第7話 ウーホッ(秘密の暗号)

 猫耳とアシュリーに散々弄ばれた後、俺は二人にあれからの話をした。

 敗北して、逃走して、惨めな暮らしを送ったこと。


 逃げ戻った故郷は、異世界に迎合していた。

 強さだけでは食っていけず、生きていくためには働かなきゃいけなかった。


 探索者だけで食っていく時代は、一人の少女の期間によって全て覆されていた。


 生きていくだけで必死だった。

 過去を振り返る余裕もなく、そして……異世界に戻る間もなく気がつけば10年の月日が流れていた。


『ボスも大変だったんだ?』


『ああ、けどもう全てが吹っ切れた。故郷は捨てた。家族はもう、俺の知ってる人たちじゃあ無くなったんでな。ある意味ではお前らと一緒だな』


 俺は家族から捨てられた。

 それを理解するのに10年近くかかった。


 時代が変わったと言ってしまえばそれまでだ。

 力だけで支配できていた時代の終わり。

 異世界でも常識が現代に流入してきた。


 それが女探索者の優遇。

 男探索者は排除まではいかないが、明らかにできることによっての差別があった。

 異世界への迎合はそれほどまでに急速的に現代のあり方を変えた。


 モンスター討伐の仕事は女が取って代わり、男は女の仕事のサポートが当たり前になった。

 男が前に出る時代は終わったのだと突きつけられた時は目の前が真っ暗になった。


 もうここは自分の知る世界じゃない。

 しかし慣れ親しんだ世界で見切りをつけるのには長い年月がかかる。

 ようやく吹っ切れるのに10年もかかった。


 でも俺にはまだ異世界がある。

 アシュリー達がいる。

 それを思ったら前を向けた。


『ボス』


『一度逃げた場所に戻ろうと決意したのはうちらがいたからですか? そこに匿ってもらおうと思っていたのです?』


 そこへ、水を差すような一声。

 猫耳だ。痛いところを突かれた。

 俺は肩を竦め、心情を語る。


『そうだな。これはお互いに辛い話になるが。俺はあの日一度死んでいる』


『死んだ?』


『あの貴族が嘘を言ったわけではないと?』


 その通りだと頷く。


『ああ、コインの力で生き返った。だがその反動で前後の記憶を失った。記憶を取り戻すまで、長い時間をかけた。お前たちのことを思い出したのもつい最近なんだ』


『そんな……』


『蘇生のデメリット。いえ、死者が蘇生するなど……』


 ありえない。

 それが世のことわり。

 だが俺のコインは理すらも覆す。


『コインの詳細は俺にもよくわからないものばかりだ。用途をメモしていてもな、意外な組み合わせで死者すら蘇る可能性もある』


『コインの話はよく聞きました。今のあなたはボスはボスでも、当時の記憶を正確には覚えていないというんですね?』


 猫耳の言う通りだ。

 俺の記憶は非常に曖昧だ。

 ここにきた時の記憶は朧げで、ただここにきてようやく形になったんだ。そのことを思い出して俺は顎を摩る。


 ついつい涙もろくなってしまう。

 こう言う時、俺は顎を摩る癖があるんだよな。


 すると今まで親身になって話を聞いていたアシュリーや猫耳たちが目を丸くした。


『!(それって、あたしたちで決めたサインだよね? 確か、その仕草の時は反対の言葉を意味するって! だから死んでも記憶は失ってないって意味だよね?)』


『どうした?』


『ううん、なんでもないよ(ここは話を合わせないと。誰かが聞いている。つまりはここにスパイがいる可能性があるってことなんだね?)』


 アシュリーは周囲を見渡した。

 特になんの気配もない。

 なんだなんだ? 誰か屁でもこいたのか?


 それとも俺の体臭か? 体臭なのか?

 十年ですっかりおっさんになったとはいえ、そこまで匂わないはずだが……俺は匂いを嗅ぐ仕草をした。


『嫌やわボス、うちらを試したんですか?(今の仕草は傍聴の警戒を示す合図やね。おチビさんも気づいたようやわ。このお方は何も変わっていない。むしろそれを誰かに聞かせることで話をまとめるおつもりやわ。敵いませんなぁ。一体この人はどこまで見据えて動いてはるんやろか)』


 猫耳も見張る。

 やっぱ臭かったか?


