第3話 竜と美少年な王子様

 『999年12月31日に世界は滅びる。

 救世の乙女ウメボシアが男に恋をする事によってのみ、滅びは回避できる。

 救世の乙女ウメボシアは、容姿を見れば必ずわかる。

 救世の乙女ウメボシアが恋をしたかどうかは、聖石ローズウーメを見れば必ずわかる。』


 それが、50年前にくだされた、聖なる女神ギンシャーリーの神託だ。


「あたしはただの奴隷女だよ。救世の乙女ウメボシアだなんて……、違います。」


 だいそれた話になってきて、タクアンヌはびびった。言葉を丁寧口調にしたほうがいい、と判断する。


「あたしは魔法も使えません。本当にただの奴隷女なんです。」


 魔法が使えるのは、修行をした魔法使いだけだ。

 魔法使いは、数は多くないが、どの国にもいる。

 庶民は、魔力の素養が生まれつきあったとしても、魔法は使えない。


 この盗賊団には、癒しの魔法が得意な老齢の魔法使いと、攻撃の魔法が得意な、ゴロツキ崩れの魔法使いが、二人いる。

 盗賊団に50人いて、魔法使いはたった2人。

 魔法使いは、それだけ貴重なのだ。


 タクアンヌは変な体質だ。切り傷を作れば、血は宝石になる。

 でも、それだけだ。

 魔法なんて、使えたためしはない。


「おい、どこの盗賊団のカチコミだぁっ! それとも王宮兵か?!」


 あれだけの大爆発だったのだ。盗賊団の男たちが、ばたばた集まってくる足音がした。


「話はあとで。」


 美少年はにっこりと笑った。明るく素直な人柄を感じさせる爽やかな笑顔だった。


「ノーリス! いるか? 無事か?」


 美少年は、タクアンヌに話しかける優しい声から一転、凛々しい声をだし、腰に帯びていた直剣をすらっと抜いた。

 壁がふきとんだ部屋に、4人の盗賊団が入ってきた。美少年はその1人と勇敢に切り結ぶ。


「はい、なんとか!」


 瓦礫をがらがらどけて、黒髪の男が2mメッサム離れたところから立ち上がった。年齢は17歳くらいに見える。

 金髪の美少年は自分より年上の盗賊をものともせず、ギン、───ギン、と優雅に剣をあわせ、三合のち、盗賊の腹に膝蹴りをくらわせ、地に沈めた。


「ノーリス、全員突入。合図を送れ!」

「はい!」


 ノーリスと呼ばれた男が胸元から、小さな巻き貝の笛をだした。


 ぷぁ────────!


 笛をふくと、遠くから、ばさばさ……、と音がした。

 壊れた窓から、崩れた壁から、夜の星と満月と、空を駆ける竜が見えた。


(竜だ!)


 長い首。大きな翼。

 夜の闇に、緑色の鱗が暗緑色となっている。

 広げた翼は、紫紺の色。

 ばさばさと翼をあおる音が夜にこだまする。

 竜は12頭。

 首には輪をつけられ、頭にある二つの角の内側には、12頭とも、針葉樹の緑色をシンボルとした国旗が染め付けされている。


(あの国旗は……!)


 タクアンヌには、どこの国の国旗かわかった。


 10頭は、背に男を乗せている。2頭は、背に誰も乗せていない。きっと、金髪の美少年と、黒髪の少年の騎竜なのだろう。

 

 竜の背にまたがる男たちは、皆、庶民の格好だったが、これだけの数の竜を集め、乗りこなすのは、庶民ではありえない。

 男たちは皆、精悍な顔をしている。王宮の竜騎士が、庶民の格好をして、隠密行動をしている、と、タクアンヌはあたりをつけた。


 竜は次々と、この部屋のまわりに着地した。

 着地すると、ばん、と大きな風がタクアンヌに届き、ふわっとベージュ色のスカートがふくらむので、はっし、とスカートをおさえる。今ではシエルピンクとなった髪の毛が風にあおられる。


(おおう! 迫力!)


