第9話

 解散したあと俺と千鶴は神社へ。

 つまりは千鶴の実家へとやってきた。

 唯一ある町、いや村の神社だからか小さながらも一般的な神社と変わらない構造。

 広い敷地内には神社である本殿に拝殿、家屋、蔵。

 拝殿と家屋の間には廊下が繋がれて行き来ができるようだ。

 鳥居とりいと神社の間の広間には横幅三メートル程度の通路用石畳みが敷かれ、中央には四方五メートルほどの石畳が敷かれていた。

 家屋には千鶴のご両親と千鶴が住んでいる。

 千鶴は玄関を開け俺はその後ろをついていくように入った。


「千鶴お帰り、今日は早かったな。千奈ちゃんと遊びに行ってたんじゃ……何で君がいる」


 千鶴の父親である丹波たんば文彦ふみひこさん。

 古くから代々、神主として続いてきた丹波家の現当主でもある。

 今日は神主としての仕事がないからか私服を着ていた。

 俺の顔を見るなり徐々に不機嫌になっていくのが手に取るようにわかる。

 そんなに睨まないでくれ……。

 これのせいで胃が痛むが、今は気にしてる暇はない。


「突然押しかけて申し訳ありません。今回はお伺いしたいことがあって来ました」

「君に用があってもこちらには君に用がない。さっさと帰りなさい」


 相当嫌われてるとは。

 仕方がないか、そりゃ可愛い娘と一緒にこんな男が来るんだもんな。

 

「ちょっとお父さん! 今後に関わるの重要な話があるんだからちゃんと聞いてよね!」

「なっ……今後に関わる……」


 文彦さんは娘の言葉に思わず放心してしまった。

 絶対勘違いしただろこれ、それに千鶴の云い方も間違ってないんだけど間違ってる。

 すぐさま訂正しないと。


「ええとですね、今回来た要件と云いますのはこの地に関する情報を聞きにきました」

「………………情報?」

「はいっ、毎年のようにお祓いしていると伺いましたので、その件にまつわることです」


 文彦さんは自身を落ち着かせるように咳払いをすると、俺を上がらせた。

 和室の客間へと通され、俺と千鶴はそこに座って待つことになった。


「おじさん腹さすってるけど大丈夫?」

「あ、ああ。ちょっと気苦労でな」

「なにそれ、あははっ! お父さんは怖い顔してたけどどうしたんだろうねー」


 いやお前があんなことを、っと云っても無自覚だからしょうがないが。

 しばらくするとふすまが開かれ女性がお茶を運んできた。

 文彦さんの奥さん、つまり千鶴の母親である美代みよさんだ。


「いつも娘がご迷惑かけてすみませんねえ。よくこの子ったらが箕原さんの家へと遊びに行っていると聞いていたのに、菓子折り一つ持っていかなくて。娘はご迷惑はかけていないでしょうか」

