第三話:管理された静寂(語り手:ケンジ)
僕の仕事は「インフラ補助員」。もっと格好良く言えば、「AIが対応できない非効率な手作業」の専門家だ。
僕たちは、アスカさんたちが設計した**「インフラ・自動化特区」の外縁に住んでいる。特区の中は光とセキュリティに守られているけれど、その外側は、ユウキさんが言っていた「沈黙の層」**が去った後の、荒涼とした世界だ。
僕らの仕事は、この特区の外縁で、AIがセンサーを設置できない古い地下配管の点検をしたり、ロボットが入れない崩壊寸前の建物の応急処置をしたりすることだ。誰もやりたがらない、泥と汗にまみれた作業。でも、特区に何か問題が起きれば、富裕層は僕ら**「生きた部品」**に頼るしかない。
僕たちの生活は貧しい。給料はAIが算出した「生存最低限度」。家賃、食料、医療のサブスクリプションに必要な額だけが、デジタルウォレットに振り込まれる。それ以上稼ぐインセンティブもない。どうせ税金や社会保険料で消えるか、AI管理システムが「不審な貯蓄」としてマークするだけだ。
僕らのコミュニティは、無気力と監視で成り立っている。
かつてあった貧困層の先輩たちは、本当に静かに消滅していった。「頑張っても無駄」という絶望が、彼らを諦めさせ、出産を控えさせ、ひっそりと孤独死へと向かわせた。僕らはその姿を見て育った。だから、僕らの世代は**「混乱を起こさないこと」**が唯一の生存戦略だと知っている。
僕たちは政治的な声を持たない。投票にも行かない。どうせ僕らの声はAIの効率計算の前では無意味だ。僕らが望んでいるのは、ただこのシステムから排除されずに生き続けることだけだ。
僕にはコウという弟がいる。あいつは僕よりも少しだけ優秀で、特区内のデータセンターでAIの補助的なオペレーターとして働いている。それでも、彼は僕たちと同じ低スキル層だ。仕事は常にAIに監視され、ミスをすれば即座に代替要員が見つかる。
ある日、コウが泣きそうな顔で帰ってきた。
「兄ちゃん、今日、富裕層の息子がデータセンターに来たんだ。まだ10代なのに、僕たちが何時間もかけているAIの微調整を、あっという間に修正した。彼は僕たちを見る目が、道具を見る目だったよ。」
「そうだろうな。僕らは道具だ。でもな、コウ。道具でいる限りは、壊れるまで捨てられない。」
僕たちは、富裕層の**「意欲的な社会改善」が生み出した、「最も効率的で、最も安全な貧困層」**だ。僕たちが静かに働いているおかげで、特区の中の富裕層は、外部からの脅威を感じずに、安心してグローバルビジネスに集中できる。
彼らの光の裏で、僕たちは薄暗いアパートで最低限のエネルギーを消費し、最低限の労働力を供給し続ける。僕たちは社会の底辺に貼り付けられ、消滅することも、上へ這い上がることも許されない。僕らが生きているのは、富裕層の生活を維持するための、静かな檻の中だ。
ユウキさんの世代が選んだ「静かな消滅」は、僕たちにとっての**「管理された永遠の貧困」**という結果をもたらした。
【次の語り手:コウ(AI補助オペレーター)】
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