第6話

 俺達は店を出た後、富加実の在職している大学を調べるとヒットした。

 隣県の大学、電話をしたらあっさり了承をもらえた。

 大学に到着すると受付に俺と千鶴の名前と電話番号を書き、事務員に説明すると教授がいると云われる一室に通された。

 中に居たのは白髪の男性。年齢的に五十はいっているであろうか。

 教授というぐらいなのだから見た目とは違いもっと年齢がいってる可能性もある。

 他に学生らしき人物はいない。

 どうやら目の前にいるのが富加実本人のようだ。

 今は何かの研究資料をパソコンで作成中なのかこちらに気を取られている様子がない。

 俺達はソファーに座った。

 周囲を見渡すと、本という本が大量に積み上げられ、何かしらの木彫りなどもかけられていた。


「すごいね」

「ああ、各都道府県だけじゃなく海外までの民族の本があるな」

「あっ、あれって、おじさんが気にしていた本じゃない?」


 千鶴の指さすほうへと視線を向けると、俺が図書館で見つけた本だ。


「これが気になるのかな?」


 いつの間にか作業が終わったのか、富加実も対面するようにソファーに座り、土地神と呪いの相関性の本をテーブルの上に置いた。


「すまなかったね。作業に集中してて。次の講義の資料作りが終わったので、少しの間なら君達に付き合える。それで君達があの町の出身者かな?」

「はい。あ、私は箕原敬。彼女は丹波千鶴。本日はお忙しい中、時間を割いてお会いしていただき誠にありがとうございます」

「おっとこれは失礼、先に名乗るべきだった。私は富加実。そんなに固くならなくていいよ」

「はい、えっと教授がこの本の著者だと知りここへ来たのですが」

「確かに私がこの本を執筆した。この本にはタイトルの通り、その土地神と呪いに関する記述を書いている」

「私、いえ、俺はこの最後のあとがきの部分に横小見町の文字を見つけ、何かあの町と関係するのではないかと。それに今なお研究は続いているんでしょうか?」

「結論から云えば関係はあるだろう。もちろん現在も引き続き研究はしている」


 やっぱり、予想は的中していた。


「しかし、君はどうしてそんなことを? それと君達の関係は何か聞いてもいいかね」

「俺は小説家で、元々は俺はここの在住者ではなく他の県から越してきた者です。彼女は地元の高校生。神社の一人娘であり、俺達は百日結界を体験した仲です」

「百日結界だって! 本当に実在したのかね!? どんなのだったか教えてくれ!」

「え、ええ。話しますがとりあえず落ち着いてください」


 教授は驚きのあまり立ち上がると、テーブル越しに俺の肩を掴もうとする。

 だが、俺の言葉によって冷静さを取り戻し、落ち着いた様子で再びソファーに座る。


「すまない。つい興奮してしまって。で、実際どうだったのかね?」

「そうですね。何か物的証拠のような物は一切ないですが、一言で表すなら無限ループのような感覚を味わいました」

「ほう」

「毎日が人、動物、時間、物の動きまで全く酷似しているのだから、自分だけ取り残されているのではないかと恐怖そのものです。行動により、多少変更はできましたが解決まで結びつかなかったのが痛い所でした」

「なるほど。他人の観測に自身が行う事を拒否されたようなものか」

「ええ、多分あのまま俺一人だけだと、まず間違いなく発狂していたでしょう。だけどそうならずにいたのは彼女もまた同じ環境にいたおかげでした。彼女がいなければ解決もせず、今なお彷徨さまよっていた可能性があるかと」


