第40話 見覚えのある部屋
気配、精霊は普段一度に感じるのは一つ二つで、それもランダムに現れて何れだけの数がいるのか判らない。
それが人の多い食堂の中で、一度に七、八個の気配が現れては、気配を感じづらい食堂の中でも判ってしまうのだろう。
特にエールのジョッキの中の奴には、退いてもらわないとエールが飲めない。
そう思った瞬間、気配が消えたので素速くエールを口に含む。
エールと一緒に気配、精霊を飲み込めばどうなるのかなと、変な考えが頭に浮かび吹き出しそうになってしまった。
まぁそこまでは良かったが、執拗に粘り着く視線に気づいた。
視線の元を辿り顔を向けても俺から視線を外さない。
攻撃する意思はなさそうだが五人とも身形は良いので、全員Cランクのシルバーかな。
* * * * * * *
「未だこの街に居たとはな」
「ソロだと聞いたが良い服を着ているじゃねぇか」
「腰のナイフも、見掛けは普通だが物は良さそうだぞ」
「鳥で稼いでいるって話だが、大物も持ち込んでいるとの噂だからな」
「チビのわりに稼ぎは良いって事か」
「腕も良いって事だな」
「何故あんな奴を、商会の支配人が探しているんだ?」
「気にするな、俺達は楽して金がもらえればそれで良いのさ。見つけたと報告すれば、もう少し金をはずんでくれるだろう。俺達は商会に知らせてくるので、見失うなよ、ヘイル」
「ああ、金貨五枚の獲物だからな。討伐依頼は出ないかな」
「それは知らせた結果次第だな。生け捕りか討伐か・・・」
俺の所を避けて食堂を出て行ったが、二人残っているって事は監視と連絡係ってところかな。
何方にしても厄介事の匂いがプンプンしているので、逃げ出した方が良さそうだ。
エールのジョッキをカウンターに戻し、ギルドを出るとのんびりと西門に向かった。
気配察知に二人が付いてきているのは判っているので、入場門の順番待ちも街道に出てからも振り返らずに歩く。
暫く歩いてから今回は北側の草原に踏み込み、索敵と気配察知を使いながらも慌てず騒がず北の森に向かう。
遅れずに付いてきているようなので森の中へと踏み込んでいく。
* * * * * * *
「何処まで行くつもりなんだ?」
「風魔法使いだ、そう奥へは行かないとおもうぞ。それに奴を見ろよ、噂どおり鳥を探しているようだ」
見え隠れする小僧は鳥の鳴き声を追っているようで、時々耳に手を当てて周囲を探っている。
俺も索敵には自信があるが、あの小僧も相当な索敵能力を持っているようで近づいて気づかれても不味い。
小僧が立ち止まり腕を伸ばした先に鳥が飛んでいたが、突然下に落ちてきている。
そして鳥の落ちたあたりを探しているのか小僧の姿が見えなくなったが、索敵には動いていないので何か有ったのかと心配になる。
暫くすると索敵から小僧が消えてしまい、一瞬躊躇ったが逃がす訳にはいかない。
「索敵から小僧の姿が消えた。行くぞ!」
「何でだよ、見失ったのか?」
「いや、鳥を追っていて一羽落ちたのが見えた。彼奴はそれを拾いに行き姿が見えなくなったんだ」
「お前の索敵から逃れたのか? 付けていることに気付かれた様子はなかったぞ」
「俺もそう思う。あんな小僧に索敵で劣るはずがない」
* * * * * * *
(俺はお地蔵さん、森に佇むお地蔵様でーす♪) 鼻歌交じりに獲物が罠に掛かるのを待つ。
何やらボソボソと喋りながらやって来る二人が、俺がしゃがんだ所にやってきて辺りを見回している。
低木の葉が茂る陰に潜んでいる俺に気づいていないので、俺の木化けスキルはシルバーランクも気がつかないのかとにんまり。
おっ、俺の足跡を辿るつもりか地面を観察して歩き始めたので「俺になにか御用ですか」と声を掛けてやる。
ビクリとして足が止まったが、その時には短槍を構え剣を抜いている。
「あららら、物騒ですねぇ」
「誰だ!」
「何故隠れている」
あれれ、木の葉が邪魔で俺の姿が見えていないのかよ。
木化けスキルで気配を消していたのが馬鹿みたいじゃないか。
立ち上がり姿を見せるとホッとした顔になり、下卑た笑いを浮かべる二人。
「御用の向きを伺いましょうか」
「ふん、お前を探している御方がいるんだよ」
「ウォーレンス様の事かな」
「何故知っている?」
「お前・・・何を知っている」
ほう、二人目の方が頭が良さそうだが〔つむじ風!〕〔つむじ風!〕
〈なっ、何だ?〉連続して二人を回してから一息ついて魔力を抜く。
しゃがみ込んで身体を支えている奴を小さな〔ドーム!〕で包み魔力を込めて当分立ち上がれなくする。
何とか立っている奴は再び〔つむじ風!〕で包み込み少しお散歩だ。
50mくらい離れた所で魔力を抜くと、しゃがんだ身体を揺らしながらゲロを吐いているので、これも小さな〔ドーム!〕で包み込み魔力を込めて逃げられなくしてから放置する。
少し頭が良さそうな奴の所に戻り「ウォーレンス様の使いなら、何を命じられている」と優しく尋ねる。
「お前、こんな事をして犯罪奴隷になりたいのか? 今すぐここから出せ!」
