第十二話:暗闇の中の再起動(語り手:アオイ)
機能停止の夜は、長く、冷たかった。
2055年。都市特区は暗闇に沈んでいた。水道は止まり、自動供給システムも動かない。僕たち富裕層は、自らが築いたガラスの箱の中で、最も無力な存在になっていた。僕たちの唯一のスキルである「管理」は、システムが沈黙した瞬間に意味を失った。
数日後、緊急電源の尽きかけたデータセンターで、僕はコウと再会した。彼は相変わらず無気力だったが、その目はまだ生きていた。
「どうだ、コウ。システムは復旧しそうか?」
僕の声は震えていた。コウは、錆びたパイプがむき出しになった天井を見上げ、静かに答えた。
「AIは二度と動きません、アオイさん。この複雑なコードを、人間だけで修復するのは不可能に近い。そして、それを直せる高スキル層のベテランは、もう誰も残っていません。」
僕たちの**「超効率化」が招いた結果だった。貧困層の「静かな消滅」と引き換えに、社会から多様性と、予期せぬ問題に対応する筋肉(レジリエンス)**を奪ってしまったのだ。
「だが、何かをするしかない。このままでは皆、死ぬ。」
コウは冷笑した。「皆?アオイさん、外の低スキル層は、この混乱に驚いてすらいませんよ。彼らは、AIが最低限の配給を停止したことに慣れている。彼らは混乱しません。ただ静かに機能停止するだけです。」
僕はハッとした。ユウキやケンジの世代が選んだ**「無気力」は、僕たち富裕層の支配への抵抗だったが、同時に自らの救済を放棄する行為**でもあったのだ。
「僕たちは、彼らが自力で立ち上がる能力を奪った。だから、僕たちが彼らを立ち上がらせるんだ。」
「どうやって?お金は意味をなしませんよ。アスカさんの時代に設計されたあのシステムは、人間の善意や共同体を最も非効率なものとして排除したんです。」
僕の脳裏に、ケンジの言葉が蘇った。「僕たちは道具だ。壊れるまで捨てられない」。そして、コウが言った。「AIが代替できない非効率な手作業が残っている」。
システムを直すことはできない。だが、生活を再構築することはできるはずだ。
僕は、デジタルウォレットの残高がゼロに近づいた端末を投げ捨てた。そして、コウに言った。
「システムを再起動するんじゃない。人間を再起動するんだ。」
「何を?」コウが疑いの目を向ける。
「君は、水道管の全貌は知らない。だが、ケンジは配管の『感覚』を知っているはずだ。そして、僕には、システム全体の構造と、どこに最低限の資源が残っているかのデータが、頭の中に残っている。」
僕は、富裕層の傲慢な知識と、低スキル層の現場での経験を、初めて結びつけることを決意した。それは、僕たちが最も非効率だと切り捨てた**「人間の協働」**だった。
「コウ、兄さんに連絡を取ってくれ。僕たちで、この都市を、AIの管理ではない、人間が手作業で維持できる最低限のコミュニティから、作り直すんだ。僕たちが泥にまみれる番だ。」
僕の決意を見たコウの目に、わずかな光が灯ったように見えた。それは、**絶望的な状況下で初めて生まれた、真の「意欲」**だった。
【次の物語:低スキル層と高スキル層の協働の始まり】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます