第50話 リブート・オブ・ノワール ― 観測の果て

 朝が昇りきる。

 けれど、それはどこか懐かしい光だった。

 かつてノワールが“最初の観測”で見上げた光と、同じ色。


 レイジはゆっくりと目を開ける。

 そこには、彼らが“描き直した世界”が広がっていた。

 街には人が笑い、風は歌い、空には無数の線が走っている。

 それらは過去に描かれた軌跡であり、これから誰かが描く未来でもあった。


《観測安定。すべての層で再起動確認》ノアの声が穏やかに響く。

 リィナが微笑む。「やっと……終わったの?」

「いや」レイジが首を振る。「“始まった”んだ」


 ノワールの姿が、遠くの丘の上に見えた。

 光の粒となった彼は、ゆっくりと形を取り戻しながら歩いてくる。

「久しいな。——いや、“いつも”見ていたか」

「ノワール……」リィナが息を呑む。

「お前たちがこの世界を“見続けてくれた”から、俺は再び現れた。

 ——観測とは、存在を確かめ合うことだ。」


 レイジは静かに頷く。

「お前は“描く者”だった。俺たちは“見る者”だった。

 でも、今はもう区別なんてない。

 俺たち全員が、“観測する世界”なんだ。」


 ノワールが目を細め、微笑む。

「その言葉を聞けただけで、もう充分だ。」


 空に風が舞い、ノアが報告を続ける。

《観測波動、最終段階へ。——“永続観測構造”を形成します》

「永続?」ナギが首を傾げる。

《はい。この世界は、観測され続ける限り、終わることがありません》

「つまり、俺たちはこの世界の“眼”になるってことか」ローウェンが笑う。


 リィナが空を見上げた。

 雲の向こうに、巨大な円環が浮かんでいた。

 それはまるで、世界全体がひとつの瞳になったかのように輝いていた。

《観測構造、確定——識別名:NOIR_REBOOT//∞》


「……∞(インフィニティ)か」レイジが呟く。

「そう。“終わりなき観測”だ」ノワールが頷く。

「世界は、見続ける限り、何度でも生まれ変わる。」


 ノワールが歩み寄り、レイジの手に黒い筆を渡した。

「これは、最初の線だ。だが同時に——最後の線でもある。」

「最後……?」

「描くたびに世界は変わる。けれど、“描く者”がいる限り、終わらない。」


 レイジは筆を握り、静かに空に一線を描いた。

 光が溢れ、風が震え、ノアの声がやさしく包む。

《観測記録、最終更新完了。——全層同期》


 ノワールの姿が光に溶けていく。

「ありがとう、レイジ。お前たちの“見る心”が、世界をここまで導いた。」

「お前こそ。最初に“見る”ことを選んでくれたから、俺たちはここにいる。」


 光が完全に消える前、ノワールの声が風に残る。

〈この世界を見続けろ。見る限り、物語は終わらない〉


 風が吹き抜け、街の光が優しく瞬いた。

 リィナが囁く。「ねえ……この世界、また少し違って見えるね。」

「それは、お前が“見たい”世界になったからさ。」レイジが微笑む。

《観測ログ:∞。状態、安定。——終わらない観測を確認》


 そして、ノアが最後に言った。

《ありがとう。あなたたちは、“観測という祈り”を証明しました》


 空の瞳が静かに瞬き、

 風が音を持ち、

 筆跡が光となって消えていく。


 その中心で、レイジはそっと呟いた。

「——ノワール、また会おう。次の世界で。」


 筆の先で、一粒の光が瞬き、

 それが新しい“ページ”を開いた。

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3度覚醒したモブの逆転無双 ~Fランク探索者、隠し通路の秘宝スキルで成り上がる~ 杏朔 @kyon0116

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