三
昼休み。僕が鞄から弁当を取り出していると、武石が目の前に来た。彼は神妙な面持ちで言う。
「雨天、ちょっとツラ貸してもらうぜ。」
「何かあったかな?」
「忘れたとは言わせねえぞ。」
武石の手が僕の肩に触れる。
「課題見せてもらったからジュース奢る約束じゃねぇか。」
彼はそう言って白い歯を見せた。なんだかんだ言っても良い奴である。
校舎の一階、階段を降りてすぐの場所に購買がある。その近くに中庭へ出る渡り廊下があり、自販機はそこに設置されている。
「やっぱり人が多いよね。」
昼休みの購買は、空腹で目を光らせた生徒たちでごった返していた。武石は僕の呟きに、ぽつりと応える。
「まるで餌に群がる鯉みたいだよな。」
「だとしたら、僕たちも鯉なんじゃない?」
僕たちは中身の無い話をしつつ、人混みを避けて中庭に向かう。
「こっちも多いな。」
武石は眉を顰めて呟く。購買ほどではないにしろ、自販機の前にも人混みが出来ていた。飲み物を買いに来た生徒と話す生徒。飲み物を買ったがその場を離れずたむろしている生徒、人の波は一向に進む気配がなかった。
「くそぅ、愚かな人間め。」
「それなら僕たちも愚かなんじゃないの?」
やはり中身の無い話をしながら、僕たちは自販機前の人混みに並ぶ。
さっぱり進まない人混みに痺れを切らした武石は、「少し待っていてくれ。」と言って歩き出した。武石は人と人の間をすり抜ける様にして、人混みのを進んで行く。姿が見えなくなって数秒後、人混みを掻き分けて武石が戻ってきた。
「ほれ、コーラで良かったよな。」
「ありがとう。バッチリだよ。」
缶コーヒーを受け取り、その場で開ける。プシュッと音がして、缶の中に閉じ込められていた空気が一気に放出される。武石も自分の缶コーヒーを開ける。
それぞれの飲み物を喉に流し込み、ひと息つく。先に口を開いたのは、武石だった。
「そう言えば、もう入学して一ヶ月経ったな。」
「そうだね。クラスでもグループが出来上がってる。」
クラス内の数人で仲良しグループができるのは、学校生活において自然な事だ。僕のようにどのグループにも属していない、扱いに困る人間が出るのも、自然な事だ。そうに違いない。
「ぶっちゃけさ、ウチのクラスは女子のレベル高いと思うんだよな。」
「それは同意だね。美人が多いと思うよ。」
男二人、何の生産性もない会話が始まった。
「例えば、高嶺さんとか美人だよね。」
「ポニーテールから覗くうなじがセクシーだな。」
「東雲さんは可愛い系かな。」
「あの涙ぼくろが扇情的だよな。」
「なんでさっきから目の付け所がセンシティブなのさ。」
「それよりお前さ、七咲と仲良いみたいだけど、そこんとこどうなんだ。」
「七咲さんは誰にでも話しかけてるじゃん。僕限定じゃないよ。」
「あぁ、だから距離感がおかしい奴としてクラスで浮いている。本人に自覚はないみたいだがな。顔は可愛いし性格が良いから、余計扱いに困る。そんな七咲と誰よりも深く関わっているのがお前だ。」
「だから、惚れてるのかってこと?」
「そういうこと。まぁ、話すだけで付き合うって言うなら俺たちは独り身じゃないわけだが。」
「同感だね。人間、性別に関わらず友情は成立するものだよ。」
「永江ともそんな感じか。アイツが自分から話しかけるクラスメイトはお前くらいなものだが、どうやって仲良くなったんだ。」
「偶然に偶然が重なって、奇妙な場面に出くわしてそれがきっかけで仲良くなったよね。」
「話すつもりはないってことだな。」
「そういうこと。じゃ、戻ろうか。」
僕たちは空になった缶をゴミ箱に入れ、教室に戻る。人の波は相変わらずで、自販機前も購買もまだ生徒たちで溢れていた。その様子を見て、武石が呟く。
「どれだけ廊下を占領すれば気が済むんだ、一般的スチューデントめ。」
「僕たちも一般的スチューデントなんだよ。」
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