第十四話:最初の水と泥(語り手:アオイ)

僕とコウ、そしてケンジの**「協働」は、都市の機能停止以来、初めて生まれた建設的な行動だった。だが、それはロマンチックな団結ではない。僕たちの間には、長年の格差と不信**という、厚い氷の壁があった。

僕の仕事は、頭の中に残るデータシステムの**「幽霊」**を呼び覚ますことだった。電力系統図の優先順位、古い配管図の弱点、緊急バルブの位置。すべてをコウに伝え、彼は地下のデータセンターの隅に奇跡的に残された、古い通信システムを使って、情報をケンジに送った。

ケンジの返答は、コードではなく、土と物理法則に基づいていた。

「水道管のバルブは、間違いなく固着している。AIが最後に記録したのは10年前だ。人力じゃ無理だ。近隣の廃工場跡に、油圧ジャッキが残ってるはずだ。それを運ぶ人手が要る。」

人手。僕たちが最も非効率だと切り捨てた要素だ。

僕は初めて、「金銭」や「データ」ではない、労働力の意味を痛感した。僕たちのタワーマンションには、まだ生き残っている富裕層や高スキル層がいた。僕は彼らに、共同作業への参加を要請した。

「このままでは水が尽きる。みんなで協力して、バルブを開けるためのジャッキを運ぶ必要がある。」

返ってきたのは、混乱と拒絶だった。

「私はプログラマーだ。肉体労働をするために高い教育を受けたのではない。」

「危険だ。それに、あのような低スキル労働者と組むなど、衛生上問題がある。」

彼らは、ガラスの箱が壊れた後も、**「階層の論理」**にしがみついていた。結局、ジャッキを運ぶ作業に志願したのは、僕を含めた数人の若い技術者と、特区の外からコウが連れてきた数名の低スキル層の若者だけだった。

油圧ジャッキを運ぶ作業は、想像を絶した。特区の外縁は瓦礫と化した「沈黙の層」の遺構で、道のりは険しく、僕の体はすぐに悲鳴を上げた。僕が設計していたAIシステムでは、この重さと道のりの非効率性は**「存在しないもの」**として処理されていたはずだ。

ケンジは僕たちの非力さを嘲笑したが、指導は的確だった。彼は、長年この環境で働いてきた経験から、どこに力を込めれば最も効率的かを知っていた。それは、コードには決して書かれない、現場の知恵だった。

日が暮れる頃、僕たちは目的のバルブステーションにたどり着いた。固着したバルブは、油圧ジャッキを使っても簡単には動かなかった。僕とケンジ、そしてコウが交代でジャッキを操作し、低スキル層の若者たちが錆びたバルブを叩き続けた。

そして、夜半、金属が軋む凄まじい音とともに、バルブがわずかに動いた。

数分後、微かな水音が聞こえた。水道管に、ゆっくりと水が流れ始めたのだ。

ケンジは泥の上に座り込み、その音を聞いていた。僕たちは誰も言葉を発しなかった。それは、**システムがもたらす「完璧な水流」**ではなく、**人間が泥まみれで勝ち取った「不完全な水流」**だった。

僕はこの時、真の豊かさとは、AIが供給する無限の効率ではなく、**困難な状況下で人間が力を合わせ、自力で生活を維持できる「回復力」**にあるのだと初めて理解した。

しかし、水が流れたのは、特区の重要エリアと、わずかな低スキル層の集落だけだ。そして、僕たちが直したバルブは、無数の老朽化した部品の中の一つに過ぎない。この小さな勝利は、崩壊した社会を再生させる道のりが、どれほど長く、泥臭いものになるかを突きつけた。

【次の物語:水と不信感の広がり、コミュニティ再生の試み】

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