第7話

 次の日、俺は駅前の広場にいた。

 土曜だからか周囲を見渡せば人の多さが伺える。

 腕時計を確認すれば針が十時を指そうとしていた。

 自身の服装を全身を見回すように確認した。

 汚れなし。

 変な所はなし。

 今日は待ちに待った約束の日。杉田さんとのデートだ。

 いや、落ち着け俺。深呼吸だ深呼吸。

 あくまでデートと思ってるのは俺だけかもしれん、向こうはたまたま行きたい所があって俺を誘っただけだ。浮かれてるといけない。

 三十分ほど経ち、未だ杉田さんの姿は未だ見えない。

 日にちと場所間違えたか?

 すると小走りでこっちに向かってくる人物が一人見えてきた。

 杉田さんだ。


「遅れてごめんなさい。待ちましたか?」

「いえ、大丈夫です。俺もさっき来た所ですよ」

「それなら良かったです」


 ほっと胸を撫でおろす。

 服装はワンピースだろうか、ティアードデザインと呼ばれるもので、青色の縦のストライプと腰のウエストマークが体のラインの細さを強調するように示していた。

 更には麦わら帽子が服装とのコントラストを極まらせているので、俺は思わず見惚れてしまった。


「どうしました? もしかして私の格好何か変でした?」

「いえ、とても格好がお似合いなので」

「ふふ、ありがとうございます」

「それでは行きましょうか」


 歩いて五分程度だろうか、一件の店が見えてくる。


「あそこです」


 カフェに到着すると確かにモダンな感じだ。

 チラっと窓から中を覗くと、よくあるフランス風というかパリ風みたいなカフェだった。

 開店しているからか扉にはopenの板が掲げられている。

 入口付近には手書きのプレート置きがあった。


「今日はケーキセットがお得なようですね」

「そうですね。中に入ったら頼んでみましょうか」


 中に入ると、店のマスターと思わしき人と若い女性のウエイトレスがいた。

 時間的に開店したばかりか客はまだ少ない。

 俺達はウエイトレスに案内され外を眺められるテーブル席へと案内される。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「それじゃ、外の看板にもあったケーキセットを二つ」

かしこまりました」


 ウエイトレスの女性は離れマスターの元へと行く。

 俺は外を眺めるとゆっくりしているのか時間が遅く流れる。

 店の雰囲気に合わせているのかジャズが流れていた。


「箕原さん、今日は私のわがままに付き合っていただき、ありがとうございます」

「いえいえ、俺も中々このような場所に来る機会がなかったので良かったです。小説の参考になりますよ」

「それはよかったです」


 そのまま黙ってしまう。

 浮かれてて何を話せばいいのか考えてなかった。

 次の会話をして弾ませないと……。


「そう云えば丹波さんはどうしているんですか? いつも一緒にいるようですが」

「今日は友達と一緒に遊びに行ってると思います。友達付き合いも大切だから」


 本当は今日も俺と一緒にいるはずだった。

 が、今日のこともあってか、俺が言いくるめる事に成功した。

 実際、最近ほとんど俺と一緒にいる事が多かった事もあって、友達付き合いも大切だと云う事を力説し、納得はしていない様子だったが渋々了承してくれた。疑いの目はあったが。

 そんな俺の言葉に納得したのか、杉田さんは「そうなんですね」と云った。


「そう云えば、渡したい物があったんです」


 鞄から数枚の紙切れを取り出し俺に見せてきた。

 肌ざわりからして、コピー機で印刷した用紙のようだ。

 手に取ると、あの新聞の記事に載っていたバス事故に山崩れなど。

 内容はこの前、図書館で調べていたニュース記事と同じ。


「これは、新聞記事?」

「はい、箕原さんの小説の参考になるかと思いまして」


 流石に一面全部を1枚にすると文字が小さくなり見えにくくなるからか、見出しと記事内容を複数コピーされていた。


「どうしてこれらを杉田さんが?」

「あのあと、図書館に戻った際に箕原さんの調べていた物がどんなのか気になりまして。そしたらこれと関わり合いがあるなと思い、新聞記事があったのを思い出してコピーしてきました」

