第二話:光の中のプレッシャー(語り手:アスカ)

ユウキと最後に会ったのは、あの薄暗い団地だった。

彼は僕に、自分の世代の「終わり」について静かに語った。社会から姿を消し、声も上げず、ただ静かに収縮していく**「沈黙の層」。僕はその言葉を、都市の明るいオフィスビルの20階で聞いた。僕がいるのは、ユウキが見上げたあの「光の中」**だ。

僕自身は、運が良かった。AIとデータ分析のスキルを早期に習得し、社会が**「高スキル層」を喉から手が出るほど求めた波に乗れた。僕の仕事は、崩壊しつつある国内経済をAIとDXで超効率化**し、富裕層と輸出産業が主導する新しい経済システムを設計することだ。

僕たちの生活は、ユウキたちのそれとは全く違う。セキュリティシステムに守られた高層マンション、すべてがデジタル化された生活空間。人手不足なんて感じない。家事や雑用はAIとロボットが完璧にこなし、僕の時間は**「最も価値の高い創造的な労働」**だけに集中できる。

でも、この「豊かさ」は、どこか冷たく、硬質だ。

まず、プレッシャーが凄まじい。富裕層は僕たち高スキル層を優遇するが、それは僕らが**社会維持のための「生きた部品」**として、常に最高のパフォーマンスを発揮し続けることを要求するからだ。少しでもスキルを停滞させれば、世界中のどこかの優秀なAIや人間がすぐに代替する。

そして、孤独感。ユウキたちの層が「静かに消滅」することで、社会的な緩衝材や多様性が失われた。僕たちのコミュニティは、**「競争と契約」に基づいた関係だけで成り立っている。誰かに頼ることは、自分の弱さを露呈することを意味する。子どもを産むことさえ、彼らに最高の教育を施し、この競争に勝たせるための「極めてリスクの高い投資」**でしかなかった。周りの同僚たちは、子どもを一人か二人持つのが精一杯だ。

先日、政府から大規模な**「インフラ・自動化特区」計画が発表された。これは、崩壊した地方や古いインフラを切り捨て、富裕層と僕たちが暮らす都市中枢と、輸出産業を支える特定エリアだけをAIとロボットで管理・維持**するという排他的な計画だ。この計画の設計チームに僕も参加している。

会議で、ある富裕層の代表が言った。「これで、非効率な社会保障や、もはや機能しない地域コミュニティに無駄な税金を使う必要がなくなる。我々は、必要な労働力だけをAIで管理し、人類の最高知能を結集した持続可能なエリート社会を築くのだ。」

その言葉を聞きながら、僕はユウキが語った**「静かに消滅する貧困層」の姿を思い出した。彼らは、暴動を起こす代わりに無気力という沈黙を選び、結果として富裕層に「社会を排除していい」という大義名分**を与えてしまった。彼らの沈黙が、僕たち「維持側」の傲慢と独善を加速させている。

僕たち高スキル層は、この排他的な社会を設計することで利益を得ている。しかし、僕らが設計しているのは、**豊かで安全だが、生気のない「籠の中の世界」**なのかもしれない。光の中は暖かくない。冷たいデータと効率の論理が、僕たちの世界を支配している。

僕は、この**「二極化の最終形態」**がどこへ向かうのか、目を離すことができない。それは、僕自身の未来の姿でもあるからだ。

【次の語り手:ケンジ(低スキル労働者層)】

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