 猫って嗅覚強いらしいし。念入りに風呂入らないとな。

 そこは反省だ。

 異世界の女が蛮族といえど、流石に匂いには敏感か。

 それはさておき、と話をまとめる。


『それでだ、今までは俺しか用途のないと思われていたコインだが、この度めでたく他者への利用法が見つかった』


『それは本当ですか?』


 猫耳の言葉に頷く。


『お前たちは近くの街の領主アルテイシアを知っているか?』


『存じ上げています(同志メガネのことよね?)』


『噂ぐらいは聞くよ(同志メガネから情報をもらったし。そのことかな?)』


 俺は二人の話を聞きながら一つの可能性の話を示す。


『彼女は俺のコインを溶かし、全く異なるアイテムに作り変えることが可能だ。そのためには複数のコインがいる。理由はわかるな?』


『それって……(そのアイテムを使えばうちらも同じ能力を得られると言うことですか?)』


 猫耳は俺の情報を聞きながら、何かを思案している。

 コインが金になる。

 これは俺たちにとっても朗報だからな。


『ああ、そうだ。俺のコインは金になる。金が稼げれば、お前たちの生活はもっと豊かになる。そこは俺が保証してやる』


『豊かになるのはいいことだね!(お金は別に必要ないけど……ううん、違うな。これはあえてお金になるって誰かに聞かせたいだけだ。あたしは賢いからわかるよ。ボスに色々教えてもらったもん!)ボスはあたしたちのことをいっぱい考えてくれるんだね!』


 アシュリーは単純で可愛いなぁ。

 いっぱい褒めて伸ばすとしよう。

 

 猫耳は何を考えてるかがわからん。

 10年で急に育ったから、別人みたいになったよな。

 慕ってくれる気配はあるが、あんまり頼りすぎるのは危険かもしれん。


『それよりノッポや長耳は?』


『ノッポは今向かってるけど、長耳は……あ(同志メガネと一緒に行動してるのは知ってるもんね。だからこれは誰かが聞き耳を立ててるのに向けたブラフなんだ)!』


『どうした?』


『なんでもないよ! 同志長耳は別行動中! 同志メガネと同じミッションをしてるよ(もちろんそんなことは知ってて聞いてるんだろうけど)』


『そうか。ならばノッポの到着を待ってからでもいいか』


『何をするおつもりですの?』


『ブルーオークをな。少し減らそうと思う』


『ブルーオークを!?(今更五級首印に何を求めて……いえ、聞いたことがあります。一部の種族がそれを精力強壮剤に使うと。それを求めると言うことは、つまり!)』


『猫耳?』


 アシュリーにはまだ用途がわからなかったようだな。

 猫耳は知ってますよと言う顔でアシュリーに耳打ちする。

 なぜか顔を真っ赤にするアシュリー。

 

 本当にどうした?


『ブルーオークをコインにするってことは、そう言うこと?』


『ああ!』


 俺はアシュリーに満面の笑み送った。


『〜〜〜〜〜!!(それってつまり、あたしの赤ちゃんが欲しいってことだよね? でもノッポを待つってことは全員分? あたしたちを全員愛するって、そう言うことなの!?)』


『おチビはん、抜け駆けは無しで頼みますよ?』


『お前らさっきからなんの話をしてるんだ?』


『なんでもないよー』


『うふふ、ボスからしてみればうちらの願いも取るに足らない細事だったと言うことですわ。ボスの覚悟、お見それいたしましたわ』


『お前たちが何を言ってるのかまるでわからん』


『それではうちらはこの辺で。いっぱいおめかししてきますよって。いこか、おチビはん』


『う、うん。またね、ボス』


『おう、またな!』


 ブルーオークの肉を使ってカレーを作る!

 これが俺の立てた計画だ。


 きっとみんな喜ぶぞぉ!

 今日の宴の料理もうまかったが、それはこの世界の水準での話。


 王国の貴族の方がもっとうまい飯を食ってるに違いないし、現代の飯の旨さを知った俺から見ても及第点だった。

 ならばこの群れのボスとしての責務は食の改善。


 それに尽きるだろ!

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