第19話

 時刻は間もなく十九時を迎えようとしていた。

 今日は遂にお憑き様と対峙する運命の日。もうじき祭事が開始する。

 外では雲で覆われているせいで薄暗く気味悪さが際立つ。雲がなければ日没であろう。

 俺は今、丹波家家屋の中から窓の外を眺めていた。

 台風の接近に伴い暴風が吹き荒れ、草木は激しく揺られ、敷地内においては人の気配はない。

 御堂峰議員がうまく説得してくれたのだろう。

 夜中の野球場のように周囲をライトアップされ、薄暗い所は見当たらない。

 中央にある石畳みには井桁型の牧が敷かれ、炎が立ち上がっているのだろう。

 風や雨で火が消えないよう、牧が崩れないように板で包まれ、正面のみ開かれた状態なのでこの場所から炎が立ち上っているのを見る事はかなわない。

 家の中には俺以外にも御堂峰宅にて働いている黒服の男達が慌ただしく動き、無線を片手に会話している。

 周囲には複数台のモニター。画面に映っているのは神社のの周囲の状況。

 他に車やバイクに乗り待機している人物も映る。

 今の所は混乱もなくお憑き様もいない。

 雨の音にまぎれシャンっと鈴鳴りの音が聞こえそちらに視線を移す。

「おじさん」そう声をかけてきたのは千鶴だった。

 一般的な巫女装束を身にまとい、手には巫女鈴を持っていた。

 俺の近くに来ると両指をもじもじとし始めた。


「もうすぐ始まるんだろ?」

「え……うん。もうすぐ始まるよ。その前におじさんの顔を見たかったし」

「そうか……」


 言葉が思い浮かばず沈黙が包む。

 何か云わないとと思いつつも思い浮かばない……。

 時間だから無線の通信を受け取った黒服は千鶴に準備するよう促す。

 少し浮かない表情をし行こうとする千鶴の後ろ姿に俺はとっさに口を開いた。


「あー……あれだ。巫女服とても良く似合ってるよ」

 

 振り返った千鶴の表情は、はにかむように笑っていた。

 無線から丹波文彦、丹波美代、丹波千鶴、御堂峰千奈所定の位置にて待機、準備完了。そう聞こえた。

 シャン、シャン、シャン――――。

 雨音の中で一定のリズムの鈴の音が別に聞こえ始めた。

 モニターには廊下を渡り、拝殿へと移動する千鶴達の姿が映っている。


「お憑き様の姿はなしですね」黒服の人にそう確認するように云った。

「はい、どこを見ても現在見当たりません」


 狙うとしたら文彦さんが焚火の前で祝詞を唱えてるときか。

 拝殿へと到達すると、千鶴は中央で舞い踊り、文彦さんは祝詞を唱え、美代さんと千奈はそれぞれ置いてある管弦を手に取り鳴らし始めた。

 本来ならもう少し人数が必要であろう状況だろうけど仕方がない。

 モニターではなく窓から覗くと拝殿にいる千鶴を視認する。

 雨風もあってか少し動きにくそうだ。

 一通り祝詞を唱え終えると、文彦さんは敷地内の中央にある焚火に移動した。


「手に持っているのは人形か? あれが生贄の代わりってわけか」


 人形を焚火へと放り投げると、払い棒を振り始め再度祝詞を唱え始めた。

 反応するかのように激しく雨が増し始めた。

 遠くでは雷も数度鳴る。

 そろそろあいつが登場してもおかしくない状況だ。

 ふと鳥居へと目線を向けると俺は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。


「お憑き様はもう来てる!」


 そう言い残すと俺は急いで扉を開け外に飛び出す。

 同時に狙いすましたかのように強烈な閃光と轟音が数度鳴り響いた。

 雷により耳鳴りを起こし、空気の振動により肌は痺れを越して少し痛みを感じた。

 次第に耳鳴りは収まり目を開けると、周囲を見渡した。

 たまたま目を瞑ったおかげで視力はすぐに回復したが、それでもやはり少しぼやける。

 わかるのは照明器具関係が全滅しているせいで薄暗くなっているのと、落雷により木々が炎で燃え上がる。だがそれはまだいい。雨によりすぐに炎は収まりを見せるだろうし。問題は文彦さんだ。

 あの落雷により文彦さんが巻き込まれたのではないのかという点。そして近くにいたお憑き様の存在。

 周囲を見渡すと広場には炎の灯った薪が所々散らばり、近くに文彦さんが倒れていた。

 最悪な事態を想定した。

 

「文彦さんっ!」


 急いで駆け寄りると文彦さんの肩を揺らした。

 気絶はしているが呼吸をしていたので一安心。

 雨風で炎が消されないように建てられた柱と屋根が避雷針代わりとして受け流したようだ。

 それでもやはり雷の近くにいたからすぐ様病院い送ったほうがいいのだろう。

 だがそうしたいものの、今は別の事を優先・・しなければならない。


「この落雷はお前のせいか?」

「ええおかげ様で。もう不要だと思ったから楽にしてあげたのにまだ生きてるのね」


 杉田美穂ことお憑き様が近くにいた。

 いつから見ていたのか知らない、いつの間にかそこにいた。


「こんな状況にする必要性なかっただろ」

「いいえ、仮初かりそめの儀式とは云え必要な手順はあったの。それがともしびと人形。文明の進化という物かしら、あれらは私にとっては邪魔になるの。昔ならあの強烈な光はじゃなくそこらに松明を置き準備をしてくれたのにね」

「そうだとしても文彦さん、神主がお前の為に祈りを捧げていたんだぞ。それを仇を返すような行為をするなんて」

「唱え終わって人形を入れた時点でもう用済みなの。けどこの儀式において、何かを持っている人物がやるなら誰でも良かったの。例えばあなたのような人やここの神主の娘なら代わりは務まるでしょうね」


