第8話

 店を出ると天気は相変わらずの晴れ晴れとした快晴。

 喫茶店内との温度差に暑さで額が汗ばむ。


「おじさんまだ?」

「もうそろそろ教授の家へと着くはず」


 周囲を見渡せば高級とついていいほどの住宅街。

 それも一軒一軒が広い。


「ここのはずだ」


 到着すると富加と書かれている表札がかけられていた。

 他の家とは違い洋館風な家、少し古びた感じな印象を受ける。

 スマホのマップにも到着であろう点は丁度ここを指していた。

 チャイムを押し、しばらくしたら玄関が開かれた。

 出てきたのは和風の着物を着た品のある女性が出てきた。

 歳からして五十ぐらいだろうか。

 女性は俺達を見ると頭を下げた。


「箕原様ですね。よくお越し下さいました。主人がお待ちしておりますのでどうぞお上がりください」


 主人と云った。

 奥さんなのだろう。

 俺達は案内されると、客間に通された。

 中に入ると教授ともう一人の客人らしき人物と資料らしき物を見て語り合っていた。

 そのもう一人の人物の顔がこちらに向けられると俺達はその人の事を知っていた。

 人気絶頂、数々のドラマや映画など出演して多くの女性ファンを魅了させた男。

 端山治正その本人だ。


「やあ初めまして。端山治正です。君達が富加さんが云っていた箕原さんに丹波ちゃんだね。それから、丹波ちゃんのお友達かな」

「どうして端山さんが?」

「それは」

『キャーーーーーーっ!!!!』


 云いかけた矢先、千奈と千鶴の黄色い歓声によりかき消される。

 二人は俺を押しのけるようにどかされ、端山に詰め寄った。

 無理もなかった、特に十代女性にとってはまさに憧れの白馬の王子様的存在の男性が目の前に現れたのだから。

 唯一、杉田さんは俺を心配してくれるように支えてくれた。

 

「ありがとうございます」

「いえ、それにしても二人ともすごいですね」

「まあ、ただでさえ芸能人は珍しい上に、特に話題沸騰中の人が目の前に現れたら」

「え、有名な方なんですか?」

「え?」

「え?」


 機械類さえ扱えないって云ってたし、まさかテレビも?

 いやしかし、あり得るのだろうか。

 世の中色んな人がいるわけだし、と思い込むように意識を変えた。

 今は二人の暴走を止めないと。


「二人とも離れなさい」


 俺は千奈と千鶴の首根っこを掴み無理やり引き離した。

 二人は俺を睨みつけるような視線を向ける。

 怯みそうになるが怯んでは駄目だ。


「確かに気持ちもわかるし、特に芸能人。人気俳優と会うなんて機会滅多にないわけだ。だけど、距離感を掴めないと逆に迷惑をかけてファン失格だぞ」


 俺の言葉が効いたのか二人は残念そうな顔をしながらも渋々と引き下がる。


「二人が迷惑かけて申し訳ないです」

「いや、こんな熱烈なファンに会えるなんて僕としても芸能人日和に尽きるよ」


 と、にこやかな顔をして千奈と千鶴に手を振った。

 再び歓声があがった。

 俺は再び二人を落ち着かせると、テーブルを中心として囲うように座った。


「さて落ち着いた様子だと思うが、まずは紹介をしよう。彼は端山治正。皆も知ってる通り、現在活躍中の俳優であり、この横小見町出身者でもある」

「え? なら連絡した人物ってのが」

「ああ、彼だ。と云っても彼は幼少期にここにいただけであって、その後祖父母に引き取られたようだが」


 教授のあとに続けるように端山が云う。


「ええ、今から十五年ほど前だったか。僕はまだ小学生二、三年になる時、当時中学の兄とともに町の外に住んでいる祖父母の所に預けられた。その当時は僕は何が何だかわかんなくて不安だったけど兄も同じような気持ちだっただろう。事情は祖父母には一応知らされ、僕が高学年になる際に教えてくれた」

