第7話 雷鳴の下で ― 父の影 ―
雨は三日三晩降り続け、止む気配を見せなかった。
空は黒く、地平線まで濁った雲が覆う。
その下で、サバンナの動物たちが動き出していた。
⸻
夜。群れは岩陰で身を寄せ合っていた。
仔たちは怯え、メスたちは唸り声を低く響かせる。
父だけが立っていた。
たてがみが雨に濡れ、雷光を受けて銀色に光る。
「グルル(……風が変わった)」
父の声に、俺の背筋が震えた。
その瞬間――風下から低い咆哮が響いた。
「ガウゥゥゥ……!」
草の影から、二つの黒い影が現れた。
2頭のライオンの雄。
若く、体格も大きい。
その瞳は狩人のように冷たい。
「ガル(ここを奪いに来た)」
「グルル(この群れは俺のものだ)」
父の低い声が雷鳴に溶けた。
次の瞬間、空気が爆ぜたような音とともに、三頭が激突した。
⸻
泥が飛び、牙が閃く。
父は一頭の喉に食らいつき、押し倒す。
だがもう一頭が背後から襲いかかる。
「ガウッ!」
俺の叫びが雨にかき消された。
父の背に牙が食い込み、血が弾けた。
「グルルルルァァァッ!!」
父が体をひねり、背中の雄を振り払う。
そのまま爪で横腹を切り裂き、もう一頭を叩き倒す。
だが、深手を負ったのは確かだった。
肩から血が流れ、呼吸が荒い。
⸻
敵の二頭が距離を取る。
稲妻が夜空を裂き、三頭の影が浮かび上がる。
父のたてがみが、雷の光を受けて黄金に輝いた。
「グルル(退け)」
低く、だが確かな王の声だった。
敵の雄たちは唸り返した。
しかし、父の目が光った瞬間、彼らの脚が止まった。
その眼光には――生を賭けた威圧が宿っていた。
「グルァァァァァッ!!!」
咆哮が夜を裂いた。
稲妻が重なり、地面が震えた。
敵の雄たちは一歩、二歩と後ずさり――
ついに踵を返し、闇へと消えた。
⸻
静寂。
雨が、血の匂いを流していく。
「……父さん!」
俺が駆け寄ると、父はふらつきながらも立っていた。しかし肩の傷は深い。息も荒い。
「グルル……(大丈夫だ)」
「ガウ(血が……!)」
「グルル(傷は治る。だが、命を賭ける覚悟を忘れるな)」
父は立ち上がり、雷鳴の中で群れを見渡した。
「グル(俺が生きている限り、この群れは倒れん)」
その声に、メスたちが顔を上げた。
仔たちが震える体を寄せ合いながらも、安心したように鳴いた。
俺は父の隣で空を見上げた。
黒い雲の切れ間に、稲妻が走る。
その光の中で、父の横顔がまるで岩のように強く見えた。
――この背中を、いつか越える。
俺の中で、静かな炎が灯った。
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