第二話:エルフとゴブリンと中年男

柔らかな木漏れ日と、頬を撫でる優しい風。土と草の匂い。遠くで聞こえる鳥のさえずり。五感が伝える情報に、健司の意識はゆっくりと覚醒した。


「……ん?」


重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともない巨木が鬱蒼と茂る森の風景だった。自分の体を見下ろせば、安物のスーツではなく、粗末な麻の服を身に着けている。信じられないことに、長年のデスクワークでたるみきっていたはずの腹が、少し引き締まっているように感じた。


「なんだ、これ……夢か?」


混乱する健司の耳に、緊迫した声と金属音が飛び込んできた。森の奥、すぐ近くだ。


「姫様! こちらへ!」


「くっ……しつこい!」


好奇心と恐怖がせめぎ合う中、健司は音のする方へ、茂みをかき分けて進んだ。そこで彼が見たのは、まさにファンタジーの世界そのものの光景だった。銀色の鎧をまとった、耳の長いエルフの女性が、醜悪なゴブリンのような魔物数体に囲まれていたのだ。


彼女の剣技は見事だったが、多勢に無勢。その顔には疲労の色が濃く、肩で荒い息をついている。絶体絶命。それは誰の目にも明らかだった。


そして、そのエルフの女性――姫と呼ばれた彼女の翡翠色の瞳が、茂みに隠れる健司を捉えた。


「そこにいる者! どうか、助けを……!」


悲痛な叫びが、健司の心臓を直接揺さぶった。

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