同期の彼と残業オフィスで始まった秘密の夜
日下奈緒
第1話 同期でライバル
それは不思議な感覚だった。
「佳奈。」
誰もいない夜のオフィスで、高橋と見つめ合っているなんて。
「あの……」
どうしてこんなことに?
彼とは入社以来ずっと同期で、何かと張り合い、会議でも営業でも口論ばかりしてきた。
お互いに負けたくない、そう思ってきたはずなのに。
なのに今、目の前にいる高橋はいつもと違う。
挑戦的な視線でも、意地悪な笑みでもなく、熱を帯びた真剣な眼差しで私を見ている。
「どうしたの? いつもの高橋じゃないよ。」
自分でも驚くほど声が震えた。
焦りと戸惑いで胸が苦しい。
彼が一歩近づいただけで、鼓動が跳ね上がる。
肩越しに落ちた影、香るシャンプーの匂い、すべてが急に“男性”としての存在感を放ってくる。
「……佳奈。」
呼ばれるたび、身体が熱を帯びていく。
強気な言葉が浮かばない。
いつもは絶対に引かないのに。
高橋が急に“男”に見えてしまって。
——私はただ、ドキドキが止まらなかった。
「逃げないでくれ、佳奈。」
一歩、また一歩と高橋が近づいてくる。
そのたびに私は無意識に後ずさりしていた。
「落ち着いて、高橋。」
必死に声を絞り出すけれど、彼の目は熱を帯びていて、理性の糸を失っているように見える。
「そんな佳奈を見て、落ち着いていられるか。」
どうしよう。ほんの少し涙がにじんだだけなのに。
「私なら、大丈夫だから……」
自分に言い聞かせるように呟いた。
泣くなんてらしくもない。
彼の前で涙を見せてしまうなんて、心を許し過ぎている。
「俺の前で泣くなんて。……もう、我慢できない。」
次の瞬間、強い腕に抱き寄せられる。
息を呑む間もなく、唇を奪われた。
「んっ……!」
熱く、深く、逃げ場のないキス。
抗おうとする気持ちよりも、彼の温もりに溶かされていく心の方が勝っていた。
胸の奥が震え、頭の中が真っ白になる。
強気だった私が消えて、ただ女としての私だけが彼の腕の中にいた。
あまりにも甘いキスに、張りつめていた心が溶かされ、涙さえ流れていった。
「……高橋。」
小さな声で名を呼ぶと、彼が耳元で囁く。
「どうした? いつもの強気はどこにいった?」
挑発するような言葉なのに、その声は驚くほど優しい。
次の瞬間、熱い掌が胸に触れる。
「やぁ……」
反射的に声が漏れる。
「嫌がってないんだよ。」
囁きながら、彼は逃げ道を与えない。
気づけばテーブルに押し倒されていた。
冷たい天板が背に触れるのに、身体の奥は火照って仕方ない。
「佳奈、かわいい……キスだけでこんなに濡れて。」
低い声とともに、敏感なところへ彼の指が入り込む。
「あ……っ」
思わず背を反らし、抗う力が抜けていく。
これは夢だ。現実であるはずがない。
だって私は高橋と——いつも言い争ってばかりの同期なのに。
それなのに今、彼に触れられるたび、身体の奥が甘く震えてしまう。
「佳奈、俺を許して。」
低く震える声とともに、次の瞬間——高橋の熱が私の中を貫いた。
「ああっ!」
あまりにも強烈な衝撃に、体が勝手に仰け反る。
「……あ……」
はっきり分かる。高橋が、私の中にいる。
繋がっている。
——そう実感するたび、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「佳奈……締め付けすぎ……」
熱っぽく囁かれ、腰が容赦なく動き始めた。
深く、何度も。
理性なんて簡単に溶かされ、声を抑えることができない。
オフィスの中でも「抱かれたい男№1」と噂される高橋。
低く甘い声で囁かれてみたい——そんな憧れを女子社員たちが口にする彼に。
今、その声が、誰よりも近くで私だけに降り注いでいる。
「佳奈……もっと……」
耳元に落ちる吐息と熱い言葉。
胸がきゅんきゅんして、もう抗えない。
ライバルだったはずの同期に、女として抱かれている。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「高橋……もう、だめ……!」
甘い痺れが全身を走り抜け、理性が遠のいていく。
彼の熱が深く突き上げるたび、私の身体は勝手に反応し、震えが止まらない。
「佳奈……俺で感じてる……可愛い……」
耳元で囁かれる低い声。
胸の奥を締めつけるような快感が波のように押し寄せ、私はもう堪えられなかった。
「ああっ……!」
視界が白く弾ける。
身体の奥で熱と甘さが混ざり合い、初めての絶頂に飲み込まれていく。
何も考えられず、ただ彼の名を呼んで声を震わせる。
高橋の動きが収まり、私は荒い呼吸を繰り返した。
崩れ落ちそうな身体を、彼がぎゅっと抱きしめる。
「……佳奈。」
その低く優しい声に、胸の奥がじんわり熱くなる。
強気でいたはずなのに、今はただ彼の腕にすがるしかない。