「なるほど、なら教授が端山さんと知り合いになったのはその小学生のときと?」

「ああ、私が彼と知り合ったのも引っ越してきた当初。引っ越しで転入してくる子は少なからずいるが、特殊な事情だとは。担任だった人から聞き及んだ。そして私は興味が出始め彼が卒業とともにこの地へ足を運び、大学教員となりこの場所へと住むようになった」

「行動的ですね」

「学者である以上は興味を引く物ばかりだからな。まあ彼とは定期的に連絡していたので君達の事を話したら大変興味をもったらしく、急遽きてくれたのだよ」

「仕事のほうは大丈夫なんですか? 人気俳優だし、急遽って事はまだ明日にでも仕事があるんじゃ」


 俺の言葉に同意するように頷く千鶴と千奈。


「確かにまだ仕事の依頼はきてるが、そこはマネージャーや社長が事情を察してくれて数日間はここに居られるよ」

「数日。なら丁度良かったです」

「箕原くん、どういうことかね?」


 教授は俺に疑問を投げかけた。

 俺は杉田さんから貰った新聞のコピーを取り出すと、テーブルへと広げる。

 杉田さんからもらった情報を教授と端山さんに伝えた。

 二人は驚きつつも納得した様子で新聞記事を見つける。

 そして新聞の記事に載っていた被害者の名前には端山治正の両親と兄という事を知る。


「確かにその理論で考えるなら、合致はする。七月からの事故と隠岐村の関係性は確かにあり得るかもしれんな」

「ええ、ですがあくまで関わり合いがあるかもしれないという点。それに被害者達の関係性。そして完全に連鎖を断ち切る方法がわかれば……」

「箕原くん、丹波くん。前に私が君達に話した内容は覚えているかね?」

「確か隠岐村についての風習でしたっけ。生贄関係やお憑き様などと」

「その通り。まだ続きを云う前に終わったが、あの話の続きとしてキモとなるのが、そのお憑き様と呼ばれる存在だ。お憑き様はその地に住み憑く土地神のような存在」

「土地神だから土地を栄えさせるでしたっけ?」

「そうだ、その栄える為には代償として生贄が必要」


 土地神、生贄……。

 まさかと云う表情を見せた俺に対し教授は頷いた。


「毎年の生贄に選ばれた人選で、この被害者達の中にいたのだろう。そして丁度町の外で死亡した。もしくは七月になってから町の外へ逃げようとしたが、と私は考えている」

「そもそも生贄に選ばれるタイミングとかあるのかな?」


 そう千鶴は云った。

 確かに生贄は男女問わずランダムだけど、隠岐村の住民から選ばれるのは間違いはない。

 他に何か条件はあるのか?

 確かさっき、端山さんの両親は息子達を町の外にいる祖父母へと預けたと云ってたな。

 何か関係が。


「端山さんはご両親が生贄になるよう、事前にわかっていたんじゃないですか?」

「確かにあの時の事は鮮明に覚えているよ。父と母も今の状況がまずい事がわかっていたらしい」

「状況?」

「最初は何かしらの嫌がらせで手紙などがあった。最初は無視していたらしいが、次第に激しくなり空き巣で部屋を荒らされ、強盗にまで」

「んん? え? いや待ってそれ呪いに関することじゃないですよね?」

「確かに普通はそう考えるね。僕も教授も実際この話でおかしいとは思ったよ。だけど、その後に調べてみたら、毎年誰かしら同じような嫌がらせを行われていると知った」

「なら警察に通報でもすれば動くんじゃ」

「村社会である以上、手を差し向けるわけにはいかなかったんだと思う。もちろん警察も含めてグルかと」


 今以上に閉鎖的空間な所があるからかいじめに似ているな。


「ひどい! どうして端山さんの家族が巻き込まれなきゃならないの」

「そうよ。助け合うのが普通でしょ!」


 と、話を聞いて怒る千鶴と千奈。

 二人の言い分は確かに一般的な意見ではある。

 ただ、理不尽な話ではあるが俺は他に気になる点があった。


「どうしてそこまでして追い出す必要性があったんだろう」

「おじさん、どういう事?」

「いやな、ただ七月に町の外で死亡した人達の中で端山さんが一番不思議でしかないんだよね」


 俺は新聞記事に指を指した。


「端山さんのご両親とお兄さんが仮に呪い殺されたとして。どうして端山治正一人だけ助かっているのだろうか。その前も町の外に出たお兄さんと二人は生き残っているという点」