「なるほど。まあ確かにあのときビックリして慌てて隠してしまったような感じになりましたしね。しかしあの本の内容とこれらとなんの関わりが?」

「実はですね。これらの被害者はここの出身者なんですよ」

「えっ?」


 思わず俺は驚きの声を上げる。

 そして新聞に記事の中にある人名に目を向けた。


「この五名がこの町の出身者なんです」


 伊藤守いとうまもる(56)、三森蘭みもりらん(32)、端山憲明はやまのりあき(28)、山元健司やまもとけんじ(41)、江ノ島律子えのしまりつこ(26)。


「更には今そちらに手にしてるのも同じように、ここの出身者が載っているんです」


 俺は腐乱死体の記事が載っている表紙を見た。

 そこの死亡者名には青山健司あおやまけんじ(42)、端山春香はやまはるか(46)、端山正芳はやままさよし(48)の三名。

 他は判別できてないのか載っていない様子だった。

 不思議だと思い俺は聞いてみた。


「どうしてこの人達がここの出身者だって事がわかったんですか?」

「噂を耳にして、ちょっと私も気になって調べてたんですよ。そしたらこの記事にいきつきまして」

「なるほど」

「あとこれにはもう一つ。一年に一度の大災害であり、七月中に全員この町ではなく町の外で死んだって事なんです」


 俺は急いで記事を見ると全員が全員、確かに町の外で死亡していた。

 山崩れは二十五日、バス事故は二十八日、腐乱死体は二十九日、日付は違うものの事故が起きた月は全部が全部七月。

 これもあの本に書いてあったお憑き様なる呪いなのか?

 だが死亡時刻も日にちも性別や年齢に至るまで違っている。


「七月と云えばもうあと数日ですね。仮にそれが本当だとしたら、七月中にまた誰かしらが被害に……。しかし、何故全員が町の外なんかで」

「この事実を知った上で町から逃げ出そうとしたのではないかと。それも七月と云う時間制限があったから」

「なるほど、解決できないからか……」


 まるで死神にとり憑かれているのようだ。

 次にまた七月が来たら誰かしらが解決まで導かないといけないとは……。

 謎が深まるばかり。


「だけど、どうしてこの人達が? 他の人達も七月中に町の外へと出ているだろうに」

「もちろん、そう云った人達は多かったと思いますよ。この場合、特定の人物として狙われたんじゃないでしょうか。そしてその人以外は巻き込まれてしまったのかと」

「特定?」

「ええ、もしかしたら対象者の人達には他に何かしらの共通点があるかもしれませんよ」

「なるほど、ならそれを上手く見つけるのが鍵ですね。じゃないと、また同じように被害の大きい災害に遭うと」


 俺の言葉に杉田さんはコクリと頷いた。

 テーブルの上に置いている、新聞記事のコピーを手に取り内容を改めて見る。

 共通点か、なんだろ。わからん……。


「私は箕原さんならきっとできると信じています」


 そんな俺の手を杉田さんは両手で握るように掴む。

 そして真剣な眼差しで俺を見つめる。

 普通なら驚く所だろうが、何故か不思議な事にそうしなくちゃいけないと云う感覚に陥る。

 俺は握り返そうとした矢先、声をかけられた。


「その点は心配されなくても大丈夫。おじさんはあたしと一緒に解決方法探すから」


 聞き覚えのある声。

 そんな声に俺はゆっくりと振り向く。目に移ったのは千鶴であった。

 表情は無表情。いや、明らか怒っていた。

 千鶴は無言で俺と杉田さんの手を無理やり手を引き離す。それも力強くだ。

 そして俺の隣に千鶴はドカッと音を立て座る。

 無言で杉田さんを睨みつける千鶴。

 何これ怖い……。

 委縮し困惑していると、千鶴とは別にもう一人ヒョコっと現れた。

 千鶴と同じように髪を染めているせいか渋谷のギャルのような印象を受ける。

 千鶴と同じ年齢ぐらいだろうか、女性は杉田さんの隣に座る。


「へえー、これって修羅場ってやつ? この人が千鶴のよく云ってたおじさん? おじさんじゃなくお兄さんって感じだけど。想像してたよりも若いって感じ。実は見た目よりも結構年齢いってたり?」

「えっと君は?」

「あたし? あたしは御堂峰みどうみね千奈ちな十六歳の女子高生でーす。せっかく千鶴が遊びに誘ってくれたのに、この店の前に通りかかったら急に店の中に入って行くんだからビックリだよ」

