沈黙の国のアリス:AIに支配された超格差社会で、人間は「非効率な再生」を選びました

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第一話:中間層の終わり(語り手:ユウキ)

静かな夜だった。外の街灯はいつもより暗く、通りは人影がまばらだ。2045年、僕はもう40代後半。ついこの間まで自分は「中間層」だと思っていたけれど、それは過去の幻想だったのかもしれない。

僕の人生は、ずっと**「滑り止め」**を探すのに必死だった。

社会の空気は、僕が20代の頃からじわじわと変わっていった。親の世代が支えてきた年金も医療も、僕たちが「維持しなきゃいけないもの」になった途端、底が抜けたように負担だけが増えていった。給与明細を見るたび、保険料という名の「防衛費」が、手取りを静かに食い潰していくのを感じた。

会社で働き方も変わった。先輩たちが大勢辞めたわけでもないのに、人手不足は深刻化し、僕らの業務は増え続けた。でも、その仕事がAIやロボットで代替できる単純作業だと気づいた瞬間、背筋が凍った。「僕の仕事も、もうすぐ機械に置き換わるんだろうか」という不安が常に頭を離れなかった。高スキルを持つ同僚たちは、次々とDX関連の専門職へと転身し、破格の給与を受け取って本社の中枢へと消えていった。

僕は滑り止めを失った。妻と別れたのは、お互いに「これ以上子どもに貧困の連鎖を背負わせたくない」という無言の合意があったからかもしれない。僕たちの世代の多くが、結婚や出産を「経済的なリスク」として捉えるようになった。

そして、街から貧困層の姿が本当に減っていった。彼らは暴動を起こさなかった。ただ、静かに、ひっそりと、社会から身を引いた。「頑張っても無駄」という絶望が、彼らを**無気力(アパシー)へと追いやったのだ。公共の場から姿を消し、地域の小さなスーパーも病院も閉鎖され、生活圏が静かに収縮していく。彼らは「沈黙の層」**となった。

僕が暮らす古い団地にも、電気や水道が止められた部屋が増えた。市役所の福祉課の窓口は、以前のような怒号ではなく、諦めの溜息で満ちていた。

昨夜、僕は窓の外を見た。遠く、都市の中心部だけが、以前と変わらない明るさで輝いていた。あの光の中にいるのは、僕が追い付けなかった高スキル層と、彼らを雇用する富裕層だ。彼らの生活は僕らの衰退と引き換えに、より安全で、より豊かになっているのだろう。

僕は、自分自身も、あの「沈黙の層」の一員になるのを待つだけだと知っている。僕に残された唯一の選択は、混乱を起こさないこと、つまり静かに「消滅」することだけだ。

僕には幼なじみのアスカがいる。彼女は僕とは対照的に、あの光を維持する側にいる。彼女なら、この社会の真実を、僕よりも長く見届けることができるだろう。次に会ったら、僕らの世代の「終わり」を、彼女に話しておこうと思う。

【次の語り手:アスカ(高スキル層)】

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