 チラリと千鶴へと視線を向けると、千鶴は顔をほころばせ嬉しそうに笑っていた。


「貴重な体験の話をありがとう。参考になったよ」

「いえ、それにしてもよくご存じですね。百日結界のこと」

「私がこの分野というかこの町に興味を引いた切っ掛けの一つなのだよ。確か丹波神社に訪れたときだったか」

「あたしの神社?」

「ああ、君の名前や百日結界の話を聞いた瞬間、君があの神主のご子息なのだと気づいたよ。それに昔、神社を訪ね千鶴くんのお父上と話した事がある」

「父と?」

「ああ、その時に百日結界の噂を聞き及んだわけだ。もちろん、当時の私は信用せずにいたが資料を見せてもらい興味を引いたわけだ。そう云えばお父上はお元気でいるかね?」

「はい、とても元気です」

「そうか。それにしてもこれは何かの因果があるわけか」


 そう云うと教授は立ち上がり机の上の資料をいくつか持ってくる。


「これが現在分かっているだけの一部の資料だ。君達の役に立てばいいが」


 俺は一冊の本を手に取り開く。

 そこに書かれていたのは、この町に関する記述。

 昔の隠岐村に関しての記述など。

 それまでに起きた事件の数々。

 ……あれ?

 俺はとある事件から数年間を指でなぞりながら、目で後を追う。


「どうして、この十年間事件は沈黙しているんですか?」

「予測なんだが、一時的に浄化されたんじゃないかと思う。つまりは清められたと」

「お祓いですか?」

「そうだ。お祓いは災いを祓うという以外にも、その土地を清める事も兼任させている」

「つまりはお祓いすることによって何らかの災いから退けていたってことですか?」

「そしてその災厄を祓い、除けていたのが千鶴くんのお父上と云うわけだ」

「だけどこれを見る限りまた災いが降り注ぎ始めた感じですが。というかそもそもなぜ災いが発生し始めたんですか?」

「なら逆に問おう。事の発端は何かわかるかね?」

「事の発端? わかりませんが、ただの事件じゃないんですか?」

「過去の歴史にひも解くんだが、歴史と云うのは起源があるわけだ。何かが起き、流れができ、展開が進む。今回の場合これだ」


 教授が指を指すのは土地神と呪いの相関性の本。

 タイトルの部分か。

 ……まさか神とか呪いとか云わないよな?


「神が降り、呪いと云う名の災厄をまき散らしたからだ」


 お、おう。

 まさかの予想通り。

 そんな俺の予想を気にする事もなく教授は続けるように云う。


「問題はそこからだ。そもそもなぜ神。“お憑き様”は地上に降りてきて、災厄をまき散らしたのか。繁栄をもたらせもせず、悪態をついたのか」

「神様ってだから万能と思われるのもしゃくだったからじゃないんですか?」

「確かにそれも正解の一つだろう」

貢物みつぎものが悪かったとか?」


 と、続けるように千鶴が云った。

 まあ在り来たりだが違うだろうと俺は予想した。


「正解」


 また外したか……ってあれ?

 どこかであったような……。

 あっ!


「これってその本に載ってた事でしたっけ?」

「その通り。中身を見てるなら気づくとは思っていたが」

「なら貢物とと云うのは」

「そう人間だ。特に男女ともに若く健康ならなおのこと。文献ぶんけんによれば、動物や魚や果物など、人が食す物を貢いだわけだ。だが、どれだけ貢ごうが効果はなく、村は貧困の一途を辿る。そんなある日に、神社の貢ぎ所に一人の青年が侵入し、食料を漁った。今の飽食ほうしょくの時代とはわけが違い、飢餓きがだからか空腹には耐えられるわけもなく、目の前にご馳走があれば食いつくさ。そんな様子を村人は目撃する」

「神の貢ぎ物に手を出すわけだから死をもって報いるわけですね」

「そう。事実、その数週間後に作物は育ち始めたと云われている」


 想像したくもなかった。

 確かに時代だからしょうがないと思うかもしれないが、殺す事もいとわないわけだ。

 だが本当に殺す必要性があったのか?

 今考えても分かるわけがないか……ってあれ?