「ああ、同級生なのか」

「そだよー。千鶴と同じ文枝氏高校の生徒。それにしてもすごいんだよ。千鶴ったら休み時間の度におじさんの話をよくするし。そこまで云うんだからって、どんな人なのか気になってたし。けど実際見てみたらイケメンでもないし冴えなくない?」


 慣れ慣れしさもあるが、本人を目の前に思った事をズバズバ云う子だな。

 見た目からして面食いそうな感じの子だし、俺自身実際そう思われててもしゃーないわな。


「千奈!」


 千鶴はテーブルを強く叩き、千奈を睨みつける。

 そんな千奈は予想していなかったのか動揺するように頬をかく。


「ごめんってば、まさかそこまで怒る事ないじゃない。それに実際」


 これ以上険悪なムードになるのは非常にまずい。

 そう直感が働く。


「まあ二人とも落ち着けって、他のお客さん達が見てるから」


 実際さっきの一連のやりとりがあってか、他のテーブルに着いていた客やマスターやウエイトレスの女性も皆こちらに注目するよう見ていた。

 気づいたからか小さく「ごめんなさい」と呟くと収縮するように恥ずかしそうに俯いた。

 千奈も理解したからか、口をつぐむ。


「せっかくの休日なんだし何か奢るからさ。な」


 俺の言葉に二人とも頷く。

 丁度良くウエイトレスの女性がケーキセットを二つ持ってきてテーブルの上に置く。

 邪魔にならないように新聞記事のコピー用紙はまとめ端っこへと置いた。


「おじさん、同じので」

「へいへい。御堂峰さんも同じのでいいかな?」

「いいよー。あと千奈でいいからねー」そう云い、千奈は頷く。


 ウエイトレスの女性に追加のケーキセットを二つほど頼むと、承りましたと云い離れていく。


「ところでさ、気になってたんだけどその紙って何?」

「ああ」


 俺はまとめた数枚の新聞記事のコピーを千奈に見せた。


「これって新聞記事?」

「ホラー題材の参考になるだろうって。実際に気になった点もあったし」

「古くない? これなんか十年前だよ」

「ああ、だけどそこに書いてる人物がこの横小見町の出身者なんだってさ」

「この町の?」

「何かしらの関わり合いがあると思うしそこらから調べていこうと思ってる」

「ふーん。ならおじさんはこのお姉さんと一緒に行くの? それとも千鶴と?」

「え、あー……」


 思わず言葉に詰まる。

 どちらの選択をしようと失敗しか見えない。

 逃げ出そうにも座っている席は窓側、物理的に逃げ場はない。

 三人の視線、いや千鶴と杉田さんの視線が強く刺さる。

 視線が泳ぐその最中、千奈は手で口を隠して笑いを堪えているのが見えた。

 こいつ、こうなること分かっててわざと言っただろ……。

 俺は内心イラっとした。見てろよ。


「わかった、どちらを選ぶってのは出来ないから、皆で行こう。目的は皆一致してるわけだし、だったら一人より二人、二人より三人って皆一緒に探したほうが早く見つかって上手く情報共有できるわけだし」


 どうだ。上手く交わせて、なおかつ先に進める。

 下手にどちらか一人を選択しなくてもいいわけだ。

 論理的かつ完璧な回答、そう俺はドヤ顔した。

 だが、俺の答えに三人ともガッカリした表情を向けた。


「おじさんそれはないよ」

「そうですね。この場合は……」

「男らしく決めなよ」


 三人が三人、俺の事を非難するように攻めてきた。

 バツが悪おうな顔をする俺に対して三人はふと笑う。

 さっきまで犬猿の仲のような千鶴と杉田さんまでもが楽しそうに。

 その後ケーキセットが到着するとガールズトークのようにワイワイ盛り上がる。

 そしてどんどん注文伝票に料理が追加されていく、計五千円也(税抜き価格)――。

 財布との相談したいが楽しそうだし、まいっか。そう俺は思った。

 ふとポケットの中に入れているスマホがなっているのに気づくと画面には富加実教授の文字が。

 画面をスライドさせ出た。


「箕原くん、突如電話して申し訳ない。私だ」

「先日ぶりです教授。どうしましたか?」

「重要な案件だ。とある人物が急遽きゅうきょ来たので君達に合わせたいのと、それから意見もほしくて、今から会えないか?」


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