第2話 薬物、不倫、崩壊する家庭

「返して!」

 エイダが白い包みを奪い返そうと手を伸ばした瞬間、ウェイトは彼女の腕をつかみ、力任せに揺さぶった。彼はすでに鬼の形相ぎょうそうで、エイダにかみつかんばかりだ。

「レッド・ローズの交霊会はカモを探すためだけの社交クラブだ。そう、エリオット・スタインレーという若い男がいたはずだ。奴が主導者で、身持ちの良さそうな女性と関係しては不実をネタに金を巻き上げる……まずは薬物からというね」


 よく見ると、普段のエイダではない。乱れた巻き毛、かけ違えてとめられているブラウスのボタン。ウェイトの胸に、エイダが標的されたのかという疑念と絶望が重くのしかかり、彼女に問わずにいられなかった。


「さっきの君が言った、私と別れるという、それはたとえば、エリオットと一緒になるということなのかね?」


「…はい、今決めました」エイダは大きく息を吸い、強い語調で続けた。「エリオットは魅力的な男性だわ、あなたとは違って。私たち…何度も愛し合ったわ。彼とは魂が通じ合う、ツインソウルなのよ。交霊会のアファメーション※も詩的で素敵…あなたの書くものとは違って」※交霊会や儀式で使われる祝詞


 みるみる青ざめていくウェイトにエイダがたたみかけた。


「あなたの作品には魂の響きがない。眠れない夜に飲む睡眠薬みたいに退屈―会ではみんな笑ってたわ」


 その言葉にウェイトの手が出た。エイダは悲鳴を上げ、両者とも取り乱した声を上げる。涙と怒り、鼓動の音に包まれる荒い呼吸、命の危険はもう避けて通れまいとする恐怖と覚悟が二人をもつれ合わせた。


「お父さん、やめて…」娘のシビルが制する声に、ウェイトは一瞬我に返り、乱暴にエイダの髪を振り回すのをやめた。その代わり、リビングの入り口に立ちつくし肩で息をしているシビルに駆け寄り手を伸ばしたが、娘は反射的にその手を払いのけた。


「ひどい…お母さんに暴力なんて!」


「悪いのはお母さんだ」ウェイトは冷静さを取り戻そうとし、娘の目をしっかり見据えて言った。「いやもう母親などではあるまい…いいねシビル、これからは父さんと二人で暮らそう。そうすればお前の具合もきっとよくなる」


「イヤ! 悪いのはお父さんよ! 悪魔!」


 その言葉が胸に刺さった。血の気が引くような冷たい感覚と、頭の中で何かがはじけるような衝撃。次に気が付けば、荒れ果てた室内の光景に視界のピントを合わせようとしているウェイトがいた。家具は倒れ、壁には亀裂が走り、床にはガラスが散乱し、エイダとシビルは抱き合うようにうずくまっている。自分の指先は血に染まり――ただ、自分がその中心にいることだけは理解ができた。


 どうしてこんなことになったのか…よろめきながらリビングを出ると、夕日も落ち、暗くなった階段を上がって彼は寝室をめざした。途中、目に付いた柱時計を壁に投げつける衝動はどうにも収まらなかった。


  今朝引いたタロットの絵柄がウェイトの脳裏をよぎる――このことかと彼はエイダのクローゼットを開け、最下段の桐箱から小さなリボルバー――手のひらに収まる古い小型銃――を取り出した。裕福な両親が嫁入り道具にしのばせたそれに、皮袋から四つ、五つと薬莢やっきょうを取り出しては弾を込める。


 エイダは裕福な家庭の出で、十二年前に多額の持参金とともにこの家付きで、私といっしょになったものだ――嫁入り道具の箱に残るエイダの両親の面影、家族や結婚――それが何なんだと。ウェイトは顔の片側で笑った。


 くだらん、どいつもこいつも… 人間などという生き物は、まったくもってくだらん奴ばかりだ――「私が一番ね」 彼は冷たいリボルバーの銃口をこめかみに当てた――


to be continued

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タロット・パラレルワールド~アーサー・エドワード・ウェイトの家族と運命をつむぐ者たち~ やままり @nahdia

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