 不敵な笑みを見せ近づいてくる。

 何をしてくるのか目的ははっきりとわかる。

 このまま逃げてしまいたいと思った。実際足も後ろへと数歩後ずさりしていた。


「そのまま無様に逃げてもいいよ。逃げれば追わないしそれを責める者さえもいなくなるから」


 悪魔の囁きか、代弁するように云ってくる。

 振り返ろうと俺はピタリと足を止めた。

 視線の先には必死になって駆け寄ろうとする千鶴の姿とそれを止める美代さんと千奈。

 俺が今逃げたらもう……。


「そうだな」

「じゃあ」


 俺は杉田美穂に向かい殴りかかろうとした。

 予想していたのか拳は空を切り、俺の喉を掴み上げた。


「一番残念な結果ね。逃げてくれると楽しむ事ができたのに」と杉田美穂はため息交じりで云った。


 喉が締め付けられ、息ができない。

 腕を離させようと暴れ、喉をしめている手を放そうともがくがビクともしない。

 力が抜け始め、両腕が落ち、意識が遠のき始めた矢先、一筋の光が俺と杉田美穂を照らす。

 近づいてくるバイク音。杉田美穂の意識がそちらに意識が向いた瞬間、俺は懐にあった呪印石を取り出すと喉を締め付けていた腕に押し当てた。


「――――――――――――――――――――っ!」


 人間とは到底思えない悲鳴を上げ、俺の喉を放した。

 俺は力の限り杉田美穂を蹴り飛ばし距離を離す。

 杉田美穂の腕から煙が上がり、肉片だろうか腕から溶け落ち骨が見える。

 先ほどの余裕の表情とは打って変わって苦痛の表情を向けていた。

 バイクが到着すると俺は急いで後ろに乗った。


「何で、何でっ!」

「俺はお前に対する対抗策を持ってるが、教えてほしければ捕まえてみろ」


 バイクは急速発進させその場を離れた。

 杉田美穂はバイクの跡を追いかけるようにその場から飛び出した。


「端山さんありがとう」


 お礼を述べるが、ヘルメット被っているせいか聞こえてはいないようだ。

 俺は後ろを振り返り、来ているかを確認した。

 周囲は田んぼだからか見晴らしはいいおかげか、四つん這いになり犬のように追いかけてくる姿が見えた。

 それも物凄いスピードでだ。

 未だ暴風雨も続き、路面も滑る状況。

 このままでは追いつかれてしまう。

 端山さんは俺の腕を掴み胴体へとしっかり掴むよう指示してきた。俺は従うように掴むとスピードが上昇した。

 これで引き離す事ができると思った矢先、道路の分岐先の片方に雷が前方に落雷した。

 杉田美穂の力か、まるで逃がさない意思を感じられる。

 このままでは曲がれない。車体が倒れかけようとした瞬間、端山さんは足で地面を跳ね除け無理矢理起こした。

 危機的状況は脱したがやはりそこまで甘くはないか。

 俺は後ろを振り返るとまだ着いてきているのを確認する事ができた。

 スピードは先ほどと違い落ちているはずなのに追いつこうともしない。

 そんな疑念を持ちつつ俺たちは幾度の分岐を誘導されるように曲がると、知っている道へと走る。


「この道は……」


 そう云いかけた矢先、数度落雷が目の前の道を閉ざす。

 一本道の所為か、急ブレーキをかけるも間に合わずバイクは転倒した。

 俺と端山さんは吹き飛ぶように転がった。地面に打ち付けられたおかげか全身が痛む。

 いつの間にか追いつかれたのか、杉田美穂は俺の胸倉を掴み上げ放り投げた。

 打ち付けられる背中。不幸中の幸いなのはヘルメットを被っていたおかげで頭のほうに痛みはないが、打ち付けられた衝撃でヒビが入ったのか片方の視界はぼやける。

 全身が痛む中、視線を周囲に向けた。

 遠くでは未だ動かない端山さんの姿、そして田んぼに俺の背中にあるのは巨木。

 そして草木も生えない広場に見知った俺の家。

 あれだけ遠回りしながらも結局戻ってきたというわけか。

 近づいてくる杉田美穂。

 髪の毛は真っ白になり、皮膚という皮膚は皺だらけ。まるでその姿は老婆だ。


「あなたのせい。あなた達が逃げたおかげでこうなった。本来ならあれだけだとこんな事にはならなかったはずなのに、教えなさいっ!」

「は、はは、ははは」


 圧倒的有利な状況なのに焦っている事に対して思わず笑ってしまった。


「……もういいや。さようなら」


 振り上げる腕、このまま振り下ろされれば俺は死ぬな。

 こんな時でも冷静になるとか失笑せざるを得ない。

 しかし、動作が遅いな。雨も水滴としてゆっくりにしてね?

 そういえば死の瞬間は脳処理が活発になり、思考速度は上昇し周囲の動作は何十倍何百倍もゆっくりになるとどこかで聞いたことあるな。

 走馬灯そうまとうなのか、お憑き様関連が脳裏を過る。

 丹波家で見た巨木とお憑き様の絵。

 教授は云っていた、媒体となる物があれば動く事もできると。

 ならその媒体の大元はいったいどこに?

 目の前の存在はこんな状態だろうがあくまで借りてる肉体、本体は動けないでいるはずだ。

 こいつは自ら云っていたはず、この村は私の影響を受けていると。

 私の影響を受けていると言う事は昔からあった物体・・・・・・・・

 降臨した神様はその物に宿る。

 この村が存在し、昔からあったと云われる物だと――――。

 俺は呪印石を巨木へと押し当てた。


「―――――――――――――――――っ!!!!!!」


 杉田美穂は苦しむように悲鳴を上げた。

 金切り音というよりもエイリアンなどが叫ぶと表現したほうが正しいか。

 俺は巨木に背中をそのまま預け杉田美穂の様子を見ていた。

 顔面の皮膚は溶け髪の毛は全て抜け、地面に崩れ落ちた。


「なん……で……ま…………そ……れは……」


 手にあった呪印石を見て杉田美穂は理解した様子だ。

 手を伸ばすも俺に届く前に見えていた骨は先から崩れさり、もう触れる事はない。

 残った部分も溶けるように地面に消え、杉田美穂というお憑き様の存在はもう跡形もなくなった。


「ようやく終わった……。さようならお憑き様、いや杉田美穂さん」


 全身が怠かろうがこの場を離れ倒れている端山さんを起こさないと。

 そう思い立ち上がろうとするが、起きられない。

 誰かが背中を引っ張る感触。

 振り返ると身の毛がよだつ感覚を味わう。


「何でこいつは、こいつら・・・・は」


 巨木に浮かぶ顔。

 それも一人ではない、膨大ぼうだいな数の顔が巨木の表層に浮かぶ。

 そのうちの一つに杉田美穂の表情もあった。

 こちらを恨めしそうに睨みつけていた。

 まさか、これは……。

 一刻も早く離れないと、そう思うも掴まれて離れられない。

 ただでさえ力が入らずにいる、少しずつ少しずつ巨木に飲み込まれているのが分かる。

 俺もこいつら同様に仲間入りさせるつもりだ。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。俺はお前達とは違い帰るんだ。あいつの所へ戻るんだ。取り込まれてたまるかっ!」


 目を瞑り、力の限り離れようと踏ん張るが体力が持たない。

 すると誰かが俺の腕を巨木とは逆方向へと引っ張り始めた。


「力を緩めないで踏ん張って下さい!」


 聞き覚えのある声だが、今は気にしてる暇はない。

 声の通りに従い、力の限り踏ん張る。

 すると引き千切られるボタンに上着も破れ脱出は出来た。

 と同時に落雷が巨木に降り注ぎ落ちる。

 落雷の衝撃とともに吹き飛ばされる俺ともう一人。

 地面に叩きつけられ俺は燃え上がる巨木を確認すると気を失うように目を閉じた。


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