オフィスで張り合ってきたライバルのはずなのに。
——それなのに、彼に抱かれている今が、どうしようもなく幸せだった。
高橋とは同期入社で、同じ営業部に配属された数少ない人材だった。
けれども協力するより張り合うことの方が多い。
お客様の限られた予算に合わせ、現実的な提案をまとめようとする私と、品質を最優先し細部まで完璧を求める高橋。
二人の考えはいつも噛み合わなかった。
「このクォリティーでは、お客様は結局満足しない。」
会議室でそう言い切る高橋の声は、自信に満ちている。
「予算を守る。それが結果としてお客様に選ばれることになるんです。」
私も譲らない。
お互い一歩も引かず、視線がぶつかる。
「また始まったな、あの二人。」
小声で笑う同僚の声が聞こえる。
部署ではすでに「犬猿の仲の同期」として知られていた。
しかし皮肉なことに、どちらかの意見だけでは片手落ちになることも多い。
ぶつかり合いながらも、最終的にはよりよい提案へとつながるのだ。
だが私たちは、ただ言い合うだけの仲ではなかった。
ぶつかり合いながらも、意見をまとめるのは誰よりもうまい。
「高橋のプラン、別に悪くないよ。もっとお客様の意見を取り入れれば、予算内に収まると思う。」
私はそう言いながら資料に目を走らせ、高橋の提案の中で削れる部分を指で示した。
「……あ、そこは譲れない。」
「じゃあ、こっちは?」
私はマーカーで印をつけていく。
高橋が顔をしかめ、けれど真剣に私の説明に耳を傾ける。
「待て、佳奈。もしかして、そこ……削れるかもな。」
「ここを? がんばるじゃん。」
思わず笑みがこぼれる。
気づけば、会議室の真ん中で二人だけの議論が始まっていた。
他の同僚たちは、いつものことだとばかりに成り行きを見守っている。
言い合いは絶えないけれど、最終的には互いの長所を活かし合える——。
「佳奈、ここのクォリティーは外せない。こっちで調整しよう。」
真剣な声に、私も思わずうなずいた。
資料を手に立ち上がり、気がつけば高橋と肩を並べてプランをまとめていた。
「そこだ!」
「おおっと、予算以内にまとまってる!」
思わず二人で声をあげ、視線が合う。
次の瞬間、握手が自然に交わされていた。
「おおっ!」
会議室にどよめきと拍手が湧き起こる。
「これが噂に聞く、高橋・佐伯コンビだな。」
「喧嘩するほど仲がいいってやつか。」
上司も同僚も笑いながら茶化すように言う。
私は慌てて手を離したが、頬が少し熱くなるのを隠せなかった。
高橋は何事もなかったように腕を組んでいる。
だけどさっきの握手の感触が、妙に胸の奥に残って離れない。
すると、私たちを黙って見守っていた遠藤部長が口元を緩めていた。
「……なんですか。」
私がまとめた書類を差し出すと、部長は受け取りながら小さく笑う。
「いやな、佐伯と高橋を見てると……カップルにしか見えなくてな。」
「止めてください!」
思わず声が裏返る。
周りの同僚たちがクスクス笑いをこらえきれず、会議室がざわめいた。
「逆に、高橋は佐伯をどう思ってるんだ?」
部長が興味ありげに問いかける。
一瞬の沈黙ののち、高橋は何気ない顔で言った。
「別に。ただの同期ですよ。」
その瞬間、イラっとした。
——なに、それ。
なんで私が高橋に振られたみたいになってるの。
「ふーん、そうか?」
部長が笑って話を流したけれど、私の中でざわめきは収まらない。
悔しいような、切ないような、説明できない感情が胸を渦巻いていた。
会議を終えて休憩室に入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
紙コップにコーヒーを注ぎながら深呼吸をすると、ほんのり漂う豆の香りにようやく肩の力が抜ける。
さっきまでの議論は激しかったけれど、結局は高橋と落としどころを見つけて、上司からも「仲良すぎだな」と茶化されて終わった。
悔しいやら、照れくさいやら……胸の中が落ち着かない。
そんなときだった。
「佐伯先輩。」
背後から呼びかけられ、私は振り返る。
そこには後輩の水野が立っていた。
まだ入社して間もない彼女は、明るくて素直で、部署でも可愛がられている存在だ。
小さな紙カップを両手で抱えながら、にこにこと私を見上げている。
「先輩、さっきの会議……すごかったです!」
少し興奮した声に、思わず眉が上がる。
「え? あ、ありがとう……。」
頬に残る熱を隠そうとしながら答えると、水野はさらに一歩近づいてきた。
「やっぱり、高橋先輩と息ぴったりなんですね。」
何気ない言葉なのに、心臓が跳ねるのを感じた。
私は慌ててコーヒーを口に運び、笑顔を作った。
同期の彼と残業オフィスで始まった秘密の夜 日下奈緒 @nao-kusaka
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