第五話:裏切りの街

健司の仕掛けた原始的な罠と迂回ルートは、驚くほど効果的だった。夜が明ける頃、二人は追っ手の気配を感じることなく、目的の街「シルヴァン」の門にたどり着いた。


「ここまで来れば大丈夫だ。協力者がいる」


エリアーナは安堵の息をつき、フードを目深にかぶった。街は活気に満ちていたが、健司はどこか落ち着かなかった。行き交う人々の視線が、自分たちに向けられているような気がしてならない。プロジェクトの定例会議で、悪い報告を切り出す直前の、あの嫌な空気に似ていた。


エリアーナが向かったのは、街一番の宿屋だった。彼女が合言葉を告げると、主人は一瞬目を見開き、すぐに奥の部屋へと二人を通した。


「よくぞご無事で、姫様。お待ちしておりました」


部屋にいたのは、人の良さそうな商人風の男だった。彼が協力者らしい。しかし、男がにこやかに差し出した水差しを見た瞬間、健司の背筋に冷たいものが走った。


「待て、エリアーナ。それを飲んではいけない」


「どうしたのだ、ケンジ? 彼は味方だ」


「味方なら、なぜ衛兵を呼んでいる?」


健司は窓の外を指さした。宿屋が、いつの間にか武装した衛兵たちに包囲されている。商人の顔から笑みが消え、歪んだものに変わった。


「……なぜわかった? ただの記憶喪失の男だと思っていたが」


「あんた、俺たちが入ってきてから一度も瞬きをしなかった。嘘をつく人間、特に大きな嘘をつく人間は、相手に悟られまいと不自然に瞬きを我慢する癖がある。俺の会社の元上司がそうだったんでね」


それに、と健司は続けた。「あんたの指先、インクで汚れている。商人がそんなに頻繁に書類仕事をするか? 違うな。あんたは密告の手紙を書いた直後だ」


「貴様……!」


商人が合図を送るより早く、健司はテーブルを蹴り倒し、エリアーナの手を引いて部屋を飛び出した。裏口から逃げようとするが、そこにも衛兵が待ち構えている。


「詰み、か……」


エリアーナが剣に手をかけるが、街中で衛兵相手に事を構えるのは得策ではない。健司は観念したように両手を上げた。


「わかった、降参だ。だが、一つだけ言っておく」


健司は衛兵隊長らしき男をまっすぐに見据えた。「あんたたち、とんでもない厄介事に首を突っ込んだことになるぞ。この女の身柄を要求している連中が、口封じのためにあんたたちをどうするか、考えたことはあるか? 俺なら、まずあんたたちから消す。リスクは最小限にしないとな」


それは脅しであり、事実だった。隊長の顔が一瞬、こわばる。だが、彼は職務を優先した。健司とエリアーナは武器を取り上げられ、街の地下牢へと連行されていった。

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