四
昼休み、中庭でジュースを飲んで教室に戻ると、真っ先に七咲さんが近づいて来た。
「雨天くんどこにいたの?お昼、一緒に食べようと思ってたのにさ。」
七咲さんは唇を尖らせて怒っていると意思表示をしている。詰め寄られる僕をよそに、武石は身を屈めてコソコソと自分の席に戻ってしまった。
「武石にジュース奢ってもらってたんだよ。昼は今から食べるんだ。」
「武石くん?ふぅん、そうなんだ。」
不機嫌そうな七咲さんも可愛いが、友達の機嫌を損ねたままと言うのはどうも耐え難い。
「よかったら、一緒に食べない?」
僕の言葉に、ツンとしていた彼女の顔がパァッと明るくなった。
「うん。食べよう。席は雨天くんの所でいいよね。待っててね、今椅子を持ってくるから。友達とお昼なんて、高校生活の定番だよね。青春って感じ。素晴らしいねぇ素敵だねぇ。」
七咲さんは僕の返答を待たずに好き放題捲し立てて、自分の椅子を取りに行く。こう言うところが、彼女がクラスで浮いてしまった原因なのだろう。本人に悪気は無いのだろうけど。
七咲さんと僕ら向かい合うようにして、椅子に座る。僕を待っていて、昼食はまだ食べていないらしい。少しだけ申し訳なく思った。
「雨天くん、お弁当美味しそうだねぇ。お母様の愛情をひしひしと感じるよ。」
「昨日の夕飯の残りを詰めたくらいだよ。愛情は、まぁ入ってるかも知れないけど。」
「入ってるんだよ。愛情、家族愛。それは何より尊いものなんだよ。」
七咲さんは僕の弁当を無邪気に褒め称える。こう言うところは、純粋に好感が持てる。
「七咲さんの弁当も、美味しそうだよね。」
「そう、ありがと。頑張って早起きした甲斐があったよ。」
「手作りなの?」
知り合って大体一ヶ月。何度か昼食を共にしたが、この日初めて知る情報だった。七咲さんは毎朝自分で弁当を作っているらしい。
「えへぇ、実は手作りなんだ。友達に手作りのお弁当を褒めてもらうのも、高校生って感じだよね。後はシェアすれば完璧だよ。昨日読んだ漫画だと、男女はお弁当を『あーん』してあげるものなんだねぇ。と言うわけでさ、私の卵焼きひと口あげる。卵焼きって言うのも定番中の定番だよねぇ。王道だよねぇ。はい、あーんって痛い。」
すっかりひとりでヒートアップしたおバカの頭部に、僕の手刀が振り下ろされる。
「わたしの頭を一日に何度叩けば気が済むのさ。とうとうおバカになっちゃうよ。思考能力が低下して日常生活に支障をきたしちゃうよ。」
おバカこと七咲さんは頭部を押さえ、ピィピィ喚いている。
「七咲さんが『あーん』なんて言うからでしょ。そう言うのは特別な関係の男女がするものなんだよ。普通の友達はやらないの。」
おまけに、このおバカが大声で盛り上がるものだから、あーんの話が教室中に響いてしまった。お陰でクラスメイトが、僕たちの方をチラチラと見ている。武石なんか、机に突っ伏して体を震わせている。あのヤロウ、笑いやがって。
頭をさすっている七咲さんに、少しだけ気になった事を聞いてみる。
「そう言えば七咲さん何の漫画を参考にしたのさ。」
「ん、えっとねぇ。ちょっと待ってて。」
七咲さんはピョンと立ち上がり自分の机に戻っていく。そしてガサガサと鞄を漁った後、一冊の漫画を持って戻ってきた。
「これを読んだんだ。雨天くんも興味ある?気になっちゃう?良かったら貸してあげるよ。友達と漫画の貸し借りって言うのも、高校生活の定番だよね。」
そう捲し立てながら彼女が見せてきた表紙は、冴えない感じの女の子とスマートな美男子が描かれた、コテコテの少女漫画だった。
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