「お気遣いありがとうございます。確かにうちによく来られますが、迷惑はそんなにかかってませんよ。振り回されていますが、むしろ元気なぐらいで良い子だと」

「そうなんですか、それは良かったです。娘ったらよく箕原さんの事を嬉しそうに話していたので、あの時以外全くうちに来られないでしょう」

「ちょっ、お母さん!」


 千鶴は慌てて俺の耳を両手で塞ぐ。

 もう聞こえてんだが、あえて聞かなかった事にしよう。

 そんなやり取りに美代さんは嬉しそうに微笑む。

 咳払いが聞こえると、文彦さんがいつの間にか客間に入っていた。

 手に持っているのは一冊の古びた本らしきもの。


「彼と話がある。要件を済ませてさっさと帰ってもらうので気遣う必要はない」

「もうこんな事云って、うちの主人も箕原さんの事気にかけていましたのよ。私にお茶を出させる時も」

「いいから出なさい!」

「うふふ、はいはい」


 ふうっとため息をつく文彦さんに俺は少し親近感を覚えた。

 手に持っている本をテーブルに置き開くと、そこに描かれていたのは人物画。

 中心には複数人が囲うように拝むように土下座をし、中には貢物のような物を差し出している絵。

 多分これが当時の状況を描いた絵という事だろう。

 中央にいるのがお憑き様って所か。


「いつまでそうしているんだ」


 文彦さんの言葉に気が付き俺の両耳を塞いでいた千鶴の手は慌てて離すと、あははと笑いながら俺の横に座った。

 気まずい雰囲気を漂わせるが、話を切り出さないといけない。


「えと、これは?」

「これは曾祖父が描いた隠岐村に関しての本だ。隠岐村というこの横小見町が合併される前の村の風習の一つで、その時に崇拝していた神ともいわれるお憑き様を現した絵だそうだ」

「やはり。一つお聞きしたいんですが、これは前に富加という男性の方に見てもらいましたか?」

「富加、富加……ああ、思い出した。昔確かに一人の男性がここに来てこの巻物を見ていたな。大変興味あり気にしていたのは印象に残っていたよ。しかし、何故君がそのことを知っているんだ?」

「元々この情報はその富加さんからお聞き及んだものでして」

「なるほど、今は何をしているのか聞いているかね?」

「今は大学の民俗学の教授をして。この謎について研究は続けているそうです」

「そうか、この事に関して興味を示す者は少なかったが、今でも続けているのか」


 文彦さんは嬉しそうにする。

 マイナーなものに関して興味を惹かれるのは嬉しいのだろう。

 服を引っ張ぱられる感触に気づき、千鶴が「おじさん、話さないの?」と耳打ちをしてきた。

 俺は「ああ」と云い頷き返事する。


「感傷に浸っている所申し訳ないのですが、今回の要点として当初申し上げた通り、お憑き様の力を取り除くお祓いに関して詳しく聞きたいのです」

「……なるほど。ちなみに君はどこまで理解しているんだね?」


 俺はこれまでの経緯、七月に入れば死者がでる事、教授の家で話していた端山家の出来事などを話した。

 話をしていくうちに文彦さんは神妙な面持ちになっていく。

 一通り話終えると文彦さんはそうかと呟き黙る。

 暫しの沈黙ののち破るように文彦さんは口を開く。


「確かに君の云う通り代々当主は七月頃にお祓いという名目で、お憑き様の力を取り除くための儀式をしてきた。しかし十年前ほどから力は急激に弱くなるのは実感していた」

「何故そうなったのかはわかりますか?」

「わからない。だが、そうなってきているのだろうとは薄々勘付いていたのはある」

「そもそも、お祓いというのはどういう形式で行いやっているのですか?」

「そうだな。これを見てほしい」


 広げていたページに指を指す。

 川に溺れている子供。俯き顔色悪そうな表情の老人。祈りを捧げてる男性。赤ん坊を抱えて泣いている女性。


「地獄絵図ですね」

「ここは元々この神社の近くと云うのがわかっていた。しかし、とある年に落雷や洪水、流行り病などが頻繁に多発し災厄が起きた。場所を移し、そこに神社を建て出来たのがこの神社と云うわけだ」

