第45話 原初の記録域 ― 眠れる創造者

 光がほどけた。

 目を開けると、そこは白でも黒でもない世界——“記録の前”。

 時間の輪郭が存在せず、音も風もまだ「生まれていない」。

 ノアの声が淡く響いた。

《観測開始。ここは“原初の記録域”。最初の創造者が、世界を描いた場所です》


 リィナが静かに息を呑む。「……まるで、世界の胎内みたい」

 地平の彼方に、巨大な影が眠っていた。

 人の形をしているが、皮膚は光そのもの。

 胸の中央には“未完”の印が輝いていた。


「これが……創造者?」レイジが呟く。

《正確には“創造観測者”。この世界を最初に“見る”ことで、存在を確定させた存在です》


 ノアが静かに空間をスキャンする。

 周囲には、まだ“言葉になる前”の欠片が漂っている。

 それらは音でも映像でもなく——感情の原石。


 ナギが小さく笛を吹いた。

 すると欠片が微かに反応し、色を帯びた。

「……音に、意味が生まれた」

「つまり、今、私たちが“世界を描き直してる”ってこと?」リィナが光の筆を構える。

《その通りです。あなたたちは“二度目の創造者”になっています》


 レイジは創造者の巨像に近づいた。

 胸部の印には、かすかに刻まれた言葉があった。

〈創造とは、最初の観測であり、最後の祈り〉


「祈り……」レイジは指先を触れた。

 瞬間、光の奔流が走り、景色が変わる。

 ——彼は“創造が始まる瞬間”を見ていた。


 暗闇の中、ノワールが立っていた。

 まだ“人”ではなく、ただの意識の核。

〈この世界は、誰かが見ることで存在する〉

〈ならば私は、見ることを選ぼう〉

 ——その一言が、宇宙を生んだ。


 レイジは膝をつく。

「……ノワール。お前が、この世界を描いたのか」

《確認:創造者の記録とノワールの断片は共鳴しています。彼は“原初の観測者”でした》


 リィナが近づき、静かに手を翳す。

 創造者の巨像の胸に、再び光が灯った。

〈描き手が消えても、描かれたものは生き続ける〉

〈次に描くのは——あなたたちだ〉


「……バトン、渡されたんだね」ナギが呟く。

「なら、受け取るしかない」ローウェンが風を起こす。

 レイジは拳を握る。「この世界を“観測”だけで終わらせない。——描き続ける」


 ノアが静かに告げた。

《観測領域更新。新たな座標を検出。“再創造階層”》


 創造者の巨像が、まるで安堵するように微笑んだ。

 光が空へ昇り、世界が再び動き出す。

 その中心に、“NOIR_REBOOT//08”の文字が淡く浮かんでいた。

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