第7話 遊園地
第7話 遊園地
足元のタイルが、灰色の空を映していた。
止まった観覧車。軋んだ鉄骨。破れて色褪せたテント。
遊園地は、まるで時間を止められたように静まり返っている。
風は吹いていないが、空を流れていく雲は早送りされているように速い。
隣を歩くREMの瞳が青白く点滅していた。
《環境データ、不安定。空間の構造、再構築の痕跡を検出》
「やっぱり遊園地だ」
《……不安定になっています。気をつけてください》
ふたりは、沈黙の中を歩いた。
コーヒーカップは静止し、笑い声も途絶えていた。
ただ、メリーゴーランドだけが誰もいない広場でゆっくりと回り、錆びついた音とカーニバルの音楽を鳴らしていた。
萎んだ色とりどりの風船が括り付けられた台車も、錆びて朽ち欠けている。
その中に──一匹の“ウサギ”がいた。
ピンク色の毛皮をした着ぐるみのウサギだ。
黒い丸い瞳。
手には、赤い風船を持っている。
あの丘にあった家で見たウサギがいる。
観覧車の影から、じっとこちらを見つめていた。
ウサギが首を傾げ、ゆっくりと手招きをしてくる。
その仕草に、心の奥がざわめいた。
――ママ。
一瞬、ウサギの輪郭が滲んで、ママの姿と重なる。
あの時の、優しい手。
抱きしめてくれた温もり。
「……ママ?」
ウサギが、かすかに頷いたように見えた。
赤い風船が揺れるたび、現実と幻の境界が溶けて、
心の奥の何かが…じんわりと溶け出す。
涙が滲み、視界が揺れる。
私は、ゆっくりと歩き出した。
ウサギの差し出された手に触れようとした瞬間スパークした。
バチバチバチッ!!
眩い七色の閃光が弾け、空気が震えた。
風船がひとつづつ破裂し、風船の破片が飛び散った。
ウサギの笑顔が歪み、悲鳴のような声を漏らす。
『ああ……迎えにきたのに……』
ママは、迎えになんて来ない。
そんなはずない。
だって、私を探して見つけてくれたのはママじゃない…これは幻だ。
《脳波の異常を検知》
《幻聴、幻覚症状あり》
《危険です。防御プログラムを起動します》
REMの声がひび割れる。
《僕は、サポートAIです。ID-3315さんを守ります》
赤い風船が、全て飛び散ると同時にREMの声が遠のいていく。
ウサギもREMの姿も弾け飛ぶ。
遊園地の風景は全て、アイスが溶けるように歪みだした。
足元のタイルの感触がぐにゃりと沈み身体が後ろへ倒れていく。
目に映るのは、流れる速度が異常な雲と灰色の空だけだった。
【異常を検知】
【治療プログラムを停止します】
【ID-3315のバイタルチェックをします】
【異常なし】
【安静プログラムの強化をします】
静かに、瞼に映る世界が閉じた。
涙が一粒、空に落ちていく。
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