「なるほど、それでそこの神主として任されたのが丹波家ってわけですね」

「あくまで神主としてならがだ」

「?」

「丹波家としてこの神社を任されたが、村の統括として任されたのは別にいる」

「別の……あっ!」


 俺は思いつくようにハッとした。

 千鶴はよくわかっていないのか首を傾げ唸っている。


「どういうことなの?」

「つまり村全体の内部で役割分担があるんだ。そうだな、学校の委員で例えると指揮し決めるクラス委員長が御堂峰家。丹波家は災厄と云う乱れを正す風紀委員かな」

「千奈の所は大地主らしいけど、千奈はそういうタイプじゃないよ?」

「まあ今の子はそうだろうな。だけど昔は村社会である以上規律のようなものは存在するはずだ。名残だって今でも残ってるだろうし」

「ふーん、そうなんだ」


 気のない返事に対し俺はまあ実感わかないのはしょうがないかと思った。

 俺だって何となく理解して云ってるだけだし。

 文彦さんはページをめくると、巨木が、そして浮かぶようにお憑き様が描かれていた。

 そして周りを囲む柵と贄。


「これは生贄ですか?」

「ああ、これが今のお祓いに関わり合いがある図だ。これを参考に丹波家は厄払いをしてきた」

「だけど、これだと人を使ってる風にしか見えないのですが」

「もちろん実際の人間を使っているわけではない。人間の代わりに人に見立てた人形を使い行うのが習わしだ」

「ちなみにお祓いする場所は?」

「鳥居の近くの広間。石畳を中心とし、周囲に柵を張り人を近寄らせないようにする。当日は祭りと重なる事もありお祓いの開始は夕暮れ時からだ。拝殿はいでんにおいてある管絃かんげんの楽器が鳴り始め巫女が祝いの舞を躍る。中央には井桁いたげ型の牧に炎が立ち上ると、その中に人形を放り投げ祝詞のりとを唱え。終えると終了だ」

「なるほど。神話の有名な話で天照大御神もどんちゃん騒ぎで顔を覗かせたというほどだし、他の神様含めお憑き様も祭りごとには例外ではないと云った所ですか。お憑き様が降臨し満足させ災厄を発生させないと」

「その通り」

「ちなみに祭り含めそのお祓いの日は決まっているんですか?」

「毎年七月二十五日になっている。雨が降れば中止せざるを得ないが後日開催となる年もあった。基本は七月下旬と思ってもらっていい」

「下旬ですか、ちなみに去年も二十五日にしたのですか?」

「ああ。いつかは知らないが雨が続き四日遅れの二十九日となった年もあるはずだ」

「二十九日、八月に入ってから開催されたとかは?」

「聞いたことも文献にも載っていないな」

「つまりどんな遅くても七月以内にですか」

「その通りだ」


 祭りの開催が七月二十五日。

 そういえばあの新聞記事でも七月下旬だったな。

 つまり今年はそれまでがタイムリミットかもしれないと考えてもいいだろう。

 俺が考え事をしていると文彦さんは本を閉じる。 


「さて、もういいだろ。話は終わったはずだ帰りなさい」

「……わかりました」


 まだ聞きたいことは山ほどある。

 だが今は必要な情報を聞き終えたし、渋々と云った表情で立ち上がった。

 俺は部屋を出ようとした際振り返る。


「最後に一ついいですか?」

「なんだ」

「本当にお憑き様の存在っていると思いますか?」

「……わからん。だが、いるにしろいないにしろ私達がやる事はこれからも変わらないだけだ」

「そうですか。そうですね、ありがとうございました」


 云い終えると俺は丹波家を出た。


「おじさん、ごめんねー。お父さんおじさんが来るとムスッとするんだもん」

「いいよ。気にしてない」

「あ、そっだ。祭りの当日、あたしも巫女服を着て楽器を使うんだよー」

「へえ、去年はこの町に居なかったから今年は見れるかもな」

「うん、見ててね。あたし今年は頑張るからっ!」

「ああ」

「それからね。終わったあとね、一緒に……一緒に回ろう」

「あー、そうだな久々に出店巡りするのもいいか」

「うんっ!」


 元気な声で返事する千鶴の表情は屈託のない笑みを見せる。

 なんだかこっちまで照れるな。

 そんなやり取りをしていると大きな咳払いが聞こえた。

 文彦さんが睨むようにこちらを見ていた。

 あははと空笑いすると、千鶴と別れ家路へと着く。

 家に到着しリビングへと向かうと目の前の光景に愕然とした。

 スマホを取り出すと電話をかけ出す。


「もしもし警察ですか? 泥棒に荒らされました」


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