第三話 魔王ソラ

 ——5時間後。棺の蓋を開けると、激オコなソラたんが出て来るなり俺を殴った。


「真っ暗でせっまい棺の中でどれだけ待たせれば気が済むの!? 殺す気!?」

「いや、死んでたじゃ——」

「ああ!?」

「すみませんでした」


 言い訳があった。”大地礼賛デメテル”の効果が思ったより深くまで浸透し、棺を支えていた土さえも桜でんぶ化してしまい、重さに耐えられずアホほど沈下したのだ。そりゃ時間も掛かる。だが言い訳をしても俺が悪いことに変わりはなかった。きっともっと怒られるので素直に謝り倒した。

 怒りが鎮まったソラは手近な石の上に座った。紫檀の髪をかき上げ、耳を出す。


「で、なんで生き返しに来たの?」

「女神に言われて」

「女神……カナに会ったの!?」


 ソラは深紫の目を丸くして声を上げた。ほんの少し口角が上がり、眉尻が下がっている。驚きと喜びを同梱したような表情だった。日が暮れて暗くなった森の中でもそれははっきりとわかった。


「カナは、元気にしてた?」


 どうやらソラはカナを知っているようだった。


「元気……ってーか、ヒステリックだったな」


 俺はここに来るまでのいきさつと、女神が魔王の存在をどのように捉えているかを説明した。


「そっか。ちゃんと女神してるんだね。良かった」

「あんたは、なんで魔王なのに女神のことを知っているんだ? まるで友達の心配するみたいじゃないか」

「友達なんてそんな! 私はただ……その、彼女に惚れていたから。一方的に心配していただけ」


 ソラは滔々と語り出す。


「私が転生者としてカナのもとへ行ったとき、彼女はとても困っていたわ。『転生先がメランだなんて言われても困ります』って、私の転生を拒絶するほどだった。当時は世界の統治が上手くいってなくて、メランには女神信仰がまったくない状態だったの。女神が世界に対して大きな力を使えるのは、人々の信仰心があるから。だと言うのに女神信仰ゼロじゃあ、転生者を送り出すことがそもそもできない。私は魂として世界と世界の狭間をフラフラするしかなかった。その間にもなんとか頑張って世界を治そうとするカナは、いつも誠実で情けなくて真剣だった。私が好きになるのに時間は掛からなかった。カナの力になりたいと思った。」

「とは言っても、どうすることもできないよな。結局どうしたんだ?」

「他の世界を統治する先輩神の力でメランに転生することになったわ。でも、転生したところで世界が変わらなければ、また同じことが繰り返される。魂の循環が滞れば、世界から魂は消え去る。だから私は魔王に転生させてもらえないかって打診した。闇があればきっと光、つまり女神の必要性にも気が付くはずだからって」


 驚きで声も出なかった。俺だって、誰かのためになることをしたいと思って頑張ってきた。でも、自分が生きることや活躍することに精一杯で、世界の流れを読む先見の明は持ち合わせていない。当時その場に俺が居合わせても、女神のために自分が悪者を買って出ようなどとは思いもしなかっただろう。実際俺は自分の都合の良い解釈で、空き巣を仲間にして何度も殺し続けたし、魔王の意見を聞こうともせずにいきなり殺してしまった。どちらが魔王でどちらが勇者なのか。


「私は成長し、魔王として魔族に秩序をもたらした。そして一度だけ人間の領域に踏み込んだ。ちょうど旱魃かんばつで飢えに苦しんでいるところを狙ってね。そこで、『この街に雨が降らないのも、病気が蔓延するのも、洪水が起きるのも、地震が起きるのも、すべて私がやったことだ。私の魔力に敵う者はこの世界にはいない。私を倒したければ、異世界から勇者を召喚するほかない』って言い放ったわ。召喚なんてどうすればいいんだと困り果てる人々に、『女神にでも助けを乞うのだな。まあ、信仰心など持っていないお前たちには無理だろうがな』と高笑いしながら去ったわ」

「それから女神信仰が発展していったのか」


 リディナがいた大聖堂や各地に置かれた女神像を思い浮かべる。まったくの無宗教からあれほどの女神崇拝が生み出されるとは、魔王の存在と言うのはかくも強いものだ。


「そのときも人を殺してないんだな」

「当たり前よ。なのに、勘違い野郎に殺されるとはね」

「ごめんて」

「まっ、嘘はいけませんって話よね。あのとき吐いた嘘が利息を上乗せして死という形で返ってきたのかも……あまりに高利貸しだけどね」


 魔王は自分が殺され、計画を壊されたのに、まったく怒りもせず冷静に話してくれた。人間ができてる。いや、でき過ぎてるな。


「ソラは、これからどうするんだ?」

「魔王復活。ってことでまた街に出向くとするわ」

「このまま自分の身を犠牲に、なんの報いもないままに魔王を続けるのか。そりゃすげえことだ。でも、本当にそれでいいのか? カナにあんたの気持ちを伝えなくていいのか?」

「伝えてどうなるのよ。私は魔王で彼女は女神。格が違うわ」

「だとしても、一回くらい会って、褒められたり頭撫でられたりしてもらってもいいじゃねえかよ」

「彼女に会いに行くと言うことは天界に行くということで、魔王ではなくなるということ。この世界に魔王は必要。カナもそう言ってたんでしょう?」

「なら俺がやる」


 胸に握り拳を当てると、彼女は目を見開いた。


「継承はできるけれど、あとから返却なんてできないわよ?」

「構わない」

「簡単に言うのね。でもそんなことしてもらう義理なんて——」

「ある。俺はあんたを殺したんだ。なにされても文句は言えねえ。なら、あんたの幸せのためにこの身を犠牲にするくらいわけないのさ」


 理由は申し分ない。でも、実はそれとは別にもう一つ理由があった。


「それとあと、実は殺す前に思ったんだよな」


 首を傾げた彼女の手を取り、指輪を、薬指に嵌める。


「この子、かわいいなって」


 一目惚れだった。だからためらったんだ。でも魔王は倒さなきゃで、俺なりに世界の役に立ちたくて、刃を振り下ろした。でもそれが間違っていて、今からでも正せるのなら、俺は俺のためではなくて今度こそ世界のために正しい選択をしたい。……いや、結局これも、かわいい女の子を助けたいっていう俺のためだな。


「好きな子のためにできることがあるって言うのは、幸せなことだ」


 ソラは顔を赤らめ、背を向けた。一度大きく呼吸をして夜空を仰ぐ。倣って見上げれば、軋むほどの星々。この世界の夜はこんなにも明るかったのか。


「私ね、前世では誰からも必要とされてなかったの。だから、誰かの役に立ちたかった。それが女神様なら言うことなかった。見返りなんて考えたこともなかった。でも、あなたが私を好きになってくれて、私の思いを考えてくれてわかった。私、本当はずっと、カナに会いたかったのね。報われたかったんだわ。それに気が付かないで、危うく前世と同じように、自分を殺してしまうところだったわ」


 視線をおろして振り向いた彼女は、星空だった。そう思えるほどきれいに、泣き笑っていた。


「あなたに殺されて良かった」


 最後に飛び切りの笑顔をくれて、ソラは走り出した。

 彼女が去ってからもここには孤独なんて存在しないようだった。星空が彼女みたいだったから。こんな夜なら何度だって超えられる。俺は魔王の位と同じく、このきれいな夜をいつまでも継承していきたいと思った。

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