「確かに箕原くんの云う通り、普通に考えれば七月以降町の外に居るのなら彼も死亡してもおかしくはないはずだ……。だが、血縁である以上呪いは関係あるとしたら続いていると考えていいだろう」

「つまりは兄はこの事実を知らず七月に隠岐村に滞在、そして出ていこうとした際に呪い殺されたのか……」


 俺の言葉に悔しそうな表情をする端山。

 その表情からは役者としての演技ではなく、本心から悔しいとみてとれた。

 そんな悲しさを払拭させるように千鶴は云った。


「大丈夫ですよ。この呪いの連鎖はおじさんが解決しますから。ねっ、おじさん」


 千鶴の言葉とともに注目の視線が俺に集まる。

 云った当の本人は期待の眼差しを俺に向けていた。

 そうだな……。確かにこの連鎖を終わらせないとだめだ。

 被害はより多くなる。下手したらここにいる皆も……俺がって、無理だ!

 事件を解決する名探偵や、小説家や漫画みたいな主人公なわけじゃないし流石に。

 確かに杉田さんとか流されていきそうになってたが。

 流石に手に負えなさそうな事、失望されようが断ろう。

 そんな矢先、教授の膝を思いっきり叩く音が聞こえた。


「彼なら大丈夫だろう。何せあの百日結界を抜け出してきた男だからな。私は期待しているよ」

「私も箕原さんならできると信じてます」

「これだけ期待されているんだ。僕も君を信じてみるよ」

「ふーん。これだけ云われてるんだ、無理何て云わないよね」


 何これ……。

 味方は皆無。

 断れない雰囲気を醸し出す。

 というより断るという選択肢を潰された……。


「あ、ああ」


 思わずそう返事した。

 いや、そう返事せざるを得ない状況を作られた。

 内心諦めモードにならざるを得ない。

 仕方がない、俺はそう思いながら腕を組むとうーんと唸った。

 今までの出来事を思い出しながら、難しい顔をしているだろう。

 こういう場合は一人一人の役割を分担したほうがいいか。


「端山さん。当時のご健在だったときのご両親とお兄さんが亡くなる前に何かやっていたりわかりますか?」

「いやまだわからない。だが確か両親が祖父母に云った時でも、呪い関係は云っていた気がする。それにここらに叔父が住んでいるので会っているかもしれない」

「なるほど、でしたらその叔父さんの所で何か情報を集めてもらっていいですか?」

「ああ、任せてくれ」

「教授は、ここの宗教関係などを調べてもらっていいでしょうか。」

「何故だい?」

「結局神様や仏様。そういったものに出てくる場面っていえば必ず宗教が絡んでくるわけです。いつかはわかりませんが、お憑き様が登場した時から、ここ最近までの宗教絡み。もっと云えば儀式的な事を調べてもらったほうがよいと思うので」

「なるほど、それは考えもしなかった」

「次に杉田さんと千奈ちゃんは、今回の件を見なかった聞かなかった事にしてくれませんか?」


 思わぬ言葉だったのか千奈は激怒した。


「何でよ! あたしだって今回話を聞いて苦しんでいる端山様の役に立ちたいの! それに千鶴はどうするのよ」

「今回の事で関わり合いがあるから、どうしても一緒に情報を集めてもらう必要があるんだ」

「それならあたしだってできる。何せあたしは横小見町での昔からある大地主の娘なんだから。情報は集まるはずだよ」

「道理で御堂峰と聞いてどこかで聞いたわけだ」

「教授というと?」

「彼女の云う通り、御堂峰家は合併前の隠岐村から存在している。代々村の代表としているが、存続を守るために当主が賛同したわけだが。まさかそのご令嬢だとは」

「これで分かったでしょ?」


 俺はため息をつくと分かったと云い認めた。

 流石にこの状況で杉田さんを除け者にするわけにはいかず、仕方がなく認める方向へと話は進んだ。

 結果、この場にいる全員が情報集めに関わるようになった。



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