第18話

 翌日、俺は重い足取りで千鶴の実家である丹波神社へと向かった。

 祭りの日が近いからか、普段会わない時間帯に人が通る。

 神社へと着くと、許可が下りているのか出店用のテントなどが立ち上げられ、中央の石畳みには組み立てられてはいないものの薪がいくつか置かれていた。

 チャイムを鳴らして待っていると、出迎えてくれたのは文彦さんであったが、昨日の事もあり俺の顔を見た瞬間不機嫌になっていくのが分かる。相変わらず俺の事を嫌っている様子だ。

 家屋に上がると、客間ではなく本殿へと通された。


「どうしてここに? というか本来なら俺はここへは通されないはずですよね」

「千鶴から聞いているとは思うが君に渡す物があって、いや渡していたほうがいいと判断したので先にこちらへ来てもらった」

「渡すもの?」


 文彦さんは台の上に乗っていた石を手に取り俺に見せる。

 手の平サイズの変哲もない石ころ。

 しいて云えば黒曜石のような見た目。


「これは?」

「呪印石。資料をみてもらってたからわかると思うが、これが災厄を取り除いてくれると云われるもの。効果は実証されるかわからないが」

「確か一つしかない貴重品なのにどうして俺に?」

「昨日の話を聞いて、お憑き様は完全に君を狙いに定めたと考えられる。そこで対策となるかわからないがこれを渡したほうがいいと思ったのでな」

「わかりました。タイミング次第で使わさせてもらいます」


 呪印石を受け取ると懐へしまう。

 文彦さんは渡せたことに納得して出ていく。俺もそのあとをつけるように出た。

 客間へ着くと、誰も居ない。

 俺はそこらに座り呆けていると、千鶴がお茶を運んできた。

 休みなのかと思ったが、今日は休日だと思い出す。

 千鶴にも重要な話があるということなので、端山さん、教授、御堂峰議員と千奈の四人がやってくるらしい。

 俺達が一番関わり合いがあるからと云うのもあるが、隠岐村代表者達がいてもこの前みたいに話合いが進まないからだそうだ。

 俺達は他が来るその間他愛のない雑談をしていた。

 主に千鶴に関する学生生活の事、祭りの事、そして今後の事。

 しばらくして、四人が到着すると客間に通され俺達は対面した。


「さて、今回集まってもらったのは祭りとお憑き様に関してだが。問題が発生した」

「問題?」俺はそう疑問を御堂峰議員に投げかけた。

「ああ、当日もしかすると天候が荒れるかもしれないと耳に入ってきた。ただ天候が悪いだけならまだいい。過去にも天候が悪くてもした例はある。だがそれはあくまでただの雨風程度なら」

「つまりどういうことです?」

「台風だ。それも大型の」


 まさか、そう云いかけようとしたが新聞記事でもみた災害を思い出すとやりかねないと思い返した。


「それで仮に台風が来たとして丹波家当主の意見を伺いたい」

「本来なら中止にして後日と行いたい所だが、それでお憑き様が許すとは到底思えない。過去の件からしても今回の事件からしてもその日に決行しないと村の存続すら関わるかもしれない」

「しかし、祭が行えないのならお憑き様とて現れないんじゃ」


 教授は否定するように云った。


「いや、信教という意味合いからしても祭事は大事な行事。どうしてこの時期なのかという点。従ってお憑き様にとっては降臨した時期、場所だからとは予想される」

「しかし、過去に日程をずらしたと聞いたがそれは?」

「ずらした事はあるのではないかと」


 教授の言葉に俺はお憑き様である杉田美穂の言葉を思い出す。

 首を絞められている際に云った言葉を。


「お憑き様である杉田美穂はこう云いました“前のように逃げられない”と」

「前のように……やはり過去に逆らうように行わなかった時期があったのか」

「多分。そして行わずしたせいで災厄が発生してもう繰り返さないようにこの時期になったんじゃないかなと」

「なら今回台風が来ようが確実に行わなければならないと」

「そうですね。ただ危険は伴いますが祭事の特徴であることはしとかないとまずい気はします」

「任せてほしい。丹波家当主として何があろうが私自身の役割を最後までやり通す事を誓おう」


 文彦さん自身から嘘偽りなく云い放っているとわかる。

 ただ心配なのは千鶴だ。

 俺は視線を横に向けた。


「おじさん、そんなに心配しないであたしだって神主の娘。最後までやれるよ」

「大丈夫。今回はあたしも千鶴と一緒に手伝うんだから心配しなくていいよ」


 千鶴、千奈共に自信に満ち溢れた表情で俺を見つめる。

 文彦さんに視線を向けると頷いていた。

 俺がどうこう言える立場じゃないという感じか。


「御堂峰議員。当日までに補強と、もしもの時に皆の安全を優先させて下さい」

「ああ、約束しよう」

「しかしそうなると文彦さんが行う行事はまだしも、他に祭準備してる人達どうするんですか? 中止なんて別の意味で暴動が起きそうな予感」

「私自ら説明してそこらへんは収めよう」


 影響力も強いから安心か。


「おじさんはどうするの?」

「俺は当日現れたお憑き様を別の場所へと誘導して呪印石で封印を試してみる」

「危険だよっ! おじさん一人で挑むなんて!」


 千鶴は不安そうな表情で俺の腕を強く掴む。

 今まで俺がやられてきたことを考えれば当然の事だろう。


「確かに危険だな。けど仕方がない、誰かがやらないといけないわけだし。今回たまたま俺の適任であり対象者であるからそれが回ってきただけ」

「だけど……!」

「千鶴落ち着いて聞いてほしい。お憑き様は当日必ず現れるとわかっている。そこに誰も居ないのなら確実に襲われるのは近くにいた人。つまりは君の父親である文彦さんしかいない。そして次にこの町の人間全員へと。とどのつまり遅かれ早かれお憑き様に襲われてしまうだけだ」

「…………」

「これが終わればちゃんと約束も守れるからさ」


「おじさんずるい」そう云うと諦めるように俺の腕を離した。


「箕原さん、僕はどうすれば?」

「端山さんは危険ですが、台風の中バイクで俺を連れて移動してほしいんです」

「バイクでですか?」

「俺が移動してもたかが知れてますし、情けない事に足も遅い。それにお憑き様は人間じゃないから移動速度なんて不明であり、必ず追いかけてくるでしょう。そこで少しでも距離をとるためにバイクで移動してほしいんです」

「わかりました」あっさりと了承を貰う。


 そんな端山さんに戸惑いを覚えた。

 普通なら身内のかたきとしてあだをとりたいはずなのにいいのか?


「確かに箕原さんの云う通り僕の兄のかたきでもありますが、僕だと相手にもされないでしょう。ならこうして手助けをすることで敵討ちができるなら喜んで引き受けます。ですので箕原さんに任せます」

「わかりました」納得した俺は端山さんの意思を引き受けるように答えた。


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