変わる月日
合コンの夜
「今日は皆ありがとう!」
山本が立ち上がり、少し頬を赤く染めながら声を張り上げた。
「こちらこそー!」
同僚Aが陽気に答える。頬はほんのり赤く、完全に酔っている。
「とても楽しかったです」
同僚Bも笑顔で立ち上がると、少しふらつきながら手を振った。
健人と千里は、グラスを置いたまま視線を合わせた。
「……」
「……」
互いに気まずさだけが先に立ち、言葉は出てこない。
その様子を見た山本は、にやりと笑った。
「なぁ、俺ら三人はもう帰るわ。タクシー呼んでるから」
「え?おい、何言ってんだよ」健人が慌てて振り返る。
「何って、2人さ、久しぶりの再会なんだから、ちゃんと話せよ。それに夜も遅いし、健人、お前が送っていってやれ」
「は?いや、そんな……」
「仕方なくって顔すんなって。こういうのは縁だからさ」
山本は肩を叩き、他の二人の女性を引き連れて外へ出て行った。
「じゃねー、千里」
そう言って、三人は肩を寄せ合いながらタクシーに乗り場へ向かっていった。
タクシーに乗り込むとき、山本は振り返り、親指をぐっと立てて見せた。
「……あのやろう」
健人は苦笑しつつも、なぜか断りきれなかった。
残されたのは、健人と千里の二人。
店を出て、夜風が少し肌寒く感じた。
並んで歩くものの、どちらからも言葉は出ない。
十年という空白が、簡単に埋まるはずもなかった。
「……あのさ」
気まずさに耐えきれず、健人が口を開く。
「……うん」
千里も小さく頷いた。
ほんの少しだけ、二人の間に言葉の隙間が生まれた。
「千里、久しぶりだな。まさかこんな形で再会するなんて思ってなかったよ。」
「うん、私も。驚いた……でも、なんであんたがここにいるの?」
「同僚に誘われてさ。ほんとはあんまり乗り気じゃなかったんだけど。」
「わかる。私も無理して来たんだけど。」
「元気だったのか?」
千里は少しだけ微笑んで、小さく頷いた。
「まぁね……」
健人はその笑顔に懐かしさを感じながらも、胸の奥に引っかかるものを抑えられなかった。
「何で突然いなくなったんだよ?」
千里は目を伏せ、指先でグラスの縁をなぞる。
「……あぁ、ごめんね。色々あって」
「色々ってなんだよ?」
思わず強い口調になる。
「それは……」
千里の声が小さく途切れた。
健人は一瞬だけ言葉を飲み込み、それでも問いかける。
「言いづらい話なのか?」
「……うん」
その返事に、健人は深く息を吐いた。
「俺たち、幼稚園の頃からの仲だっただろ。勝手にいなくなりやがって」
千里は唇を噛み、視線を落とした。
「…」
その声は震えていて、過去の何かを必死に隠しているようだった。
二人の間に、再び重い沈黙が落ちた。
外ではタクシーのエンジン音と夜風の音だけが、静かに流れていた。
「じゃあ、私も帰るね」
千里がそう言って、小さく微笑む。
健人はその言葉に、思わず口を開いた。
「送るよ」
「ううん、大丈夫。近いから」
千里は一歩下がって笑ってみせるが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
風が吹き、髪が揺れる。
千里はその髪を耳にかけながら、ふと夜空を見上げた。
その仕草が、少しだけ寂しげに見えた。
「……昔から変わらないな。そうやって我慢するときの顔」
健人の言葉に、千里ははっとして目を瞬かせた。
「え?」
「無理してるだろ。お前分かりやすすぎ」
千里は一瞬だけ息を飲み、すぐに目をそらす。
街灯の光がその頬を淡く照らし、ほんの少し震えているのが見えた。
「……ううん、なんでもない。ただ、いろいろあってさ。」
「いろいろって、さっきも言ってたな。」
千里は唇を噛み、言葉を探すように沈黙した。
やがて、ぽつりとこぼす。
「人ってさ……一晩で、全部変わっちゃうことあるんだよ。」
「……どういう意味だ?」
千里は目を伏せ、少しだけ微笑んだ。
その笑みは、どこか遠いものを見ているようだった。
「ごめんね。もう、昔みたいには戻れないんだ。」
その一言が、夜風よりも冷たく胸に刺さった。
健人は何も言えず、ただその背中を見送る。
千里はゆっくりと歩き出した。
夜風に揺れる髪。
街灯が遠ざかるたび、彼女の影も薄れていく。
あの日の別れも、こんな夜だった気がする。
胸の奥に小さな痛みが残るまま、健人はその場に立ち尽くしていた。
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