分かる。



 陽が高くなったころ、リアがやってきた。

 「グルル(レオン、狩りの下見に行こう)」

 「ガウ(俺が? 父さんじゃなく?)」

 「グル(父さんはまだ休むべきだって、母さんたちが言ってる)」


 そう言ってリアは尾を軽く揺らした。

 その瞳は、いつもより真剣だった。


 俺はうなずき、立ち上がった。

 ――初めての“主導の狩り”。

 胸の奥が熱くなる。



 日差しが強く、地面が乾き始めている。

 遠くには、インパラの群れがいた。

 風下からゆっくりと近づく。

 リアが俺の後ろに続き、さらに若いメス二頭が並ぶ。


 (焦るな……風を読め)

 草の匂い、地面の震え、群れの間隔。

 すべてを感じ取るように、息を潜めて進む。


 インパラの耳がわずかに動いた。

 「ガウ(今だ!)」

 俺は地を蹴った。


 群れが一斉に走り出す。

 獲物が散り、跳ねる。

 俺は風を裂いて走った。

 足が地面を叩き、視界が赤く染まる。


 「グルルルアッ!」

 飛びかかり、インパラの喉に牙を立てた。

 温かい血が口の中に広がる。

 暴れる体を押さえつけ、息が止まるのを感じた。



 「ガウ……(やった……)」

 リアが息を弾ませながら笑う。

 「グル(やるじゃない、レオン)」

 「グルル(まだまだだ。けど……悪くない)」


 狩りの成功。

 それは群れにとって、久しぶりの“希望”だった。

 仔たちの鳴き声が響き、母たちは肉を運ぶ。

 父も岩陰からゆっくりと歩いてきた。


 「グルル(見事だ、レオン)」

 「ガウ(……父さん)」

 「グル(お前が群れを導く姿を見られて、安心した)」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。

 父の瞳に映る自分が、ほんの少しだけ“王”に近づいた気がした。



 夕暮れ。

 空は橙に染まり、草原を風が渡る。

 リアが俺の隣に座った。

 「グル(あの時、川で父さんを助けたとき、怖くなかった?)」

 「ガウ(怖かったさ。でも……怖いより先に体が動いた)」

 「グルル(ふふ、あんたらしい)」


 リアの尾が俺の肩に触れた。

 心地よい沈黙。

 遠くで父が群れを見守っている。

 その姿は大きく、温かく――そして少し、老いて見えた。


 「ガウ(リア)」

 「グル(なに?)」

 「グルル(俺……いつか父さんみたいに、群れを守れる王になる)」

 「グル(知ってる)」


 リアは静かに笑った。

 その笑顔を見て、胸の奥が熱くなった。



 太陽が沈み、星々が顔を出す。

 サバンナに夜が戻る。

 風の中で、父の咆哮が響いた。

 それに続いて、俺も声を上げた。


 「ガアアアアアアッ!!!」


 二つの咆哮が重なり、草原を揺らした。

 ――父と息子。

 王と次代。


 サバンナの空に、確かに“誓い”が刻まれた。

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