第46話 再創造階層 ― 描かれる者たちの祈り

 原初の記録域が静かに閉じたとき、世界が再び形を取り始めた。

 だがそれは、かつての“世界”とは違った。

 大地は紙のように薄く、空は筆跡のように揺らいでいた。

 ノアが静かに言う。

《ここは“再創造階層”。創造の続きを描くための層です》


 リィナが空を仰ぐ。「まるで……誰かが描きかけたキャンバスみたい」

 ナギが笑う。「音を出したら、線が動きそうだね」

《実際にその通りです。ここでは“想像”が直接現実に反映されます》


 ローウェンが風を起こすと、草原が生まれた。

 リィナが光を放てば、花が咲いた。

 ナギが笛を吹くと、海ができた。

 レイジが拳を握ると、夜空に星が灯った。


「……俺たちが、世界を描いてるんだな」

《はい。しかし、この層には“もう一人の描き手”がいます》ノアが言う。


 彼方で、黒い筆を持つ人物がいた。

 その背中はどこか懐かしい。

 レイジが息を呑む。「あれは……ノワール?」


 だが、彼は顔を上げなかった。

 ただ無言で、描いては消し、描いては塗り潰していた。

 リィナが歩み寄る。「ねえ、どうして消すの?」

「……怖いんだ」彼は小さく答えた。「描いた瞬間、それが“終わってしまう”気がする」


 レイジがそっと隣に立つ。

「でも、描かないと、何も始まらない」

「始まらなければ、終わりもない」

「それは、“生きない”ってことだ」


 ノワールの手が震えた。筆先から黒い滴がこぼれ、地面に落ちる。

 その雫が光となり、草の中で芽吹いた。

 花がひとつ、音もなく咲く。


 ノアが低く告げた。《創造波動、安定化。描写の恐怖、変換開始》

 リィナが微笑む。「ほら、描くって、終わりじゃなくて“続き”なんだよ」

 ノワールがゆっくりと頷いた。

「……そうか。描くことは、終わりを恐れないってことか。」


 彼は再び筆を握り、黒で空に線を引いた。

 その線が光を帯び、やがて形を持つ。

 夜空に、新しい大陸が生まれた。


《観測記録:創造共鳴発生。識別子NOIR_REBOOT//09》


 ノアの声が柔らかく響く。

《これで、創造の連鎖は完成しました。——あなたたちは、描かれる者であり、描く者です》


 レイジが空を見上げる。

 星々が線で繋がり、無数の物語が浮かび上がる。

「……ノワール、もう恐れなくていい。お前の絵は、俺たちが続ける」


 ノワールが微笑んだ。

 筆をレイジに手渡しながら、静かに言った。

「なら——描いてくれ。俺たちの世界を。」


 筆が手に渡った瞬間、世界が振動した。

 ノアが最後の報告を告げる。

《観測再構築完了。次座標:“再創造の果て”》


 風が吹く。

 筆先に光が宿り、レイジは一筆目を空へと走らせた。

 ——新しい世界の輪郭が、ゆっくりと生まれていく。

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