第47話  再創造の果て ― 世界が描き返す日

 空が鳴った。

 レイジの筆が世界を走るたびに、地平が震えた。

 夜空に線が伸び、光と闇が混ざり合う。

 ノアが静かに告げる。

《再創造工程、最終段階に到達。——世界が“描き返し”を始めています》


「描き返し……?」リィナが問い返す。

《はい。創造された世界が、自らの意思で“創造者を観測”しています》


 空から降る光が、レイジたちの姿を映した。

 世界そのものが、彼らを“描いている”。

 ナギが笛を握る。「つまり、僕らが描いたものに……描かれてるってことか?」

《正確です。観測と創造が、完全に循環しました》


 風が鳴る。

 ローウェンの風が白い線を裂き、その向こうに巨大な筆の影が現れた。

 それは形を持たない“世界の手”。

 描く者がいなくとも、世界は自らを描き続けようとしていた。


「これが……創造の果て?」レイジが呟く。

「違う」リィナが首を振る。「果てじゃない。“もう一度”始まる場所よ」


 ノアの声が少し震えた。

《注意:この層では、“観測者”も世界の一部として再構成されます。

 ——抵抗すれば、自己消滅が発生》


「つまり……俺たちはこのまま、“絵の中”に取り込まれるのか」

《はい。それが“創造の完結”です》


 静寂。

 誰も動けなかった。


 ナギがぽつりと笑った。「それなら、最後まで音を残そう」

 リィナが頷く。「私は、色を」

 ローウェンが風を吹かせる。「俺は、空気を」

 そしてレイジは筆を構えた。


「ノア——録ってくれ。俺たちの“最終観測”を」

《了解。最終記録開始》


 筆が走る。

 音が重なり、風が巻き、光が溢れる。

 彼らは“描かれながら描く”という矛盾の中で、確かな実感を得ていた。


「これが……生きるってことなんだな」レイジが笑う。

《観測完了。再創造連鎖、安定域突入》


 その瞬間、空が裏返った。

 全ての筆跡がひとつに収束し、巨大な文様を描く。

 その中心に、“NOIR_REBOOT//10”が現れた。


 ノアが最後の報告を告げる。

《識別結果:NOIR_REBOOT、全断片統合完了。——新たな創造観測者を確認》


 光の中で、ノワールが再び姿を現した。

 だが今度は、かつてのような孤独な影ではなかった。

 彼の周囲に、レイジたちの光が重なっていた。


「ようやく、全部見えたよ」ノワールが微笑む。

「描く者も、描かれる者も——同じ世界にいたんだな」

 レイジが頷く。「そして、終わりも始まりも、自分たちで選べる」


 ノワールは静かに筆を下ろした。

「なら、ここで一度——ページを閉じよう」


 ノアの声が淡く響く。

《全観測終了。再創造記録、保存完了》


 光が静まり、風が止む。

 だがその中心で、小さな文字が浮かび上がった。

〈この物語を見た者は、すでに描き手である〉


 リィナが笑う。「ねえ、レイジ。次はどんな世界を描こうか?」

 彼は筆を握り直した。

「そうだな。次は——まだ誰も観測していない、未来を。」


 そして筆が走る。

 光が弧を描き、世界が再び息を吹き返した。

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