「んー、犯罪奴隷になるのは御免ですね。何を命じられているのかを喋れば生きて帰れますよ。然もなくば・・・」
マジックポーチから短槍を取りだしてにっこり笑うと、俺の意図を察して顔が引き攣っている。
碌に身動き出来ない状態で、武器を手に笑う俺は不気味だろう。
俺は冒険者で獲物を殺すのになれていて、しかもここは人里離れた森の中。
殺されれば後は野獣が片づけて証拠は残らない・・・それが判る頭の良い奴は好きですよ。
「何故、ウォーレンス様だと?」
「コルシェの街で、ウォーレンス様の使いと揉めちゃいましてね。クライスではウォーレンス商会の支店にご招待されましたよ」
「お前は、商会と揉めているのか?」
「で、返事は?」
「喋れば解放してもらえるのか」
「無用な殺しは趣味じゃあませんが、後は運次第ですね」
男が目を回した時に落とした剣を拾い上げ、ドームを挟んだ目の前に突き立ててやる。
生きるも死ぬも腕次第だな。
「一緒に居た、ヘイルはどうした?」
奴の短槍を拾い上げ、遠くに投げ捨ててにっこりと笑ってやる。
クライスの支店で話は終わったと思っていたが、サブマスと公爵家がドジを踏んだかな。
この男もどうせ大した事を知っている訳じゃないと思うが、俺に対する攻撃を黙って容認する気はない。
情報は少しでも多い方が良いし、正確な情報を手に入れるためにも手掛かりは必要だ。
「俺達はザンドラが拠点で、時々ウォーレンス商会から仕事をもらっている。今回の仕事はレオンと言う風魔法使いの居所を探せというものだ。居場所を知らせれば金貨五枚をもらえる」
「それだけ? 居場所を知らせた後があるだろう」
「それは有るだろうな。だが俺はお前の居場所を見失うなと命じられた下っ端だ、それ以上はリーダーのマーカスに聞いてくれ」
これ以上は聞いても無駄そうなので、ドームに魔力を三つ追加してから背を向けた。
「おい、これをどうにかしてくれ! これじゃ約束が違うだろう」
「『喋れば生きて帰れますよ』って言いましたが、今すぐ解放すると、街に戻ってウォーレンス商会にご注進に走るでしょう。明日の夜にはそれが消滅しますので、後は運次第ですね」
魔力を三つ追加したので約36時間後にドームが消滅するが、それまではうつ伏せで亀の子状態だな。
そして今は昼前で、36時間後は明日の深夜となる。
俺としては、あんたの健闘を祈るとことしか出来ないんだよ。
もう一人の男はゲロを吐き終わったのか、しゃがんだ状態で俺を睨んでいたが、俺が向かってくるのが判っていたようだ。
此の男のドームにも魔力を三つ追加してからさようならだ。
「おい、兄さんこれは何だ? ここから出してくれ!」
「明日の夜には消滅しますので、それまでの辛抱ですよ。人の後を付け回した、罰です」
ザンドラのウォーレンス商会が俺の居場所を知ったのなら、俺を招待するか襲ってくるかだ。
執拗に俺を探しているのなら何れ家族のことも知られるだろう。
まともじゃない相手だ、その先は考えなくても判る。
〔君子危うきに近寄らず〕って言葉が頭に浮かんだが〔先手必勝〕ってのもある。
行方不明者が二名いることだし、その言葉に従ってザンドラのウォーレンス商会の支店長から事情を聞くことにした。
* * * * * * *
夕暮れ時に古い冒険者服に着替えてザンドラに戻り、ギルドの食堂に行くとエールのジョッキを抱えて空いている椅子に座る。
「兄さんは一人か?」
「ええ、ザンドラは稼げますか」
「冒険者にそれを聞くなよ。稼げると言った奴は腕が良いが、逆ならお察しレベルだろう」
確かにね、奥の方からきつい視線が突き刺さるので、二人が戻らないので俺の所に来るはずだ。
素知らぬ顔で声を掛けてきた男と話をしていると、嫌な気配が近づいてくる。
「お前は、俺達に付き合ってもらおうか」
「嫌とは言わねぇよな」
「ご主人様のお呼びですか」
「ほう、よく判っているじゃねぇか。なら行こうか」
「良いですよ。案内をお願いしますね」
「舐めた餓鬼だな、後で二人のことも聞かせてもらうからな」
長々と歩かせてくれるが、辻馬車を雇う金もないのかよ。
まぁ俺にとっては好都合だけどな。
* * * * * * *
夜も遅くなり巡回警邏中の警備兵に呼び止められたが、ウォーレンス商会の名前を出すとほぼフリーパスときた。
相当羽振りを利かせているようで、後が怖そう。
俺は彼らに挟まれて頭一つ以上背が低いので顔を見られずに済んだ。
中程度の屋敷が立ち並ぶなか、一回り大きな屋敷の裏に回り裏口の扉を独特な調子でノックしている。
直ぐに問いかけもなく裏口が開くと、何も言わずに押し込まれた。
「そいつは?」
「支店長のグロブナーさんが呼びつけた例の奴だ」
「ついてきな」
簡潔だねぇと感心していると、裏口から建物に入り使用人用の通路を通り・・・また懐かしい部屋を見ることになった。
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