 生まれ育った辺鄙へんぴな村で、野生の竜が谷の上のほうを、遠く旋回しているのは見たことがあるが、人に飼いならされた竜をこんなに近くで見るのは初めてだ。

 竜は大きい。地上に降り立ち、立っているだけで、4mメッサムはあるだろう。


「王子! ノーリス!」

「来てくれたか。一気に制圧する。ノーリス、レディーをお守りしろ!」

「はい。」


 美少年は部屋の外、廊下に消えた。

 タクアンヌのまわりをばたばたと騎士たちが駆け抜け、美少年の後ろに続く。

 一人、黒髪の若い男、ノーリスがタクアンヌのそばにくる。服装は庶民のものだが、この男もどことなく品がある。


 (美少年は王子様だったのか……。え? 王子様?

 ええええええええ?)


 やばい。王子様の尻を蹴っ飛ばしてしまった。

 タクアンヌは、たらり、と冷や汗をかいた。

 ノーリスは、タクアンヌのシエルピンクの髪とローズピンクの目をさっと見て、驚嘆きょうたんしたあと、


「レディー。お守りします。」


 タクアンヌを背にかばい、剣を抜いてあたりを警戒しはじめた。


(あたしレディーじゃない……。)


 レディーとは、姫君、お嬢様、貴婦人、女王。あらゆる高貴な女性を、敬意を持って呼ぶ言葉である。

 タクアンヌは、ごくりと喉を鳴らす。急展開についていけない。

 自分の喉元に手をやる。奴隷女の証である首枷、ちゃんとついてる。

 足を見る。足枷も、重さ8kgキルグの鉄球もきちんとついてる。


「レディー、鉄球をむすぶ鎖を切ってもよろしいですか?」

「は、はい。お願いします。」


 騎士と盗賊団が戦う声があちこちから聞こえてくるなか、ノーリスは2回、鎖に剣をふりおろして、鎖を断った。


「ありがとうございます。」


 8年ぶりに、足が軽くなった。嬉しさがこみあげる。


「鎖をこんなに簡単に切れるなんて、すごいんですね。」

「いやあ。」


 ノーリスははにかんだ。好青年だ。


「魔法の加護をかけてある剣なので。それのおかげです。」


 ノーリスの剣は直剣だ。

 熱砂のシナモンロ・オル国の男は曲刀を好む。

 この盗賊団のアジトがある場所は、熱砂のシナモンロ・オル国の領土内なのだが、この人たちは……。


「騎士様、熱砂のシナモンロ・オル国のお方ではないですね。」

「はい。ここに来て、今、戦っているのは、森閑しんかんのコメバンザイン国の竜騎士です。」

「やっぱり……。」


 タクアンヌは、10歳まで、森閑のコメバンザイン国にいた。さらわれて、隣国、熱砂のシナモンロ・オル国のはずれの砂漠に連れてこられたのだ。

 当然、竜の角に染め付けされた、森閑のコメバンザイン国の国旗も、知っている。


「どうして、森閑のコメバンザイン国の竜騎士が、隣国にいらっしゃったんですか?」


 おそらく、見つかったら、かなりまずい。

 熱砂のシナモンロ・オル国と、森閑のコメバンザイン国は、領土をめぐって、だらだら小競り合いを続け、戦争をしてる最中だと、噂話で聞いた。


「今は非常時ですので、あとで説明します。レディー。」

「じゃあ、あの、一つだけ。あの方は本当に王子様なんですか。」

「はい。森閑のコメバンザイン国の第二王子にして世継ぎの君、ライス王子です。」

「おおっふ……。」


 タクアンヌは絶望に顔をおおった。


(王子様だなんて知っていたら、ちゅーなんてしなかった。ハズカシイ。返してくれあたしの初めてのキス……。)











 

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