「それが本当だと仮定して、現代まで続いているのはおかしくないですか? 今の時代生贄何てないですし、仮にあったとしたら公にされて問題視になるはず。お祓いしていてこの十年間災いがないってのも違和感ありますよね」

「それに関しては私も色々調べたさ。これはあくまで私個人の見解であり仮説なのだが公にしていないのは、村自体の風習を隠すため」


 確かに村である以上、その村独自の風習は残っているわけだ。

 それが仮に闇の部分があったとしても民衆は村を守るためにることもいとわないか。


「もう一つの災いが起きなかったのは、何かしらの偶然に偶然が重なりあい起きなかっただけなのかもしれない」

「なんだか曖昧ですね」

「仕方がない。確証も証拠もなくあくまで予測であり、先ほど云ったように私個人の見解なのだから。だけど、隠岐村に関わり神に仕える者である神主において何らかがあるやもしれんが……。千鶴くんとしてはどうかね?」


 俺は視線を千鶴に向けると、千鶴は首を左右に振っていた。


「あたしはわかりませんが、もしかしたら父なら何か知っているかもしれません」

「ふむ、それは期待したいな」

「そういえば教授以外にも研究してる人とかいないのですか? 人数多いほうが情報集まりそうな気がするんですが」

如何いかんせん、マイナーな部類なんで研究対象者は少ない。だが彼ならもしや……」


 懐からスマホを取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。

 すぐに電話に出たようで誰かと会話をしていた。

 俺達の事も紹介しているらしいが、かんばしくないのか次第に諦めるような表情になり電話を切った。


「すまない。掛け合ってみたが無理だった」

「いえ構いませんが、どなたに電話を?」

「この横小見町の出身者であり、昔の私の教え子にと」

「そうなのですが、だけどどうしてその人に?」

「今でも連絡は取り合っている仲でね、彼もこれは知りたがっているはずだ。このノートに書いている被害者に関わり合いがある人物でもある。君達の事も大変興味を持った様子であった。ただ現在は仕事で忙しい身、だから落ち着いたら帰省するとは云ってたが」

「そうですか、確かに何か参考になる情報あるかもしれなかったですが、しょうがないですね」

「ああ、では話の続きをしようか。この作品のキモとなる部分がある、それは」


 その時ドアのノックが鳴り響く。

 教授は腕時計の時間を確認すると立ち上がり、俺達に握手を求めた。


「すまないが次の講義の準備をしないといけないようだ。有意義な話が出来て嬉しかったよ。次来た時は家にある資料を持ってこよう。私の名刺を渡しとくので、また来るときはここに連絡してくれたまえ」

「はい、こちらこそ貴重な話をありがとうございます」そう云って握手を握り返す。


 部屋を出ると俺達は、家路に着かず千鶴の希望とあって大学内を歩きまわる。

 流石に制服姿なのでチラチラとこちらを見る人は多かった。

 中庭であろうベンチに俺達は腰かけた。 


「大学って高校より大きいし、人が多いね。面白そうな授業も沢山あるし、部活も楽しそう」

「なら卒業後は大学へ進学かな?」

「ん~、わかんない。けどここに通ってもいいかもね、近いし」

「ここじゃなくても他でも良い大学ありそうだが。頼めば娘のためならって大学近くのマンションや寮に通わしてくれるだろうし」

「もう、そうしたらおじさんの所行けないじゃない」

「今は結構な頻度で来てるけど、大学生になったら今以上に忙しくなるだろうし。それに調べれば自分に合う大学とか多いんじゃないかな? そんなすぐに決めなくてもいいとは思うが」

「確かにそうだけど、そうじゃないの。おじさんの鈍感」


 これが最適な判断だと思ったんだがどうやら違うようだ。


「まあ、まだ一年以上先の事だし今はゆっくり考えればいいさ。そろそろ家に帰ろうか」と云うと、千鶴は納得しない顔をするが「うん」と答えた。


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