第二話 大地礼賛
大聖堂。天井にも届くほど大きな女神像の後ろには、それを覆うほどのステンドグラスが嵌め込まれており、太陽の光をいっぱいに取り込み、室内を照らしていた。この荘厳な雰囲気は何度来ても慣れない。そう、何度も来た。俺は一体ここで何回仲間を蘇らせただろう。今考えてみるとありえないくらい死んでたなあ。戦士、魔法使い、僧侶……には裏切られてしまったので、ここで何度も厄介になったのは盗賊一人だけだった。盗賊だからか体力がものっそい低かったのだ。魔法の流れ弾がかすって死んで、よくここに担ぎ込んでいた。
「あら、コウ様。今日はお一人で?」
ツリ目に眼鏡をかけた女性が、金色のストラを揺らしながら歩いてきた。ここで神官を務めるリディナだ。ストラの下の祭服は地肌が透けるほどの純白だ。神に近づくほど白く、そしてエロくなるのだろうか。あの女神も薄絹ここに極まれりみたいな透け感だったし。
「他の人を蘇らせてほしくて」
「そうですか。まあ、わたくしも仕事とは言え罪人のために力を使うのは少々辟易していましたので、ちょうど良かったです」
「罪人って、言い方酷くない? 盗賊って言っても別に義賊的なあれだったと思うしさ」
「いえ、彼は明確に罪人ですよ。空き巣ですもの」
絶句した。あいつ、ただの空き巣だったのか。え、いや、モブを無理矢理引き連れていたってこと? そりゃ魔法の流れ弾で死ぬわ。って、なんで言わないんだよ。どいつもこいつも。
「それにあの人も蘇るたびにゲッソリして『もう痛いのは嫌なんです。勘弁してください』って言っていましたし、わたくしも彼も不本意なところは一致していたと思いますよ」
「死んだから一時的にネガティブになってただけじゃなかったの?」
「死の痛みを200回も味わって? 一時的? 世界中の拷問官があなたの前では跪くでしょうね」
……あいつには随分酷いことをしてしまっていたようだ。
「それで拷問官のコウ様が蘇らせてほしいかわいそうな人は誰です?」
「ここじゃあなんだ。そいつがいる場所に案内するから付いてきてほしい」
「いいでしょう。あなたは拷問官である前に世界を救った勇者でもありますからね。どんな相手でも蘇らせて差し上げましょう」
□ □ □ □
「嫌です」
魔王城の裏手にある墓地で、リディナが開口一番言った。さっきと話が違う。
「どんな相手でもって」
「常識の範囲内で仰ってください。なんで魔王を蘇らせなきゃいけないのですか」
彼女が指した先には石碑。魔王ソラの名が木漏れ日を浴びて輝いていた。
「手違いだったんだ」
俺は女神の神託をリディナへ伝えた。彼女は俺が別世界から来た人間だということを知っている。その間に女神が噛んでいることも。
彼女は眉間に指先を当てて低い唸り声を何度も上げ、その度ため息を吐いた。まあわかるよ。俺もそっち側の人間だから。
「つまりコウ様は、スローライフを送ればよかったのに、いろいろ勘違いして話をややこしくしたと」
俺はそっち側じゃなくてあっち側の人間だったらしい。
「これ俺が悪いの? 仮にも世界を救った勇者に対してそれはなくない?」
「救ってないじゃないですか。女神様の言うことが正しいのであれば、魔王はまったくなにもしてなかったんでしょう?」
その通り過ぎてぐうの音も出ない。
「それにコウさんには前科があります」
「前科?」
なにげに『様』から『さん』付にランクダウンしているのはまあ流そう。
「空き巣を義賊と勘違いしてパーティに入れていたじゃないですか。コウくんは早合点する人なのです」
一言ごとに敬意が下がっている。これ以上言い訳したら侮蔑が勝っていくことになるだろう。豚野郎とか言われる前に話を切り上げてさっさと蘇生していただきたい。
「仰る通りすべては俺の早合点でした。魔王はなにも悪くない。と言うわけで、蘇生をよろしくお願いします!」
腰を90度曲げて腹から声を出すと、リディナはため息を吐いて詠唱を始めた。
魔王の名が刻まれた墓石の周りに光り輝く魔法陣が浮かび上がり、青い炎が立ち上がった。それが木の枝に触れても燃え移ることはない。温度さえ感じない。炎の形をした青い光。しばらくすると青い炎の中心が白く強烈に発光し、俺は思わず瞼を閉じた。
目を開くと炎も魔法陣もなくなっていた。
「さて、わたくしは帰りますので。あとは魔王に土下座するなりなんなり好きにしてください。糞豚」
奥歯を噛み締めて頷きを返すしかない。俺の名誉はすでにドロップアウトして呼吸はしていないようだった。
去っていくリディナを背に、改めて魔王ソラが埋められている場所を見る。今頃、棺の中で目を覚ましているはずだから早く掘り返さないといけない。
地面に手を置いた。固いな。あいにくスコップなどは持ち合わせていない。皮肉にも俺のスキルが役立つときが来たようだ。
「“
スキルで土壌の肥沃度を限界までに引き上げると、先ほどまでカチカチだった地面がふっかふかの土に変わった。両手を使って土をかき出し始める。桜でんぶでも触っているような感覚だった。これならすぐに棺の蓋を開けられそうだ。
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