第4話 甘ったれな猫耳少年

 ────みゃあ。


 タクアンヌの耳に、小動物の鳴き声が聞こえた。


(猫?)


 猫なら、町の路地裏で野良として暮らしていることもある。でもここは砂漠のなかの建物だ。猫はいない。

 それがどうして? 気のせい?


 ────みゃあ、みゃあ……。


 気のせいじゃない。


(どこから?)


 タクアンヌはきょろきょろする。さっき、わけのわからない爆発のせいで、あたりは瓦礫がれきだらけだ。


(どこ?)


「ねえ、騎士様。猫の声が聞こえます。」

「え? 猫??」

「……こっち!」


 西の壁、とあたりをつけて、タクアンヌは走りだす。


 ────みゃあ、みゃあ、みゃあ!


 声が大きくなる。タクアンヌの後ろから走るノーリスも、


「本当だ!」


 と声をあげる。西の壁にたどりつき、瓦礫を手でどかす。どうやら壁のむこう、隣の部屋から聞こえてくるらしい。さっきの爆発で、生き埋めになってしまったのだ。


(ごめん、あたしのせいだ!

 爆発させようと思って爆発させたわけじゃないけど……。助けるからね!)


「大丈夫よ! 今、助けるから!」


 タクアンヌは励ますように声をかけ、瓦礫をどかす。ノーリスも瓦礫をどかしはじめる。瓦礫をどかしおわり、なかから飛び出してきたのは、


「みゃ────っ!」


 猫耳、猫しっぽの少年だった。


(獣人だ!)


 16歳くらいの猫耳少年は、がばっとタクアンヌに抱きついた。


「みゃ────っ、みゃ────っ!」


 背丈は、普通の人間と同じ。16歳くらいの少年の背丈だ。首には奴隷首輪がある。

 アプリコット色のくるくる、ふわふわの巻き毛、アプリコット色の猫耳と猫しっぽ。体毛は猫のものではなく、人と同じ。猫らしい特徴は、耳としっぽ、それと……。


「みゃ────っ!」


 ヘーゼルブラウンの目の、瞳孔は、猫のものだ。

 獣人の少年は、閉じ込められてよっぽど怖かったのだろう、ぽろぽろ泣いて、ふるふる震えて、タクアンヌを抱きしめた。

 ぺろぺろ、タクアンヌの頬を舐める。舌はざらざらしている。


「ひゃ、ひゃああ。」


 そんなに頬をぺろぺろ舐められた事はない。タクアンヌの後ろ首のあたりが、そん、と不思議な気分になる。


「だ、大丈夫。落ち着いて。もう平気だから。いったん離れようか。」


 タクアンヌがうながすと、


「みゃう。」


 猫耳少年は離れた。埃だらけだ。タクアンヌは手で、あちこち、ぱんぱん、と払ってあげる。


「ケガはないようね。」

「みゃう。」


 猫耳少年はニッコリと笑った。

 ずいぶん可愛い子だ。顔立ちが整っていて、ちょっと甘ったれな雰囲気だ。守ってあげたくなるような、庇護欲をそそられる。


「こんなに美形の猫の獣人を見たのは初めてです。きっと高級奴隷として、売りさばかれる手前だったんでしょうね。この子なら高く売れたでしょう。」

「そうね。」


(こんな子、いたっけ? このアジトで見かけたことない。)


 猫耳少年は、タクアンヌによりそい、しっぽを、しゅる、とタクアンヌのスカートにまとわりつかせた。


(かわいい!)


