波紋と研究

配信を終えて一夜明けた朝。

 凪は目覚ましより早く目を覚ました。


 枕元のスマホが、静かに――いや、ほとんど休みなく震えている。


(……嫌な予感じゃないな、これは)


 画面を開く。


 通知欄が、埋まっていた。


《登録者が増えました》

《動画が急上昇しています》

《あなたの配信が共有されています》


 ベッドから起き上がり、ノートPCを開く。

 管理画面が表示された瞬間、凪は一度、呼吸を忘れた。


「……マジか」


 同時接続数、過去最高を更新。

 平均視聴時間、明確に伸びている。

 切り抜き動画は一晩で五万再生を超え、保存率も異様に高い。


 何より――

 登録者数のグラフが、これまで見たことのない角度で上がっていた。


(跳ねた……というより、刺さった、か)


 派手な爆発ではない。

 けれど、確実に“届いた”感触。


 画面の横で、スプレッドシートが自動更新される。

 新しい行が、また一つ増えた。


《参加者名:匿名/魚種:金魚/光色:青/水流:弱》


 さらに、その下。


《考察:水流があると青色でも活性が戻る気がする》


 凪は、椅子に深く座り直した。


(……もう“視聴者”じゃないな)


 そこにいるのは、

 観察して、仮説を立てて、言葉にする人たち。


 まるで――研究室。


 昼前。

 メールボックスを開いた凪は、少しだけ眉を上げた。


 差出人は、見覚えのない名前。


《件名:配信内容についてのご連絡》


 開く。


《突然のご連絡失礼します。

 当方、オンライン科学系メディア「——」編集部です。昨日の配信企画について、大変興味深く拝見しました》


 続く文章には、

 「視聴者参加型」「再現性」「科学コミュニケーション」という単語が並んでいた。


(……業界、見てるな)


 さらに、別のメール。


《理科教育関係者です。

 もし可能であれば、企画の構成についてお話を伺えませんか》


 凪は、画面を見つめたまま静かに息を吐いた。


(俺がやってるの、配信だよな……?)


 けれど、胸の奥に湧いた感情は、不安じゃない。


 水族館で働いていた頃。

 裏方として、展示の意味を考え、照明を当て、解説を整えていた日々。


 あの延長線上に、今がある。


 夕方。

 凪は、いつもの配信準備とは別に、もう一つの画面を開いていた。


 ディスコードサーバー。

 名前は、仮でつけたもの。


《光のダンス・研究班》


 昨日、配信の最後に何気なく言った一言。


「希望者いたら、データ整理用に場所作っとくね」


 それだけだったのに。


 参加人数――百二十人。


 チャンネルはすでに分かれている。


 #データ提出

 #考察メモ

 #初心者質問

 #雑談(水槽写真OK)


 凪は、しばらくスクロールするだけで何も言えなかった。


《この条件だと再現できました》

《統計的に見るとn数足りないかも》

《小学生でも分かる説明考えてみた》


(……自主的すぎる)


 そこに、一つだけピン留めされた投稿。


 ルール:

・否定しない

・断定しない

・楽しむ


 投稿者名は――《管理補佐》。


 凪は、思わず笑った。


(……名前、変えてるけど)


 スマホが震える。


《数字、見た?》

 短いメッセージ。


 返事は、同じくらい短く。


《見た。ちょっと現実感ない》


 すぐに既読がつく。


《でしょ。でもねこれ、たぶん“一過性”じゃない》


 凪は、画面の向こうを思い浮かべる。

 見えないけれど、確かにいる気配。


(……ああ)


 研究班のログが、今も流れている。

 魚の話をしているのに、

 そこには人の熱が、はっきりとある。


 凪はキーボードに手を置き、

 研究班チャンネルに、初めてのメッセージを打ち込んだ。


《凪:集まってくれてありがとう。ここは“正解を出す場所”じゃない。一緒に迷って、一緒に見つける場所にしよう》


 すぐに、反応が返ってくる。


《了解!》

《研究員バッジ欲しい》

《次の仮説はいつ?》


 凪は、椅子にもたれ、天井を見上げた。


(……波、来てるな)


 静かで、でも確実な波。


 配信者として。

 元・水族館の人間として。

 そして――誰かと一緒に照明を当てる側として。


 “光のダンス”は、もう一度始まろうとしていた。今度は、水槽の中だけじゃない。


 僕たちの中で。

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 水族館をやめた俺はVな幼馴染に誘われて人気Vを目指します。 深海さん @sinkaizoo

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