タロット・パラレルワールド~アーサー・エドワード・ウェイトの家族と運命をつむぐ者たち~
やままり
第1話 血塗られたクリスマス
タロット・パラレルワールド~アーサー・エドワード・ウェイトの家族と運命をつむぐ者たち~ これは、タロットカードを作り上げたウェイトと、彼と彼の家族の再生の物語。 アーサー・エドワード・ウェイト/A.E.ウェイト──彼の手が描いたのは、運命ではなく、女性の魂だった。
その朝、ウェイトはマルセイユ・タロットの『神の家』を引いた。この札は決して「悪い兆し」ではなかった。ひとつのターニングポイントであり、飽和と拡散の象徴──だが、なぜこれが「家」なのか。彼にとって不可思議極まりない絵札であった。
「ふむ、今日は少し早く家に帰ってみるか」彼は口ひげにそっと指を触れ、すぐに離した。考え込むと手を当ててしまう癖があるのだが、不衛生なことは好まない。秩序ある平和と自由、それが何よりだろうと彼はカードを揃え、ていねいに引き出しにしまった。
後に彼が設計した《塔》──ウェイト版のそれは、雷に打たれ、暗く、破滅的ないわゆる凶札として世に衝撃を与えることになる。だが、この物語は破壊の記録ではない。彼と彼の家族の再生の物語である。女性たちよ、この世を照らす光となれ──それが言語化された彼の祈りであり、魂の声であった。
あちらこちらから漏れ聴こえるクリスマス・キャロルが、甘い間奏曲となって空気を満たす。祝祭の足音に世界が浮き立つこの時期に、ウェイトは居間で怒りに震えていた。
「糞ったれ!」
マントルピースの上に並べられていたフォトフレームも花瓶も砕け散り、床には陶器とガラスの破片が散乱していた。視界に残っていたティーカップを手の甲で払うと、鋭い音が部屋に響いた。怒りは収まるどころか、次の標的を探し始める。
「もう……ここでやめなくては……」
汚れたカーペット、破れたクッション。どうにか回復できるのか──「俺の知ったことか!」と彼は独りごちた。ふらつきながら玄関へ向かい、マントを手に取った瞬間、数十分前の記憶が鮮やかに蘇る。妻エイダにコートを渡したときの、あのやりとりである。
「お願い、貯金を少し下ろしたいの」
「何に使うんだね?」
「シビルの除霊をしてもらいたいの」
「じょ……除霊だって?」
耳を疑ったウェイトは慌てて手を洗い、ダイニングテーブルに着席した。エイダは立ちすくみ、両手で顔を覆っている。
「エイダ、どうしたんだ。君らしくない、様子が変だぞ」
早めに帰宅できたのだから週末のクリスマスの話でもしようと思っていた。いつものように黒めがちな瞳をくるくるさせながらケーキの話をしてくれると期待していたのに、彼女は涙声で言った。
「ロンドン駅近くのサロンで、ジョン・ディー二世にシビルを霊視してもらったの。とても重度だと言われたわ。でも除霊すれば治るって。だからお願い……」
「君は正気か」
「わたしじゃない。シビルが異常なのよ。まるで、殺された家畜の低級霊が憑いているって……」
「いい加減にしなさい!」
ウェイトが拳でテーブルを叩くと、エイダは肩をすくめた。いつもならこれで彼女は引き下がるのだが、今日は違っていた。
「あなたに私をどなりつける資格がありまして? 口を開けば『仕事だ、原稿だ、締め切りだ』ばかりで家のことは放ったらかし……もう、私はあなたについて行く気はありません」
「一体何なんだ……」
ウェイトは舌打ちし、新聞を広げて早口でまくし立てた。「君やシビルのために仕事をしてきたつもりだが。ついてこないのは結構だが、他に行く当てでもあるのかね」
ふと、詰問するように口をついた。「ジョン・ディー……と言ったか。どうやって知ったんだ」
「……」
「まさか、レッド・ローズの交霊会に足を運んだりしていないだろうね」
うつむくエイダを見て、ウェイトは新聞を放り出し、寝室へ駆け込んだ。ベッドサイドの机やクローゼットをひっかき回す。
「やめて……やめてください!」
エイダが身体を張って止めに来る。だが、ウェイトの指先がたどり着いた小さな包み紙を開くと、白い粉がこぼれた。コカインだった。
To be continued
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