「あんた、なんて名前なの?」

「……キービィ……。」

「それだけ? 苗字は?」

「……キービィ。名前……、それ……、だけ……。」


 ノーリスが腕を組んだ。


「獣人には、人の言葉を滑らかに話せる者と、話せない者といます。この子は、人の言葉を話すのが得意じゃないようですね。」

「でも言葉はわかってるみたい。賢い子だわ。」

「みゃう!」

「……可愛い。」

「みゃあ、みゃあ、みゃあ、名前、お、し、え、て。」

「あたしは、ショウビ・タクアンヌ=ローズよ。」

「タ、ク、アン、ヌ。

 キービィ、タク、アン、ヌ、いっしょ、いい。」


 キービィが、ひしっとタクアンヌに抱きついた。アプリコット色の柔らかい巻き毛からは、ふわっと蜂蜜みたいな良い匂いがした。














 盗賊団50人は、森閑のコメバンザイン国の竜騎士たちによって制圧された。


「レディー、お待たせしました。」


 ライス王子はケガもなく、颯爽さっそうとタクアンヌのそばに歩いてきた。


「あのっ、非礼をお許しください。」


 タクアンヌは、王子様の尻を蹴飛ばし、口づけしてしまった非礼を、その場に両膝をつき、両手を胸の前に組み、こうべを垂れて詫びる。


(どんな罰を与えられるんだろう。想像もつかない。)


 タクアンヌは貴族を間近に見たこともない。

 ましてや、王族だなんて、奴隷女をどう扱うか、まったくわからなかった。


「レディー、お立ちください。」


 ライス王子は完璧な笑顔で、〝非礼〟には一言もふれず、優しくタクアンヌの手をとり、立たせた。

 タクアンヌはライス王子の整った顔を恐る恐る見たが、怒ってないようだ。


(ほっ。おとがめなしらしい。ラッキー?!)


「レディー。ここであなたを見いだせたことは、幸甚こうじんの至りです。

 救世の乙女ウメボシアを、森閑のコメバンザイン国第16代王オオモーリ・コメバンザイン・オカワリクの息子、オオモーリ・コメバンザイン・ライスが、我が国に迎えます。」


 まだ砂埃だらけの、壊れかけの部屋で。

 王子は優雅な動作で床に片膝をつき、タクアンヌの右手をとり、手の甲に口づけをした。

 顔にはうやうやしい微笑みがある。


(ひええ、王子様の手の甲キスだ────!)


 タクアンヌの頬が赤くなる。


「救世の乙女ウメボシア、世界を救ってください。

 あなたが恋をしないと、世界は滅ぶ。」

「あㇶ……。」


(そんな馬鹿な〜〜〜っ!!)


 タクアンヌは口をあんぐり開け、そんな馬鹿な……、そんな馬鹿な……、と心でリフレインしながら、かたまった。


かせくだきます。失礼します。」


 立ちあがったライス王子が、右手をタクアンヌの首にそえた。


「ЯНТАПАК ДЕНЬ НА ЮНУРЗСН

(精霊よ 微風となり 吹け)」


 首に微風がふき、


 ────ぱあん。


 と、鉄の首輪が粉々にふきとんだ。


(あっ! 奴隷首輪が!!)


「おみ足も失礼します。」


 王子はタクアンヌの右足の足枷にふれ、また同じように、呪文を唱えた。足首に微風がふき、


 ────ぱあん。


 鉄の足枷が砂のように粉々にふきとんだ。


(はああ……。嬉しい。)


 タクアンヌは、8年間鉄枷をつけられ続け、すっかりすれて赤くなっていた右足首をさわる。


(自由だわ!)


「ありがとうございます。王子様。」


 タクアンヌが満面の笑みでライス王子を見ると、金髪の美少年はにこにこと品よく笑った。


「当然です、レディー。

 さて、我々は森閑のコメバンザイン国にひきあげます。一緒に来ていただきます。

 盗賊団の男たちは、縛り上げたまま、ここに置いておきます。

 熱砂のシナモンロ・オル国に一報飛ばしておきましたので、じきに役人がここに来るでしょう。囚われていた女たちは解放しました。

 盗賊団の男たちが、役人が来るまで生きながらえるかどうかは、解放した女たちが水をほどこすか否かにかかっています。判断は女たちがするでしょう。

 ここを去る前に、一目、盗賊団の男たちを見ておきますか?

 我々がここに戻ることはもうありません。」

「もちろん、見るわ。」





 

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